藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2005年8月12日金曜日

店頭へと拡張するEC市場 -家を出た巨大EC市場「店頭EC」-

(2005年8月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

○購買ニーズ最大の源泉である店頭
ECの市場は相変わらず順調に成長をしている。これまで顧客層が違うと,まだマイナーな扱いをしていたカタログ通販会社もカタログの成長がとまり,テレビショッピングも一時の勢いが落ち着く中で,各社とも確実な成長をしているネットでの販売シフトにいよいよ本気になり始めている。B2Cの電子商取引の市場規模は2004年で5.6兆円(出所 経済産業省・ECOMNTTデータ経営研究所)であるが,まだEC化率は2.1%である。つまりこの50倍の市場こそがECの潜在市場と言える。さすがにそれは言い過ぎだと言う人もいるだろう。小売りの全てがネットになることはあり得ないと。確かに現在のECの一般的なスタイルから言えばそうかも知れない。現在の自宅でPCや携帯で商品を選んで購入するスタイルというのは通信販売の延長の利用シーンであり,カタログを選んで電話やFAXする手続きをデジタル化した手軽な部分が受けている。しかし,ITのもたらすパワーはこの「どこでも手軽に注文できる」という従来のECに加えて「どこでも即座に欲しくさせる」という新しいパワーを持とうとしている。我々が商品を欲しくなるのは圧倒的に商品を目にした時である。例えばあなたが店頭で気になる商品を見たとき,その商品のことをさらに知りたくなり,作っている人,使っている人のコメントを聞き,競合商品と比較し,メーカーからリコメンドや割引提案を即座に受けられればもはや買わずにはいられなくなるだろう。これまで買いたい人が求めていたが不可能であったこれらのコミュニケーションを店頭で可能にする技術は確実に登場しており,いよいよ「店頭EC」の世界が実現されようとしている。

商品とコミュニケーションできる画像認識技術
現在も携帯を利用したコマースは拡大している。PCと異なる利用の特徴として,即時性の高さがある。メールマガジンでお得なアクセサリー情報を配信した後はすぐに注文が集中するなど,自分の好きな時に利用できるPCよりは,情報に接した瞬間に反応しやすいという特徴が見られる。同様に何気なく見ていた雑誌に出ていた商品が気になり,横に印刷されているQRコードからHPに飛んで,商品を購入することも出来るようになった。このように,いつでもどこでも瞬時に注文することは携帯によりほぼ実現できていると言えるだろう。こうした携帯の特性を活かしたさらなる技術革新として画像認識技術が登場してきている。これは商品の画像を携帯のカメラで撮影することで,その商品が何であるかを認識し,あらかじめ登録されていたその商品のHPへ飛ぶことができるという技術である。これまでもQRコードや透かしを撮影することでHPへ飛ぶ技術があったが,これらは事前にQRコードを印刷しなければいけなかったり,写真の画像処理が必要だったりと手間がかかり,コストも増えた。しかし,この技術はそうした処理が必要なく,そのまま商品やロゴなどを撮影するだけで済む。利用者側も撮影するだけで簡単に商品情報へ導線を作れるため,あらゆる商品の情報を撮るだけで入手することができるようになる。現在のところ代表的なものとしてN-Visionという会社がi-scoutという技術を発表(http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0507/14/news098.html
)しているが,他にも複数の会社から同様のアプローチが発表され始めている。
これにより店舗で気になる商品を撮影するだけで商品の成分情報や別の人のレビュー情報まで入手することが容易になる。もしあなたが,友達が持っている商品が気になればそれを撮影するだけでよい。また瞬間に生まれたニーズはそのままでは消えゆくものである。友人のを見て気になっても,電車の中の中吊りを見て,興味を持っても電車を降りて時間が経てば,忘れていることも多い。一度は興味を持った商品もその時に時間が無く,それっきりになることで,これまでは大量の機会損失が発生していた可能性がある(それで衝動買いをしなくて済んでいるとも言えるが)しかし,この技術を活用すれば中吊りの広告を撮影すればすぐにでも購入OK状態になり,書籍などはそのままデジタルコンテンツとして携帯上で読むこともできるようになる。またテレビ画面を撮影することもできるので,テレビ画面を撮影して,テレビの中で取り上げられた商品に興味を持てば,瞬時にアクセスすることも簡単である。つまり消費者のニーズが生まれた瞬間を捉えた販売機会が確実に増えることになる。
こうした技術によって,例えば見本の商品だけを展示している「無レジ店舗」なども出てくるかも知れない。この店舗は徹底的に購買意欲をあおることだけに特化し,顧客はその商品を撮影するだけで,買う前に興味があることをメーカーや小売りに伝えることができる。そのことでメーカーや小売りは買ってもらうための様々なアプローチもしやすくなるだろう。もちろんその場で購入するのもよい。渋谷など繁華街では手ぶらで買い物し,後日自宅へ届けてもらう買い物スタイルも流行るかも知れない。店舗側も在庫スペースもレジもいらないため,店舗面積も節約できる。消費者は購入する時に実に多くの情報を欲しがっている。これまでは店員という人に聞くことが最大の情報源であり,あとは時間をかけてネットなどで自分で情報を収集していた。これからは店頭などで興味を持った瞬間を多くの人に伝えることができるようになり,情報も自動で集まるようにすることもできるのかも知れない。

