藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2003年9月3日水曜日

社会の新しいアーキテクチャ「C2C」

(2003年9月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

○ 巨大化するC2Cモデル

インターネットがビジネスで電話やFAXに変わるコミュニケーション手段であることはもはや誰も疑う余地はなく,今日においてはインターネット通販で物がたくさん売れたとしても,それ自体新聞で記事として取り上げられることもなく,当たり前の日常活動になっている。我々がこれまで行ってきた様々なコミュニケーションが自然な形でサイバースペース上に展開されており,かつてのリアルとサイバーを区分けする感覚も生活者レベルで薄れてきていると言えるだろう。
しかし,そうしたコミュニケーションの代替活動としてのインターネット利用が1vs1の電話やFAXの代替だったり,主にB2CやB2Bと呼ばれるような企業と顧客や団体と参加者,もしくは企業同士なのに対し,平行して進む大きな潮流は「C2C」と呼ばれるネット上に存在する無数の「生活者と生活者」,「コミュニティと個人」という従来には存在しえなかったようなコミュニケーション活動であり,情報交換したり,取引したり,出会ったり,デジタルコンテンツをやりとりし,その活動は社会的にも大きな影響を与える状況になってきている。筆者はC2Cモデルとしては,現在の事象としてネットオークション,掲示板,出会い系サイト,P2Pの4つのケースが該当すると考えている。まずネットオークションであるが世界最大手のebayでは毎日1600万を超えるアイテムが取引されている。日本の最大手のYahooオークションでもすでに440万件もの商品が出品され,1日平均12.3億(2003年6月平均)の取り扱いがあり,毎日のように膨大な数の取引が行われている。このネットオークションの場合Yahooはあくまでも仲介業者であり,原則は参加者同士が個別に取引をしている。取引量は事業会社の販売チャネルとしてB2Cの利用も多いが,参加している人数から言うと圧倒的に個人の数が多く,小売りが絡まない個人と個人のC2Cの取引が急激に増加を見せていることがわかる。
次に2chをはじめとする掲示板やblog,コミュニティも「メディア化」している。従来のマスメディアのように編集され,権威づけされた情報発信とは異なる形で,個人の情報発信が多数行われ,交換されている。今やマスメディアの人間さえも,2chの情報をひとつのソースにしているという現状もあり,従来口コミという形で片づけられていた情報交換と流通の形が巨大化してきている。
そして出会い系サイトはビジネスとして無数に登場してきている。個人と個人が出会いを求めるという形で,友達から結婚相手まで幅広い出会いがネット上で生み出され,ネット上での課金の難しさを語る人々が呆然とするくらい仲介事業者に次々とお金が払われている。
最後にP2Pと呼ばれるモデルは技術的な側面からもユニークである。ファイル交換技術がベースとなって,個人のパソコン同士がネットワークされる形で様々なデジタルコンテンツが交換されており,世界中のインターネット上で流通されているデータトラフィックのかなりの部分を占めるまでになっているという。
これらの4つのケースに共通するのは,コミュニケーションを仲介する主体やプログラムが存在するものの,アーキテクチャとしては個人と個人が直接コミュニケーションすることでビジネスモデルやサービスを生み出していることである。これらの活動はこれまで一部のマスメディアや公共の場での掲示板やフリーマーケットを活用する程度が限界であり,個人のコストではNvsNに広げていく限界が存在したがインターネットの登場がその壁を破壊したために,代替ではなく,封印されていたニーズが爆発するかのごとく広まっていると言えるだろう。

○ C2Cの歪みと効用

こうしたC2C型モデルの広がりは代替需要ではないが故に,従来のビジネス慣習や法体系の想定範囲を越えており,かなりの歪みも引き起こしている。例えばオークションは個人と個人なので信用創造がしにくく,詐欺まがいやトラブルも発生している。またメーカーや小売りの価格統制の及ばぬ世界であり,まさに利用者同士が勝手に価格を決めているため商品は状況により市販の販売価格よりも高くも安くもなり,まさに時価となっている。
2chでは匿名で誰でも発言できるという性格から,根拠の無い噂や特定個人や企業の誹謗中傷が多数行われている。ある種の嫌がらせ行為も可能であり,管理人に対する起訴も後をたたない。
出会い系は未成年の利用を中心とした様々なトラブルや事件が社会問題化している。
P2Pは音楽や映画など多くのデジタルコンテンツの著作物が個人の利用の範囲を超えて流通する状況を生み出している。
これらはいずれも被害者を生んでいるという意味では大きな問題であるが,一方では大きな効用があることも事実である。
オークションは非常にオープンで透明な市場を創出し,さらにリサイクルという循環型社会を支える仕組みにもなっている。2chでは,不正の告発や消費者の声が社会に届く仕組みになっており,情報操作は不可能である。出会い系は地域のコミュニティが希薄化していく中で,地域や所属している組織によらない新しい交流の可能性を拡大させている。P2Pはデジタルコンテンツの流通と価値創造において,大きな可能性を示している。
このように効用と歪みはまさに紙一重であり,新しいパラダイムが故に現時点の社会システムとは大きな不整合をおこしており,未来の可能性よりも現実の問題の方に人々の目がいってしまっているのが実情と言えるだろう。