○情報武装する小売店の未来
また無線技術やデバイス技術により小売店自体の技術革新も注目されている。RFIDやブルートゥースのように小さい距離の無線から店内の無線LANまで消費者は無線によって自分が誰であるか,商品の方は自分が何であるかをお互い会話することが可能になる。現在でもRFIDなどは在庫管理など物流面での実用化は確実に進みつつあるが,顧客との接点の部分はまだこれから本格的な活用が始まる段階であり,様々な試みが行われている。大日本印刷はナビゲーションカート(http://www.dnp.co.jp/jis/news/2003/20030910.html)という商品を開発しているが,このようにショッピングカートにRFIDリーダーと無線LAN情報端末をつけることで,店内をうろうろしながら,店舗の場所に応じた情報と個別の商品に関する情報を見ながらの買い物ができるようになる。アレルギーの人であれば,アレルギーの商品には警告を出してくれたり,お得意さんであれば,隣の人よりも安い金額を画面上で提示することも可能になる。
同時にデバイスの技術革新も進んでいるので,カートの上だけでなく,薄型大画面テレビの低価格化は店頭における情報提供の可能性を大きく広げている。これまで商品棚のPOPは紙であったが,こうしたデジタルデバイスになると,表示内容を変えるのはもちろん,CMを映像としてそのまま流すことも可能になり,しずる感をあおるような情報提供で購買を喚起させることが可能になる。
テレビCMは多くの人に商品のイメージと訴求点を伝えようとする。しかし,テレビを見ている人はその場で買うわけではないので,記憶に残すという大きな作業が必要になった。そのためテレビCMにはインパクトが求められ,クリエイティブには記憶に残るインパクトが大きな要素であった。しかし商品を目の前にしている人に流すCMはインパクトだけでではなく,むしろ「説得」が大事である。店頭で説得され,納得された人の購買率が高まれば,販売に直接貢献することになり,絶大なる効果にかげりが見えてきたTVCMに加えて,この説得に投じられる店頭CMの重要性が高まるようになるのかも知れない。
すでに小売店側もこうした未来への取り組みを始めている。一番進んでいるのは欧州の小売り大手のMETROであり,ドイツで2003年から「フューチャーストア」(http://www.future-store.org/)の実験を開始している。国内の流通大手も試行的な取り組みを増やしており,新しい小売店舗のあり方を模索している。

ECはデジタルコミュニケーションによる買い物
ECの本質はデジタルコミュニケーションによる買い物である。これまではPCで通信販売を行う行為をECとイメージすることが大きかったが,それはPCがデジタルコミュニケーションがもっとも得意な端末であったということである。
ユビキタス化の進展により,デジタルコミュニケーションできる手段が様々になればその範囲は拡大し,「生活者が物に興味を持ち,購入する」という行為全体がECになると言えるだろう。以下の拡大ステップに照らすと現在のECの多くは第二段階であり,ようやくブログなどのCGM(コンシューマジェネネレーテッドメディア)との融合や店頭でもトレーサビリティなど第三段階が広がっている状況だと言えるだろう。

ECの拡大ステップ
第一段階 注文書の電子化
第二段階 商品選択の電子化
第三段階 関連情報(公式情報,口コミ等)入手の電子化
第四段階 あらゆる場所での消費者と供給者のコミュニケーションの電子化


今後第四段階を迎えるにあたり,生活者の購買に関わるアクティビティの行動を多く握っているプレーヤーの存在価値はますます高まる。例えば電子マネーの利用も重要なアクティビティである。Edyを利用するのは多くは店頭のレジであり,何かしらの購買行動の直後である。つまりどこで何を購入したかを捕捉できる可能性も高まっており,まだ店内にいるその瞬間に購入した商品に関連する商品情報を送ることも可能になっている。消費者の行動にあわせた適切なコミュニケーションこそが,従来のデモグラフィックを中心にしたセグメント型のターゲットに対するコミュニケーションよりもはるかに重要になることは間違いない。生活者の買い物の主戦場は街中であり,店頭である。店頭のIT武装は商品の裏側にある開発・生産者,売り込みたい人,買いたい人,買ってあげる人,お勧めしたい人がコミュニケーションすることを可能にし,商品を手にとって見るだけでない新しい世界を広げてくれる。こうした時代になると,逆にうまくコミュニケーションのできない無愛想な店員の存在は無意味なものになるのかも知れない。リアルなコミュニケーションに対する期待はますます高いレベルが要求されることになるのだから。

2005年8月8日月曜日

注目されるインターネット上の口コミ(バイラルシェア) 可視化できるようになった口コミ(ブログのキーワード分析から)

(2005年8月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ブログの利用が拡大を続けている。書き込んでいる人たちはまだ一般とは言えないかもしれないが,すでにヤフーやグーグルでブログの書き込み情報は上位に表示されているので,インターネット利用者の半数以上の人は何かしらブログのコンテンツを目にしている状況が生まれつつある。
ブログは掲示板やチャットなどと異なり,自分が思ったこと,感じたことを独白するパーソナルメディアである。そこで書かれていることは記入者自ら素直に感じたことが書かれている(一部にはアフリエイトで売るためのテクニックに走ったり,頼まれて書いている人も存在しているが)。これがデジタル情報でネットワーク上に存在していることが大きな意味を持つ。ITにより大量のデータを集めて自動的に処理できるため,マクロ的に捉えてみると従来のアンケートなどのリサーチと異なり,街中で友人達としゃべられている会話に近い情報がデジタル情報で収集できるようになったとも言える。ある意味都市上空から巨大な集音マイクで人々の声を拾い集めているようなものである。
実際それを具現化できる技術としてブログ専門の検索エンジンが多数登場し始めている。ライブドアやgoo,楽天などブログサービスを提供している大手ポータル系も軒並みサービスを開始しているが,これら自社サイトのブログ利用を広めるためだけでなく,検索エンジンだけでビジネスをしようとする動きも活発であり,海外ではBlogPulse(http://www.blogpulse.com/),国内でもテクノラティ(http://www.technorati.jp/home.html)などのサービスが今何がブログ上で話題なのか?などをランキングで提供することを始めている。またblogWatcherhttp://blogwatcher.pi.titech.ac.jp/)はブログ上のポジティブに語られているのかネガティブなのかを測定したり,バースト度(急速に話題になったキーワード)を測定する技術などを研究し,サービス化している。

口コミの影響力は長年言われてきたことであるが,計測も難しく,影響があるだろうと言われるに過ぎなかったが,デジタルコミュニケーションの発達により確実に捕捉可能なものになりつつある。
我々は企業が提供する商品情報と口コミとしての利用者の感想や噂などを両方入手しながら比較できるようになっている。購買の意志決定には両方の情報を活用しているという調査結果もあり,すでに化粧品や家電製品の分野では@コスメや価格コムは絶大な影響力を持つと言われている。そこで筆者はブログ上で実際にいくつかの商品分野について分析をしてみた(分析手法等については以下を参照:http://www.d4dr.jp/service/06-1.html)
今年の春に発売された緑茶飲料で比較してみるとブログ上に出現したエントリー数をBEP(ブログエントリーポイント)とすると,上海冷茶はCMのタレントの話題についてのBEPが大きいことがわかる。一方の若武者は商品そのものよりも緑茶戦争について語られるている話題の中で登場する傾向が強く,さらにある一週間だけのBEPが大きく,その後はあまり出現していないことがわかる。