○ 新しい社会システムのアーキテクチャとしての捉え方の必要性

これらの問題に対する対応は,現在の法体系などで捉えられる個別の範囲で検討されている。例えばオークションは古物営業法の改正という形で詐欺や盗品の売買を防止する動きである。出会い系は未成年者の保護のための仕組みを仲介者に義務づける法案化などが進んでいる。いずれも,これまで想定されていないことがITの進化によって引き起こされているという理解はあるが,技術の進化が予測できない以上目の前でおきている課題を解決するパッチ的な対応に終わっている。これに対する対応としては社会として大きな方向性として社会システムのアーキテクチャの中心に個人と個人がベースとなる仕組みを捉えることが重要になると筆者は考える。特に日本は国家の管理や経済活動の効率性の意味でも現実解として,個人よりもまとまった組織を単位とした管理を志向してきている。個人よりも家族,会社,中小企業よりも大企業の方が管理は行いやすい。実際現段階での対応はC2Cの中間に存在する仲介事業者に監督責任をもたせようとしている。それは仲介者が事業者であることから管理しやすいという従来型のアーキテクチャによる発想である。しかし,

・仲介者が全ての行動を的確に補足することが難しい。
・ 仲介機能がプログラムやシステムであり,運営管理主体が明確でない場合がある。
・仲介者が個人の場合がある。
・技術革新が激しいため,仲介者の定義が難しい。
・ 仲介者は広く全世界に存在できる。

という現実から仲介者を管理するだけはC2Cのモデルを全て管理することは不可能である。実際には可能な限り参加する個人の自律と責任と義務という課題を解決する必要にせまられ,誰もが敏感になる国家や社会による個人の管理という問題を避けて通ることができなくなる(実際にITがそれを可能にするという現実も含め)。

○ 広がりゆくC2Cのために

C2Cモデルがさらに顕著に広がることは間違いない。特に以下のようなポイントが影響要因になっていくだろう。
・ ユビキタス化
個人をエンパワーメントする技術であるが故にパーソナライズされた情報機器はますますその方向性を加速させることになる。広帯域で常時接続された携帯端末はC2Cのベースとなる。
・ エージェント化
P2Pのソフトウェアもますます高度化されている。個人のニーズや意志をくみ取り,ネットワーク上で自律的に活動するプログラムはC2Cのビジネスを加速させる要因になる。出会い系で自分の好みをサーチするプログラムやオークションの自動管理プログラムなどはすぐに登場することは間違いない。
・ サイバースペースの増加
オンラインゲームも急速に普及しているが,現在のようにゲーム中心から,ひとつの社会的コミュニティとしての利用が拡大すると,オンラインゲームの中のサイバースペースで個人と個人が交流や取引を行う機会が拡大する。
・ リテラシーの向上
コミュニケーションがデジタルデータ中心で,サイバースペースのみのコミュニケーションも抵抗がない世代の増加は既存のコミュニケーションや商慣習の枠を越えた形態を受け入れることに抵抗がないため,C2Cモデルのメリットを素直に選択するだろう。
・ 価値観の変化
循環型社会という大きな方向性の中ではリサイクル意識,大量生産・大量消費への反発などは価値観の根底に流れることが予想され,企業対生活者という枠組み以外の社会活動が支持されていく方向にあると予想される。

このように確実に広がることが予想される中で,以下のような視点での対応と捉え方がもとめられると筆者は考える。

1) 免疫型管理メカニズムの導入
前述した通り,C2Cモデルの普及は個人単位での管理の必要にせまられる。従来型の国家管理に対するアレルギーや問題を回避するためにも,中央集権でない,自律分散型の免疫型の管理システムが求められる。司法制度に全面的に依存する形からNGOや民間事業者による紛争解決の仕組み(米国にはADRという方法もある)を構築することもC2C型のモデルにおいては有効な方法になるのではと考える。あるオンラインゲームの中で起きた個人間のトラブルを全て裁判所に持ち込むよりは,オンラインゲームの中に独自の紛争解決ルールを構築することの方が利にかなっていると考えられる。

2)自律した個人としての教育
C2Cのアーキテクチャの中では個人という単位が重要な活動単位であり,道路交通上における運転手と同様の責任が発生する。個人としての責任ある行動を行うための教育は初等段階からおいて重要である。ITのリテラシー教育とあわせる形でC2C型のモデルに適用できる意識教育が非常に重要になることは間違いない。例えば子供を社会の荒波を避けて親が隔離しながら育てることもサイバースペースへの入り口が溢れる時代には残念ながら困難なことであろう。未成年者も一人の個としてサイバースペースに容易にアクセスする(むしろ積極的にアクセスさせてあげる)ことを前提にした教育が必要になる。

2) C2C型経済政策の必要性
経済活動の多くがC2C型になっていく中では,経済主体はますますミクロになっていく。現在でもオークションで収益をあげている個人を事業者としてみるのかどうかは税務署の中でも微妙な問題となっているようである。税金の補足単位や経済指標も従来型のモデルでは限界が訪れる。消費者を保護するという概念も変更を余儀なくさせられる。製造者が複雑な流通・利用課程を管理するためにもトレーサビリティの技術は必要となるだろう。そして何よりも著作権をベースとしたビジネスモデルは全面的な作り直しが求められるだろう。「工業製品をB2Cで流通させる」モデルから「デジタルコンテンツがC2Cで流通できる」モデルへと次元そのものがいくつも変わってしまうのだから。

このようにC2Cモデルという大きなアーキテクチャの浸透は社会システムに多大なインパクトを与える。コンピュータサイエンス,法学,社会学,経済学など学際的に,多様な領域の人が部分的な事象として捉えるのではなく,大きな社会システムとしての国家的取り組みが望まれるレベルの話なのではないかと筆者は考える。この流れは政治や資本主義という社会の根元的なメカニズムにも最終的には変化を与えるはずであり,IT立国の真のチャレンジに違いないはずだからである。

2003年6月23日月曜日

IP電話の普及から始まるマルチメディア時代の夢「IPサービス産業」の幕開け




(2003年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

○マルチメディアブームのきっかけは実はADSL技術!