図表 飲料「上海冷茶」についてのブログ上での出現推移とその内容

(出所)各種資料よりD4DR社作成
図表 飲料「若武者」についてのブログ上での出現推移とその内容

(出所)各種資料よりD4DR社作成

こうした違いは商品そのものの魅力や広告やプロモーションの仕方による違いだと思うが,今後はこのようにインターネット上の口コミにどれくらい影響を与えるがひとつの広告効果の測定方法になることも予想される。また激烈なシェア争いをしているデジカメの分野でブログのエントリーでシェアを比べると実際のシェアと近いシェアが見て取れ,さらにブログ上のシェアはPOSの販売シェアの変化を予想させる兆候も感じ取れる。


図表 デジタルカメラ3社のPOSのシェアとバイラルシェア(ブログエントリー数によるもの)の比較

(出所)各種資料よりD4DR社作成


このように,口コミが可視化できるようになった今,これまでのフローで消えるプロモーションと異なり,インターネット上にブランドのポジティブな情報のストックを残すことがこれからの宣伝戦略としてはとても重要になると考えられ,戦略的に口コミをネット上にどう出現させ,残していくことが重要になる。長い時間をかけて築いたブランド力というのは,一定の力を持つが,定番商品や企業ブランドはそんな簡単に作れるものではなく,多くの企業は大量の新製品の中から1000にひとつぐらいでも定番商品が生まれればよいと願いながら,たちまち消えていく,短いライフサイクルの中でもがいているのが現状である。しかし,インターネット上の口コミはこうした現状に新しい可能性を与える。大量のマス投入とコンビニの棚割を確保するところに力を入れていたマーケティングが,自社商品の本当に伝えたい思いや,開発者の理念,利用者の新しい利用シーン発見などを伝搬させることで,ライフサイクルを長くすることに貢献できる可能性が見えてきたと言えるのではないだろうか。シェアも販売シェアをだけを競う世界からネット上の口コミ量のシェアである「バイラルシェア」を高めていくことが重要になると思われる。まだまだ統計的には未知の部分が多い世界ではあるが,デジタル化された口コミは確実に企業の商品開発や広告宣伝の世界を変革させていくことは間違いないことを予感させる。

2005年6月21日火曜日

ネット音楽配信ビジネスは今度こそ立ち上がるか 単曲課金ITMSの先にある巨大市場の幕開け

(2005年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

いよいよスタートするITMS
アップルのiTunesによる音楽ダウンロードサービスITMSiTunes Music Store)が早ければ8月にもついに日本でもスタートすると言われている。すでに発売されているハードウェアのipodはプレーヤーとCDから入力するソフトウェアの提供だけでも国内で好調な販売を続けており,全世界で累計4億曲販売した実績の楽曲販売のスタートに対する期待は大きい。すでに先行している携帯電話会社auが提供している「着うたフル」の累計ダウンロードも200411月にサービスを開始して以来先日累計1000万曲のダウンロードを突破した。いよいよ日本も本格的な音楽ダウンロードサービス市場の立ち上がりを迎えようとしている。

 インターネットの商用利用がスタートしてからおよそ10年,音楽のノンパッケージ販売はもっとも期待されたインターネットビジネスのひとつであり続けてきたが,そこにはいつもは大きな壁が存在してきた。1995年に米プログレッシブネットワーク社がリアルオーディオの提供を始めた時あたりから,インターネットユーザーにはインターネットが音楽ビジネスの歴史を変えると誰もが予想したに違いない。しかし,パッケージ流通により成り立っている音楽業界にとっては,瞬間的に地球の裏側にもコピーしてしまうデジタル技術に対しては慎重にならざるおえなかった。コピー防止技術や著作権処理の技術,業界の思惑の中で標準化の話し合いについて時間は費やされる。国内の音楽業界もおそるおそるではあるが2000年には現在国内で最大の音楽ダウンロードサービスを提供しているモーラ(http://mora.jp/)の提供会社であるレーベルゲートをレコード会社各社が共同で設立し,少しずつではあるが準備を始めた。しかし同じ頃ナップスターというP2P技術を利用したファイル交換アプリケーションの登場で音楽業界は衝撃を受ける。MP3フォーマットに変換された音楽データはまたたくまに世界中を駆けめぐり始めた。時をあわせるようにCDの販売も減少をはじめ,売上減少のやり玉にP2Pソフトがあげられ,提供会社と利用者に対する起訴合戦がスタートすることになる。ITMSはまさにそうした激動の中の2003年にITMSは1曲99セントという画期的な価格設定でサービスをスタートした。成功の要因としては本コラムの第10回の情報家電のコラムでも分析したように,アップルのシェアの小ささ,PCメーカーが出したハードだったこと,ハードからソフト,コンテンツ販売までのトータルサービスであったことなどの理由があると思われるが,その後順調にサービスが世界各国で立ち上がり,参入するプレーヤーも増えて,音楽業界もこれまでの慎重論からビジネスとしてのチャンスという見方に一気に方向転換することとなった。同じ頃日本ではやはりCDの売上が減少し,その理由として携帯の通話料・パケット料に若者のCD購入費を奪われているという見方まで出ていたが,その敵であったはずの携帯の着メロの著作権使用料がなんとJASRACCDの売上の減少分をまるまる補うという状況になったことでITMSとは別に微妙に音楽業界の見方に変化が出た。着メロでは作曲家の著作権収入が中心で商売にならなかった楽曲の原盤権を所有しているレコード会社もこの状況から,携帯の3G化に合わせて本格的に携帯に音楽を配信する着うたサービスに力を入れることになった。そしていよいよ2005年日本でのITMSサービス開始への期待が高まっているところである。

パッケージビジネスと何が違うのか?
ITMSに期待がある一方で日本ではうまくいかないという見方もある。ひとつは前述で解説した通り,日本では欧米と異なり携帯による音楽利用が進んでいる。携帯は確実に課金できる仕組みもあり,コピーされる心配もほとんどない。携帯での着うたにレコード会社が力を入れている状況で,ITMSに提供される楽曲の数が揃わないのではないかとの意見もある。仮に揃ったとしても洋楽中心で,若者に対する瞬発力のある売れ筋商品であるJ-POPが揃わないなどの状況も予想されている。確かに日本でのライフスタイルを考えた時に携帯のアドバンテージは大きいとは考えるが,筆者は大事なのは「ipod」か「携帯」かという議論ではなくノンパッケージの音楽ビジネスそのものの新しい利用スタイルをいかに作ることではないかと考える。
 まず音楽の価値を分析してみたい。従来のパッケージのLPなりCDの価値というのは
1)「パッケージ」デザインなど飾っておきたい価値
2)「コンテンツ」音楽そのものであり聞くことができる価値
3)「コンテクスト」曲順や選曲,アーティストの価値
3つのバリューで構成されていると考えられる。現在のネット配信モデルでは1曲づつ購入するモデルであり,基本的には100円から300円程度の価値として購入してもらうというところが基本であり,上記の価値で言うと2)の価値が中心である。しかし,LP時代から使われているアルバムというのは、言葉通り様々なアレンジや順番含め複数の曲をトータルで構成したひとつの作品であり、一曲一曲のシングル版とは明らかに異なる価値を持つ。一昨年あたり「タイムスリップグリコ」などでなつかしのシングル版がジャケット写真毎8cmCDになって復活して人気になったことを思い出していただいてもわかる通り,「音楽を買ってしまう」欲望を喚起させるためには1)3)の価値も大きな比重を占めている。残念ながら,デジタルのノンパッケージでは1)の所有できる価値は喪失しているため,それを利用するのは難しいが3)の価値はパッケージから解放されるからこそ再発見できる要素は多分にあると考えられる。現在の2)のモデルではコンテンツの価値を重視し、著作権というコンテンツ価値に属する権利を売買することをビジネスモデルの基本においている。確かにマイクロペイメントなどの少額課金決済技術の進展は、こうしたコンテンツ価値に対して多様な決済方法を提供することにもなり、少額の課金、回数制限方式、定額方式などの実用化を促している。
しかし,近年のCDの世界のオムニバスアルバムやベスト版の流行など,音楽の聞き手も一曲一曲に思い入れを入れているというよりは,癒されたい,カフェの気分を味わいたい,青春時代の想いに耽りたいなど,利用者はコンテキストの価値に対価を払っていると言える。実際ipodのシャッフル機能が受けているが,これは一定量の音楽の中からのランダムな選曲が楽しいという価値を提供している。同じくiTunesの中でプレイリストという機能があるが,これもDJ気分で自分で音楽を選曲する楽しさであるが,このプレイリストを交換したり,有名人が作ったプレイリストを入手するなどを楽しむ人たちがすでに登場している。これは新しいビジネスモデルを予感される。例えば、あなたが、1万曲の音楽データを手に入れたとしても、CDと異なり、その中から今日聞く音楽を選ぶことは大変な作業になる。しかし、自分の曲の好みや過去の選曲傾向などから、今日のおすすめの20曲だけを選曲し、インデックスデータを配信してくれるサービスがあったとして、それが有料でもあなたは利用するかもしれない。この場合、あなたにとって重要な価値は20曲のコンテンツ以前に、「自分のために選んでくれた20曲の選曲情報」というコンテクスト価値である。同様に自分と同じ趣味や価値観の人、80年代のAORが大好きな人たちが最近よく聞いている曲などを教えてくれるサービスが存在したらとても便利であろう。膨大なコンテンツや商品が街に溢れ容易に次々と消費される現代においては、コンテンツを商品と見た場合には普通の商品と同様に、自分の生活をより豊かにしてくれるかどうかが、購買意欲を刺激する意味でも重要なファクターになっており,もはや商品そのものが必要かどうかは重要ではなくなってくる。これは相対的にコンテンツ価値からこうしたコンテクストの価値が高まっていることを意味し、今後のデジタルコンテンツのビジネスモデルを議論する時には忘れてはいけない重要な要素であると考えられる。