1990年代前半のマルチメディアという言葉が流行りだした時の象徴的なサービスとして一番理解されやすいのがVOD(ビデオオンデマンド)であった。
家に居ながらにして,テレビで好きな番組コンテンツを好きな時に見ることができる。技術的にはもはや何の問題も無いこのサービスはコンテンツからインフラまでのトータルな要求水準が高いため,現在でも一部でしかまだ実現はされておらず,かつて米国でもCATV会社などが巨額の設備投資を行って実験サービスを行ったが,採算性が悪く実現にはいたっていない。実はこのVODが最初に注目を浴びたのは92年にADSLという技術が登場し,電話線を利用することで映像を流すことが可能になったことを受け,当時FCC(米連邦通信委員会)が電話会社に対して映像配信を許可するという判断を下したことから始まった(当時はビデオダイヤルトーンと呼ばれた)。当時はCATV会社と地域系電話会社の競争を以下に適正にするかが米国の情報通信政策の中心的課題であり,その中に突然現れたのがこのADSLであった。このことが電話会社が放送事業を行うことの可能性を開き,通信と放送がいよいよ融合するという意味を世界が感じ始めることとなる。そして93年から世界はマルチメディアブームに突入する。

○IPサービス産業の時代

あれから10年。マルチメディアはインターネットと移動体通信の普及を軸に進んできたが,そのきっかけともなったADSLは今アジアの韓国と日本のインターネットインフラの中心となり,日本では世界で一番高速で安いインターネット環境を実現するベースとなった。
そしてその普及し始めたADSLは確かに映像コンテンツを多数の人々に提供し始めているが,まだ放送そのものが乗ってきている状況ではない。しかし,確実に従来の通信サービスに大きな影響を及ぼしている分野がある。それが「電話」である。IP電話と呼ばれるADSLを利用して電話を利用する技術は,従来の電話会社が提供していた,電話機と交換機を専用の回線で提供していたものから,電話の導線だけをADSL用に借りるだけであとはIP網さえあれば簡単に実現できるようになった。日本で最大のADSL提供事業者であるYahooBBが提供する BBフォンは5月末ですでに235万件の電話サービスを提供しており,この数字は住宅用の加入電話契約数の6%まで達してきている。

このことは重要な動きの始まりを意味する。かつて,マルチメディアブームの時代は特に米国でCATV網や電話網などの上で各事業者が自前で様々な通信放送のマルチメディアサービスを実現しようとしたが,それは端末,アプリケーション,交換設備,回線などを全て専用に開発する必要に迫られ,その膨大な投資の前に挫折していたわけであり,高速で常時接続な真のインターネットが普及した時にこそ,従来異なるインフラで,ばらばらに提供されてきていた電話やテレビ電話,テレビ放送,VODなどのあらゆるマルチメディアサービスをインターネットの上にIPベースのプロトコルでサービス提供できる「IPサービス産業」に統合していく時代の到来を意味する。

実際のところIP電話は電話会社に膨大な減収をもたらす。何しろこれまでの高い交換機や巨大な電話網を維持するための様々な人員のコストを維持してきた電話の基本料や通話料収入は,ADSLサービスに導線を貸している収入だけになってしまう。すでに電話加入者は携帯電話の影響もあり減少に転じている。電話の次世代になるはずだったISDNも加入は減っている(本当はNTTはB-ISDNという光ファイバーを利用したISDNで全てのマルチメディアサービスを実現するはずだった)。しかし,このIPサービス化への動きは電話会社も避けて通ることのできない現実であり,日本の通信会社は積極的にIP電話を提供し,既存の電話サービスの減収を覚悟してでも,IPサービス事業者への転換を目指している。このことは電話というライフラインでユニバーサルなサービスがついにIPサービスに移行する道を歩み始めたわけで,いよいよインターネットが110番の緊急通報(IP電話においてはまだ課題のひとつにはなっている)も含めた本当の社会基盤として認められる時期がいよいよ来たと言えるだろう。

○「IPサービス産業」を発展させるための産業構造の水平分業

このように電話会社が大規模なリストラも避けられないかもしれないIPサービスにはどんな明るい未来があるのだろうか。答えは簡単である。インフラやIPのアクセスを持たなくても誰もが簡単にIPを利用したコミュニケーションの新しいビジネスに参入できる時代が来ることである。例えば電話サービスに3者通話という付加サービスがあるが,インターネットではとても簡単に作ることができそうなこのサービスが,電話会社の場合はとても高額な交換機に特殊なソフトウェアを仕込む必要があり,膨大なコストがかかっていた。つまり,何か新しいアイデアでサービスを提要しようにも,従来は膨大なコストと手間と電話会社の判断と規制という壁の前に空想で終わっていたのである。
このIPサービス産業は一社が全ての投資を行うのではなく,水平的に様々なプレーヤーが自分のサービスの範囲で頑張ることを前提にしている。例えばそれぞれ握る価値のモデルで筆者が整理すると以下のように5つに分類できる。

1.コンテンツ価値(会話や映像,コンテンツ等)
2.サービス価値(インテリジェントなエージェント機能などを提供してくれる)
3.顧客価値(自分を理解してくれている,個人情報を委ねている,お金を支払う)
4.接続価値(ワイヤレスやxDSL技術など様々な方法でIP接続を提供してくれる)
5.インフラ価値(ダークファイバーなど通信回線を提供してくれる)