新しい音楽の楽しみ方は生まれるか?
このように携帯音楽配信とITMSは音楽の楽しみ方の幅を大きく広げてくれるだろう。それは今まで売ることが難しかった古い曲や眠っていた曲などに価値を与える可能性もある。携帯にもハードディスクが搭載され,いつでもどこでも膨大な音楽を持ち歩くことができるようになれば,そもそも着うたの本質的な欲求である「人に自分のお気に入りを聞かせたい」ということを自然にどこでもできるようになる。音楽は完全にコミュニケーションの道具であり,友人と乗っている自動車の中はDJブースになることは間違いない。近い将来自動車でのドライブデートは選曲センスの戦いとなるだろう。音楽は一曲一曲よりも大量の曲の中でどのように楽しむかがノンパッケージ時代のキーワードになる。

今後どんなに万能な著作権管理システムと課金システムが完成したとしても、デジタルコンテンツの購買欲望を喚起する仕掛けが用意されていなければ、欲しくなる人が少なく、ビジネスとしてはうまみはなくなる。デジタルコンテンツは音楽業界全体としては新しいビジネスチャンスであることは間違いないと思われるが、従来のパッケージビジネスにおいてもカラオケやラジオのチャート番組などの別のビジネスモデルの中で音楽に触れ,聴く機会が存在するという連動された複合型モデルで成立していたことを忘れてはいけない。一人に年間数枚のCDを売ることを考える時代から一人の年間音楽エンジョイ費を月数百円とるモデルへのパラダイムシフトこそが,市場全体のパイを広げる鍵である。音楽関係者には街で回りを見渡して欲しい。目の前を歩いているここ数年CDを買ったことの無い膨大な人々が,この大いなる市場の潜在予備軍である。巨大な新しいエンターティメント市場である音楽ビジネスの幕開けは今度こそITMSとともに幕を開けようとしている。

2005年4月18日月曜日

eマーケティング概論2005 4大メディアからアクティビティへ

(2005年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

eマーケティングいよいよメジャーへ

インターネットの登場でマーケティングに革命が起きると多くのマーケッタは感じてきたし,実際大きく変わっているのであるが,Webやメールを活用したマーケティングは別世界の中でユニークな存在として,毎年少しずつ宣伝・広報・営業部の予算を確保しながら成長してきた。One-to-Oneマーケティング,バイラルマーケティング,パーミッションマーケティングなど企画書の中を通り過ぎていったキーワードも多数存在したがインターネットを積極的に利用するのはあくまで特別な人たちであり,マーケティング全体の中ではまだまだ一部の人たちに対するアプローチでしかなかった。一方でTVへの大量出稿と店頭での販促など従来アプローチは,脈々と流れてきたこれまでのノウハウを継承しながら続いてきており,TVURLが告知することや,キャンペーンの応募にメールが使えるようすることで,新しい技術に寛容であるかのように見せながらも従来のマーケティングアプローチの前提を崩すことはこれまではなかっただろう。
しかし2004年には日本のインターネットと携帯インターネットの普及率も60%を越え,そのうちの半分以上はブロードバンド化し,気がつくと自分の商品のユーザーの中に新聞もテレビも見ていないインターネットだけで情報を得ているセグメントが存在し始め,購買の意志決定にインターネットがメインに躍り出ている人々は急増している。筆者らが昨年行った調査でも最近3ヶ月の平均視聴時間でインターネット利用者のうち男性は2時間以上みている比率が地上波テレビは43%でインターネットは50%と逆転している(ちなみに女性はテレビが57.4%でインターネットが47.4%)。インターネット広告市場もラジオを越えたと言われており,少なくとも一部の大手企業のマーケティングにおいては本気にeマーケティングを主において予算のプランを立てる最初の年になるのかも知れない。