5のインフラは設備投資も大きく,地域ごとに事情も異なる,シビルミニマムな考え方も必要であり,税金の活用も含め公的な考え方も考慮する必要がある。4の接続価値は技術革新も早く,無線の世界も動きがダイナミックであり民間ベースのベンチャーも多数登場してくるだろう。何より重要なのは3の顧客価値をにぎるプレーヤーである。利用者はこのプレーヤーのブランドや信頼性に自分の個人情報を預けたり,お金を払うことになる。このプレーヤーが確立されることで,2の様々な付加価値サービスを提供する事業者や1のコンテンツを提供する事業者のビジネスが自前の顧客管理や決済の仕組みを整える必要がなくなり,円滑にビジネスが成り立つことになる。

例えば現在はYahooBBは 5をNTTから借りて2,3,4を提供している事業者であり,大手のISPは4だけを提供しているADSL事業者の上で2,3のサービスを提供している。
またNTT地域会社は独自に地域フレッツサービスを提供し,子会社でISPを提供しているので2,3,4,5を提供していることになる。NTTコミュニケーションズはISPもHotSpotなどもやっているので2,3,4を提供している。

NTT地域フレッツ 2,3,4,5
NTTコム     2,3,4
Yahoo      2,3,4
ISP       2,3

○ 課金可能性を高める「050番号」はIP電話サービスの鍵

こうした中,今秋にはIP電話にも新しい電話番号体系「050」が付与される予定である。この番号はIP電話事業者が付与することになるが,携帯電話番号のように引越したりしても事業者が変わらなければ変更はないので,限りなくパーソナルな番号になる。この番号の持つ意味は大きい。もちろんこの番号がIPサービスを提供する上でIDのように利用できる意味合いも大きいが何より電話番号には「お金を払う」という意識が利用者側に存在しており,固定電話にしても,携帯電話にしても対価を払って利用するサービスである。これまでPC上でIPベースのサービスの最大の課題は無料系のサービスが多かったこともあり,課金意識をもたせることが難しかった。今後のIPサービスがきちんと対価を払ってもらえるサービスになるためにもこの050番号は重要なものだと考える。

現在のサービスと対価価値
・電話・・・・・・・・・・・電話という通話の価値でキャリアにお金を払う
・携帯電話のメール・・・・・ひとつひとつのメールパケットとしてキャリアかISPにお金を払う
・携帯電話の着メロ・・・・・着メロコンテンツとしてキャリア経由でサービス事業者にお金を払う
・PCのブロードバンドメール・・・・いつでもメールができる価値としてISPにお金を払う
・PC上のチャット・・・・・・ブロードバンド価値のおまけでお金を払う習慣がない

そこで筆者はIP電話の普及シナリオを以下のように想定した。前述した通りIPサービス産業発展のためにはシナリオ3になることがもっとも望ましいシナリオである。

○シナリオ1 電話のまま進化
050が電話の延長として認知され,端末も専用機中心に電話サービスとして広がり,あくまで電話サービスとして費用を回収。当然付加サービスへの展開は難しい。
利益率の悪いサービスとして事業者の淘汰再編はすぐにおこる。
決済など顧客価値をにぎるプレーヤーは放送,流通,サービス事業者など分散し,コンテンツビジネスなどは引き続き,ばらばらに伸びていく。

○シナリオ2 PCサービスのように進化
050はメールアドレスのような存在になる。無料に近い形で電話も提供され,
電話会社は接続価値で回線ビジネスが中心であり,大きく縮小。決済など顧客価値をにぎるプレーヤーは放送,流通,サービス事業者など分散し,コンテンツビジネスなどは引き続き,ばらばらに伸びていく。

○シナリオ3 携帯スタイルで進化
050は新しいIDとして認識され,広くIPサービス利用のベースになる。電話会社が顧客価値をしっかり握り,付加サービスやコンテンツが費用回収することができ,放送ビジネスも回収代行を電話会社に依存するようになり様々なプレーヤーが参入し,IPサービスが多様化する。

生活者から見ると3の顧客価値を提供してくれるところが050番号を与えてくれて,後は2の付加価値サービスや,4のIPへのアクセス方法は自由に選べる形が望ましいが,当面はISPなど2,3,4セットでの提供は仕方がないだろう。しかし新しいコミュニケーションモデルを作るのためには,付加価値サービスを生み出す2単独のプレーヤーを活性化しながら多数登場させるかが重要である。
そして,もうひとつやはりNTT地域会社から5のインフラ会社は分離独立させ,2,3,4の各プレーヤーが自然な形で育っていくことが,日本のIPサービス産業が自由にのびのびと発展していくためには望ましいことであると考える。もちろんインフラと分離されたNTT地域会社も3や4を提供するサービス会社の一部になることで収益をあげることは十分可能であると考える。

○ IPサービス産業発展のために

従来のIT産業というと半導体からCGコンテンツまで,とても幅広い概念で語られているためとてもわかりにくくなっているが,YahooBBのおかげでまがりなりにも世界でトップクラスのブロードバンドIP網を構築できた今こそ,従来の情報通信産業中心にこの「IPサービス産業」という産業構造を創り上げ,国際競争力と国際市場でのイニシアティブを握り,発展させていくことが,最終的には生活者にも,端末をはじめ周辺機器メーカー,コンテンツクリエイターにもIPサービス産業の生態系に参画するあらゆるプレーヤーにとってall-winな形になるのではないだろうか。かつてマルチメディア時代に夢を見たあらゆるものがデジタル化され効率的に流通する世界が今ようやくIPサービスとして実現されようとしている。我々はこのチャンスを逃してはいけない。そのためにもIP電話はその第一歩として大きな意味を持つサービスになる。

2003年6月12日木曜日

e-Japan2 求められる「構想」から「戦略」的発想

(2003年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

e-Jpana2の中間報告は2001年に策定されたものに比べると格段に評価できるものになっていると言えるだろう。筆者が昨年7月に本欄で提言させていただいた「新e-Japan戦略私案「日本の未来のためのIT戦略」(http://it.nikkei.co.jp/it/njh/njh.cfm?i=20020710s2000s2)」にも近い方向性になっている。しかし,筆者は多くの人が評価している「生活者の視点」を重視しすぎた部分が逆に,「戦略」部分を失ってしまったと考える。つまり国家としてITをどう活用して,日本が世界の中でどのよう戦っていくかが,この報告書からは見えてこない。戦略とは国語辞典によると「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法(三省堂新辞林より引用)」とある。つまり戦うための方法論であり,その方法論により勝利に導かれることを国民が実感できなければ意味がない。
つまり,この報告書は「IT基本構想」としては高く評価できるものの,残念ながら「戦略」としては評価できない。
では戦略として捉えたときに現在日本が闘争しなければいけないこととは何であろうか?筆者は以下のようなことであると考える。

1.自由貿易圏の覇権争いもすすみ,メガコンペティションが加速し,経済的な国際競争の中における闘争
2.地球環境問題に代表される,大量消費,環境破壊社会からの脱皮という闘争
3.低成長・成熟社会でも豊かさを実感できる社会への構造改革という闘争
4.工業化社会から知識情報化社会への大転換への挑戦という闘争

生活者の視点はとても重要であり,今回のアプローチも高く評価できる部分であるが,報告書にある戦略思想でうたっているように生活者が本当に「元気・安心・感動・便利」を実感できる社会を実現するためには当然のごとく,上記の4つの闘争に勝ち抜くことが前提だと考える。そうでなければ生活者の豊かな生活は成立しない中では,どんなに生活者視点をアピールしてもそれは空虚な理想論であり,まったく意味をなさなくなる。何よりも勝ち抜くためにITはどう貢献できるのか?ここがIT戦略においてはもっとも重視される視点だと考える。

そのためには筆者は以下の5つの視点でITを活用する必要があると考える。

A 内需拡大で経済的活力を生み出すためのIT
B ITがより国際競争力を高めることに貢献できる分野
C 地球環境問題に貢献するIT
D 社会的非効率を是正するIT
E 新しい価値創造を行うことができるIT

筆者は戦略的に特に重要なのは以下の3つのパターンであると考える

E×A・・・・新しい価値創造で内需が拡大する
E×B・・・・新しい価値創造で国際競争力が高まる
E×A×B・・新しい価値創造で内需が生まれ,それが世界的な競争力のある産業に育つ

一方報告書にある先導的取り組みの分野を上記視点で整理すると以下のようになる。

医療・・・A,D
食・・・・A,B,C,D
生活・・・A,B,C,D,E
中小企業金融・・・A,B,E
知・・・・A,B,E
就労・労働・・・A,B,C,D,E
行政サービス・・A,B,D

そうすると今回は「生活」,「中小企業金融」「知」「就労・労働」の重みは他の分野よりも高いと考える。さらにここにはでてきていない重みの高い分野としては以下のようなものがあり,

コンテンツ産業・・・A,B,E
中小製造業・・・・・A,B,C,D,E
バイオ・ナノテク・・A,B,C,E
地域マイクロビジネス・・A,D,E

上記分野はITが貢献する部分も大きく,戦略的重要性からも是非何かしらの形で報告書の中に盛り込んでもらいたいと思うところである。

またもうひとつAからEまでの視点を捉えたときにITが戦略的に貢献するために社会システムとしてのプラットフォームの整備が重要である。例えばITSやGIS,金融の各種市場,旅行業界の統一予約プラットフォーム,広告取引市場など各種取引材のマーケットプレイスなどであるが,これは各種のネットワーク基盤とは異なる性質のものであり,報告書の中の「次世代情報通信基盤の整備」で同一で扱われているが,別途分離して,戦略的に民間や公的機関の整備が進むような施策を打ち出すことが望ましいと考える。これらプラットフォームが整備されることで生活が豊かになり,関連産業が広がり,全体システムとして世界的に輸出できる戦略商品になりうるからである。


今回はIT戦略として見ているが,根幹は日本がどのような国を目指すのかという大戦略があった上である。そういう意味ではその戦略がよく見えない中でどんなに優秀な委員の方々を招集しても,IT戦略が描かれることが無いのも無理もない。戦略という言葉を使う以上はもう一度日本がどのように社会的豊かさを実現していくのかを改めて描く必要があり,その戦略の中での日本の構造改革を議論する必要がある。明快な戦略の元であればITは構造改革の強力なエンジンとして使えるはずなのだから。