AIDMAからAIDSUASS

マーケティングという言葉は何気なくよく使われているが,ここでもう一度再確認しておこう。かの有名なマーケティングの大家フィリップ・コトラー教授は「マーケティングとは,価値を創造し,提供し,他の人々と交換することを通じて,個人やグループが必要とし欲求するものを獲得する社会的,経営的過程である。」と定義している。ここからも価値を創造したり,交換したり,欲求を理解したり,獲得する手段そのものが変化すればその過程も変わらざる追えないことがわかる。つまりマーケティングはコミュニケーションによるところが多く,そのコミュニケーションがデジタルネットワークとして変化することがそのままマーケティング自体の変化を促すのは定義からも明らかである。

マーケティングにおいてもっとも理解しやすい消費者の購買行動のプロセスは従来以下のようなAIDMA理論が一般的に使われてきていた。

従来のAIDMA理論
Attention(注意)
・テレビ広告などで注意を引かれる
Interest(興味)
 ・商品に興味を持つ
Desire(欲望)
 ・商品が欲しくなる
Memory(記憶)
・ブランドや商品を覚える
Action(行動)
 ・購買行動を起こす

確かにマスマーケティング時代においては人々は常に新しい商品やサービスを期待し,欲求を持ち続けている人であったため,新しい商品に便利さなどをアピールし,それが伝わりさえすれば商品は購入してもらえた。しかし,物で満たされた現代日本においては革新的な技術でメリットが生み出された商品や個人個人の生活の質を向上させるような商品・サービスでなければ人々が購入しなくなってきたため,売るだけでよい状況は終わりをつげた。消費者は消費するだけの人ではなく,自らマーケティングプロセスにも参画するプロシューマー化してきており,現代の購買行動プロセスは複雑化している,より詳細化すると以下のような拡張が必要になるだろう。

新しいAIDSUASS理論
Attention(注意)
・注意を引く
Interest(興味)
 ・商品に興味を持つ
Desire(欲望)
 ・商品が欲しくなる
Search(探索)
商品情報を調べる
Understand(理解)
・各種情報や友人などから学習し理解し,納得する
Action(行動)
購買行動を起こす
Satisfaction(満足)
利用を満足し,間違っていなかったことを確認する
Sympathy(共感)
・商品やサービスに共感し,他人にも勧めたり,自らの商品,サービスのために行動を起こすようになる

このプロセスにおいてインターネットを中心とするデジタルコミュニケーションの果たす役割は大きくなってきており,以下のように整理できる。

1. 興味や欲望を捕捉できる
SEM(サーチエンジンマーケティング)が最たるものであるが,デジタルコミュニケーション上ではその人が何に関心があるのかを捕捉することができる。
また今どこにいるのか,何をしているかまでわかるため,その興味にあわせて商品やサービスをリアルタイムで提供することが可能になった。

2. 探索と理解が安易になった
書籍で調べたり,友人に話しを聞いたり,店員と相談したり,これまでも可能ではあったが,デジタルコミュニケーションでは検索エンジンや比較サイトなどで瞬時に商品情報とそれを利用した人々の感想などの情報を入手することができるようになった。
さらに携帯などを利用することで店頭で商品を手に取りながらその商品の情報も入手可能になった。

3. どこでも購入できるようになった
ECの普及で欲しい商品はかなりのものがいつでもどこでもその場で予約・購入できるようになった。

4. 利用者同士の交流や商品開発への参加が可能になった
自分の商品を利用している人同士でコミュニケーションすることが容易になり,使い方などの知識の交換も可能になった。
メーカーとの直接コミュニケーションが可能になり,商品の課題などを直接伝えることが容易になった。

5.販売協力ができるようになった
 ・アフリエイトプログラムなどで自分が商品を販売することに直接協力できるようになった。

このようにこれまでは,理論はあっても適切なコストで実行可能な手段がなかったために,広告・宣伝と値引きぐらいしかできなかったマーケティングの世界は多様なシナリオをマーケッタが用意することができるようになり,その土壌もできあがりつつあると言える。

アクティビティを握れ!