2003年4月21日月曜日

ITインフラにおけるシビルミニマムの考え方

(2003年4月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

かつて世界の中でもかなり高い水準であった日本の通信料金も,自由化と技術革新の中で世界でもトップクラスの低価格が実現され,ブロードバンド化も米国をしのぐ勢いで普及している。しかし,IP電話などベストエフォート型のインターネットをベースとしたサービスが急速に拡大する一方で,市場原理によるサービスの地域格差の広がり,ライフラインとしてのサービスレベルの確保などの点に対する不安がでてきている。かつて電話は停電でもかかり,110番や119番という危機的状況に対応し,一家に一台あることを前提に各種公的書類でも自宅の電話番号というものがひとつの信用にもなっていた。しかし,コードレス電話の普及のあたりから停電だとかからない電話が増えはじめ,携帯電話の普及は自宅に電話の無い家庭をも急増させている。しかも携帯電話は明かに固定電話に比べると接続の保証度は低く,必ずつながるものでもない。電話番号と住所の同一性も弱くなり,通常の固定電話の役割をそのまま継承しているわけではない。こうした中でさらに今IP電話の大きな波が来ようとしており,固定電話から置き換える人が急増することが予想される。かつてNTT王国が築き上げた日本人の生活基盤,ライフラインである固定電話は確実に主役の座を明け渡そうとしている。そればかりかNTTグループもこれまでの全国あまねくユニバーサルサービスを維持する考え方を転換し,自らが携帯電話とIP電話のアクセルを踏もうとしている。こうした状況の中で我々はNTTに依存してきたライフラインとしての通信基盤を今後どのように維持・整備していくかを議論する時期に来ていると言えるだろう。
これまで日本の通信政策はAT&Tの分割以来の米国型の自由競争を見本として進んできた。しかしインターネット型インフラをベースとした社会はIT先進国の米国でさえブロードバンドは足踏みしており,まだまだ模索をしている段階であり,見本は存在していないのが現実であろう。
こうした中で筆者は今後通信政策の中にITインフラ整備におけるシビルミニマムの考え方が必要だと考える。シビルミニマムは主に自治体が市民に対する必要最低限の権利として考えるものであるが,現在は社会保障としての生存権,公共財として共有できる共用権,生活のための環境を享受する環境権の3つの権利から構成されると言われている。成熟した社会になった日本としてはこのシビルミニマムの考え方の中で,地域それぞれに適した環境権と,それに基づいた新しい社会資本としての公共財の共有権がとても重要になってきている。通信も従来は電話そのものが必要とされ,離島や過疎地域に電話回線を引くことが通信インフラにおけるシビルミニマムそのものであったが,現在は多様な生活環境が存在するため,それぞれ地域環境にふさわしい多様かつ重層的な通信におけるシビルミニマムの考え方が必要であると考える。そこで各地域毎に以下のようにレベル別に市民が最低一種類以上の方法で通信環境を確保することを目指す整備目標を掲げることが必要だと考える。

○通信環境におけるシビルミニマムの検討レベル
レベル1 緊急通報の確保手段
レベル1 災害時の通信手段
レベル2 行政サービスの利用方法
レベル3 地域コミュニティへの参加
レベル3 民間サービスの利用

また検討にあたっては以下のような地域固有の環境を鑑みる必要がある。

○地域特性として考慮するポイント
・ 各種通信サービスの普及度合い
・ 民間事業者のサービス計画
・トラフィックの大きさ
・ 市場規模
・ 想定される災害の可能性と種類
・ 市民の通信サービスとアプリケーションの利用状況
・ 地域コミュニティの活動状況


このように最低限のインフラ整備目標と方針を検討し,通信事業者にまかせる部分,行政がおこなう部分,NPOなどの委ねる部分の比重のグランドデザインを描くことが求められ,東京のような都会ではすでに民間事業者が多様なサービスを提供しているため,民間事業者の比重はおのずと高くなる,集中するトラフィックを分散するキャパシティ管理について民間事業者に対するガイドラインを行政サイドから求める部分などが重要になると考えられる。しかし,NTTが固定電話を維持できなくなる可能性がある中,地域によっては今後レベル1としての固定電話やレベル1-3を維持するためのダークファイバーは税金の補填で維持する必要がでてくる可能性も多いにあるだろう。また家庭内の通信インフラだけでなく,地域としてパブリックな通信拠点や環境の整備も災害や行政サービスを提供する上では必要になり,そうしたシビルミニマムの考え方が適用される。またこうしたプランは中長期のレンジで市場原理の中でもまれあう各種サービスの動向をにらむ形での検討が必要になるため,時間軸の中でこまめな改訂と検討が必要になることも確かである。政策当局と行政サイド,そして住民参加の形での地域別の多様性を鑑みたシビルミニマム議論は市場原理に委ねた民間事業者とは別次元の議論としてその重要性は増していると言えるだろう。

2003年4月14日月曜日

ITとFTの結婚はあるか?

(2003年4月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 


ご無沙汰をしていたが,また連載を再開することになったので,何かしら読者の方々のビジネスや知的好奇心への気づきのヒントなれるような話題を提供していければと思う。
さて,今年はあの「Mosaic」が世に出てから10年の記念すべき年である。10年一昔と言うが,確かにこの10年でインターネットを中心とするITが社会を大きく変えたことは確かである。誰もが街角で,世界中の誰とでも低コストでいつでもコミュニケーションできる状況になり,肉屋のお肉ですらバーコードをなぞれば「ボクは○○牧場から昨日出荷されたんだよ!」と語ってくれる状況になりつつある。まさにコミュニケーション革命と呼ばれるぐらいに我々の情報摂取とコミュニケーションのありようは大きく変わった。しかし,一方であのMosaicの画面を始めて見たときに多くの人が想像した「社会の革命」までは進んでいない部分も多いのも事実である。この10年で我々が学んだものは社会の変化を資本主義の市場メカニズムに委ねている以上,市場メカニズムに乗らないものは変化せずということがわかったということであろう。1999年から始まったITバブルは「ITが変える新しい社会のメカニズム」を「現在の社会のメカニズム」で評価するという矛盾が起こした現象とも言える。つまり人々の思いや夢の力であるコミュニケーションは劇的な変化をとげているが,残念ながら「お金」という現在の社会システムでの最大の力とシンクロナイズしていない。確かに株式は低コスト24時間売買できるようになり,銀行に行かなくても振り込みはできるようになったが,これら金融サービスのコミュニケーション革命は進んでいるものの,金融機能自体の革命ではない。人々の欲望や夢は社会を動かす力にはなるが,現在の社会のメカニズムでは,途中でお金という代替手段にそれを変換することで動かしている。つまりこのコミュニケーションとお金の変換メカニズムを変えられない限り,本質的なIT革命は訪れないことになる。