こうした時代において主役になるのは生活者のアクティビティ(行動)を握っているプレーヤーになる。これまでは「テレビを見る」「ラジオを聴く」「新聞を読む」という行動そのものが大きなアクティビティであり,そうしたメディアを握ることで伝える手段を抑えることが可能になり,注意や興味を持ってもらう情報を提供することで大きな力を持つことができた。あとは店頭という重要なアクティビティの上で直接目立つところに商品をおいたり,安売りしていることを伝えたり,店員の力で買いたくさせるということが可能な方法論であった。つまりメディアと店頭しかコミュニケーションできる手段は存在しなかったのである。しかし,「韓国のドラマに興味を持っているPCの前に座っている人」や「渋谷駅を18時に降りたばかりのOL」や「コンビニでお弁当を電子マネーで購入した直後の人」などがリアルタイムに捕捉できるようにな状況の中では,こうしたアクティビティにひも付いた商品情報の提供がPC,携帯,店頭・街頭ディスプレイ,レジなどのデバイスで可能になり,決済や購入段階での値引きもリアルタイムに自由自在になる。過程の情報も補足できるため効果測定も確実になり,投資対効果を明確になる。このことは以下のようにADを伝達するのにメディア主導でバリューチェーンを想定していたものをアクティビティ主導にすることが可能であるということであり,インターネット広告もこれまではどちらか言うとメディア化したポータルサイトを中心にメディア主導の発想であったが,キーワード連動型広告のように本来のデジタルコミュニケーションが得意なアクティビティ主導の流れに移行することになるであろう。その際には人々のニーズがどのように生まれ,何が意志決定の要因になるのか,共感した知識情報をどのように伝達するのかという前述のAIDSUASSに基づいたシナリオとアクティビティとどう連動するかが重要になると言え,企業は多くの人々にリーチするという行動から自社の商品・サービスにおいて重要なアクティビティを握るという行動原理に変わることになるだろう。

○メディア主導のバリューチェーン
AD+コンテンツ+デリバリー手段(4大メディア(TV,ラジオ,新聞,雑誌),チラシ,ポスター等)+行動(読む,見る,聴く)

○アクティビティ主導のバリューチェーン
AD(もしくはAD+コンテンツ)+デリバリー手段(4大メディア,PC,携帯,店頭・街頭ディスプレイ,レジ等)+行動(移動,探索,学習,買い物,談笑等)

マーケティングコストの新しい考え方

商品やサービスには原価と販売マージン以外に以下のマーケティングコストがかかるものである。

マスマーケティングコスト(4大メディア):認知させ,興味をもたせるコスト
販促コスト(チラシ,店頭POP):店頭への誘因と購買の後押しコスト
値引きコスト(クーポン,値引き原資):後押しコスト
在庫コスト:売れ残り

これらのコストはアクティビティが重要になる時代においては販促コストと値引きコストがアクティビティコスト(最適なタイミングで最適な商品情報を最適な価格で提示するコスト)に移行し,マスマーケティングの比率は下がり,在庫コストも最適化されるため減少し,相対的にはマーケティングコスト全体は以下のような形に配分が変化していくことになると予想される。

図表 マーケティングコストの配分変化


これまでもブランド別のメディアの最適配分などの方法論が話題になり,マーケティングコスト全体の最適化は多くの企業の関心事ではあるが,今後eマーケティングの世界では商品・サービス別のAIDSUASSのシナリオを描き,それに基づいてマスマーケティングとアクティビティに最適に配分することがマーケッタの需要な役割になる。あわせて従来絶対的なメディアとして君臨してきたテレビ局や新聞社,雑誌社も新しいアクティビティのどこかを握るための戦略的アライアンスが必要になるだろう。逆に生活者の様々な行動を握っているプレーヤー(鉄道会社,コンビニ,検索エンジンサイト,携帯電話会社等)にとっては新しいビジネスチャンスが生まれると言える。広告代理店もこうしたアクティビティプレーヤーとの関わりは必須になり,巨大メディアを握ることから,多様なアクティビティを握ることと,それを最適にマッチングできる能力がマーケッタ達から期待されることになるだろう。2005年はいくつの企業がこうしたeマーケティングのスタイルを実践するかが楽しみである。。