そもそも現在の金融の仕組みは「地理的にも離れたところで多数の企業や人々がコミュニケーションを行うことは容易ではない」を前提に作られたものである。だからお金に価値を変換することでコミュニケーションを可能にしている部分は多い。しかし,ITがその大前提を崩した以上,そのメカニズムはどう変わるべきなのだろうか。筆者はここで3つの分野での対応を提案したい。

1.デジタルコンテンツにおけるファイナンススキーム

よく言われることであるが,現在の著作権の考え方はグーデンベルグの印刷機が登場したことに危機感を覚えた聖書の流通業者が既得権益を守るために考案したもので,そもそも思想からして流通業者のためのものであるという話がある。真意はともかく,現在の仕組みはまさに印刷機が大量生産を可能にしたことで聖書が工業製品のようになるところからスタートした。音楽や小説などは工業製品として一律な価格体系のもと在庫リスクを気にしながら商売をするメカニズムの上にのってしまった。その結果,アーティストは大量に販売しなければ大きな富は得られず,かつ自分の作品を多くの人に受け入れてもらうには売れなければいけないというルールの上にのることになった。しかし,昔にさかのぼればメディチ家のようなパトロンに抱えられることで生活が保障されたアーティストが売れることをきにせず活動できる時代があったわけで,そうした活動を著作権の考え方で縛ることが有効なのかどうかはあらためて考える時代に来ていると言えるだろう。
そこで筆者はITによってきめ細かいコミュニケーションが可能になった以上,得られる価値の大きさに応じたファイナンスのスキームが作れるのではないだろうかと考える。
例えばアーティストをもっとも近い立場でささえるエンジェル投資家はパトロンとして高額な投資を行うが代わりに,アーティストとの密接なコミュニケーションが可能であり,自分だけのための作品を作ってもらうことも可能であろう,もちろんアーティストの成功により,大きな配当もある。次に小口の投資家はプチパトロンとして配当として発売に先行して作品を手に入れることができたり,成功すればある程度の利回りで配当もあるだろう。その次の作品を購入する人は純粋に作品を楽しむだけである。ただしこれも長期で利用権利を手に入れる人とテンポラリで今だけ利用したい人では価値が異なるので価格体系は変えるべきだろう。最後は無償で聞く人である。とりたてて大きな価値を感じない利用シーンにおいては無償の場合もあるだろう。価値の大きさは人によって,異なるわけで,価値に応じた対価を支払うことが普通である。実際我々が普段購入しているものも数や時間,状況によって価値は変わり価格も変わる,ITはこうした複雑な関係を管理することを可能にする,しかし今は死ぬほど愛しているファンもただ何気なく買う人も同じ3000円ばかりの価格でしか購入する選択肢がない(なのでファンは同じCDを何枚も買うという悲しい行為にでていたりする)。

クリエイターとのコミュニケーション距離に応じた多様なメカニズム


こうした小口の投資の仕組みは少しずつではあるが始まっている。みずほ証券とマネックス証券はゲームソフトのときめきメモリアルを小口の証券化し,販売した。一口1万円で10口から購入できるため約3000人から7億8000万円を集めることができ,2003年2月末には1万105円でめでたく償還された。また昨年末には中国雑伎団の興行も個人投資家からファンドをつのる形で2億円を2週間で集めた。ファミリーマートのEビジネス会社「ファミマコム」ではファンドという形ではないがドラマや映画の制作のための資金を一般のサポーターから小口の投資をつのっている。漫画もコミコインという好きになった応援団からお金を集めるサービスを展開しており,作品を世の中に生み出していく新しい仕組みを試みている。
このように,アーティストと受け手の最適な関係を前提にした仕組みが実現できる土壌は整ってきているわけであり,デジタルコンテンツによる違法な流通に嘆くだけではなく,新しい仕組みでのビジネスへの挑戦に取り組む時期に来ているだろう。

2.株主と密接なコミュニケーションできることを前提にした株式市場

基本的にはアーティストが生み出す作品も,企業が作り出す商品やサービスも作り手と受け手のコミュニケーションで成り立つ以上,基本は同じ考え方ができる。企業は企業活動を実現するために投資してもらうという意味では株式という仕組みを作り上げてきた。しかし,この株主のためという株主至上主義を掲げた米国の企業統治はエンロン事件に代表されるひずみを生み出した。結局のところ現在の株主は企業活動はよくわからないが,一定の利益を生む出すマシンとしか会社を見ていないわけであり,当然CEOはそのためだけに全力を注ぐ代表者ということになる。つまり,本来社会に必要な物やサービスを実現するために,それに共感する人であるべき株主がそうなっていないことが株式市場の最大の間違いだろう。株主は企業の理念を理解し,応援する人であるべきだが,現在は四半期ベースの業績にしか関心がない人である。確かに環境への取り組みなど社会的取り組みを判断軸においたファンドもあるが,それはそういう会社が将来伸びるからという理屈である。
ITは顧客とのコミュニケーションを容易にし,普通のユーザーが商品開発にまで参画することを容易にしている。それは同時に企業の理念や挑戦への参画も容易にする。企業が努力するべきはそうした一番身近な顧客を株主にすることであるだろう。ロイヤル顧客は商品を購入するだけでなく,企業活動そのものへの参加として株主になることを容易にしてあげるべきである。例えば商品に小口の新株予約券がセット販売されており,ヘビーユーザーはいつしか株を安価に購入する権利を手に入れることができる。本当にその企業を愛し,その企業の製品をよりよくすることに参加したいプロシューマーが株主になれば,求める配当は何よりも「企業が提供できる価値」である。オリエンタルランドはディズニーランドマニアの個人株主が多い。もちろん優待特典がインセンティブになっているが,この株主達は配当よりもディズニーランドがより魅力的になることを望んでいるだろう。アトラクションを増やすために増資を必要とする時,銀行よりも彼らこそがまっさきにお金を出したがるだろう。株式会社は自分ではできないことを人に託す手段として株式という方法を利用する。企業と顧客の関係が遠かった時代は去り,ITによって真の株式会社を構築する時期に来ていることを,経営者や証券会社の人たちは気づくべきであろう。

3.市民とコミュニケーションできることを前提にした税金

そしてもっともコミュニケーションできないことを前提にしているのが税金ではないだろうか。選挙によって選ばれた人に使い道を託すという意味で基本的な考え方が間接的なコミュニケーションであるが,すでに企業内では複雑な予算と管理会計でどの商品を開発するためにいくら投資され,販売コストがどのくらいかかり,結果的にどうであったのかは当たり前に評価できる。税金はある意味でプロジェクトファンドの集合体であり,全部集めてから分配方法を考えるやり方から,必要とする人たちから目的別に個別に徴収する比率を増やす考え方に変えることが可能なのではないだろうか。そうすれば税金をもっと払いたい人も増えるはずであり,納得性も高まる。PFIのように民間活力を活用することも悪い方法ではないが,公共財はその利便を享受する市民にとのコミュニケーションをベースに考えるべきである。そういう意味では目的税をもっと有効に活用することがITによって可能になってきている視点も忘れてはいけないと考える。現在eJapanは既存の仕組みを電子化して効率化する視点がほとんどであるが,本来的なITによって今まで不可能だった本来あるべき仕組みへの挑戦も忘れるべきではない。

これまでの仕組みが決して悪いわけではない。むしろ工業社会との親和性は高く,発展途上国ではこれまでの仕組みは今でも十分有効であろう。しかし,我々の社会は価値流通社会への変化のまっただ中にいる以上,ITが可能にした価値流通社会に求められる金融のスキーム作りが必要であることは間違いない。Mosaic誕生から10年,次の10年はITとFT(Financial Technology)が手を取り合った形での革命の段階になることを期待したい。

2003年2月19日水曜日

ITが可能にする次世代FCモデルの可能性 〜マイクロビジネスの重要な受け皿として〜

(2003年2月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました) 

現在コンビニを始め、飲食店、各種サービス業などFC(フランチャイズ)と呼ばれるモデルが非常に増えている。企業からすれば小資本でスピーディに展開できるメリットがあり、加盟店からすると社員ではなく独立した店舗として一国一城の主として事業を展開できたり、地元企業が多角化する時に手軽にスタートできる手段だったり、双方のリスクを減らせることが大きな背景として急増している。しかし、現実には大資本側のメリットの方が大きく、全国一律の金太郎飴型のマニュアルをベースに、短期間に業容を拡大するための手法の側面が強い。のれん代やシステム利用としてのロイヤリティは売り上げの高い比率をしめ、予想通りの売り上げがあがらずに苦しんでいるところや、店じまいをするところも増えている。しかし店舗側にとっては独自の裁量でできることはとても狭い範囲であり自助努力には限界もある。まるで中央官庁の考えた施策を言うがまま開発をして、疲弊した地方自治体に似ている部分もあるだろう。
 筆者はITの進展がこうした従来型のFCモデルに大きな革新をもたらす可能性があると考えている。その要因は以下のようなものである。
1. 顧客とのダイレクトなコミュニケーションを行うコストが低下し、個店レベルで顧客ニーズの把握などの管理が可能になり、個店ブランドの確立も可能になる。
2. 物流システムの高度化により、きめ細かい配送や柔軟な品揃えなどにかかるコストが低下したこと
3. 膨大なIT投資は本部が全て中央集権型の仕組みで行う必要があったが、自律分散型のアーキテクチャで低コストで分散システムが構築できること
4. 店舗間のコミュニケーションが容易になり、同地域の店舗同士の連携が容易になったこと

これらの要因から、次世代型のFCは地域密着で、個店同士が本部のコントール度合いを薄め、自律分散のP2Pやメッシュ型による連携による、独自性を強く発揮できる方向へシフトしていくと考える。より地域に密着し、店主の顔も見えるようなマーケティングも可能であろう。実際一部のコンビニなどでは、地域密着型マーケティングを指向するところもではじめている。
また社会的要請としても重要である。現在地域活性化ではベンチャーやNPOばかりが注目されるが、ベンチャーはリスクが大きいし、NPOでは生活していけない状況もある中で、地域の雇用と産業を意識した時に、従来のママパパストアとは異なる、地域密着型でITを活用して大企業と差別化していく「マイクロビジネス」の存在は大きく、育てていくことがとても重要である。しかし、ゼロベースのスタートはハードルが大きい中でFCの手軽さは大きな存在であり、大資本とマイクロビジネスの連携モデルとしても期待できる。

 現在、駅前商店街がさびれ、ロードサイトをはじめ、全国どこへ行っても大資本のコピーのお店があふれる中で、地域に根ざしたマイクロビジネス型の次世代FCモデルは地域の雇用と日本の生活産業の基盤を作る意味でも重要な戦略であり、是非現在のFC事業者をはじめこの方向性を検討していただきたい。