(2000年9月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
Amazon.comの株価低落に代表されるように,BtoCに対する見直し機運は世界的な傾向として顕著になってきている。単純に販売チャネルとしてリアルなものをオンラインに置き換えた「e-somthing系」はのきなみ市場の評価も厳しいようである。これらは既存の小売り業のひとつの形態に過ぎず,既存の小売り業よりもはるかに高い利益率を生み出すことは難しいという評価が一般的である。
しかし,こうした状況の中でも「eBay」やBtoBにおける「e-Steel」などのeMarketplaceマッチング系サービスなどは高い評価を得ている。これらのサービスの特徴としては物流など,固定費としてかかる部分を抱えておらず,いわゆる「情報流」に付加価値をつけることでビジネスをしている。例えばオークションサイトはそもそもニーズとニーズのマッチングをしていたり,価格を形成したり,信用を作るために過去の取引履歴をレイティングすることで格付けなどを行ったり,情報の付加価値を生み出す仕組みである。
しかも情報流だけでビジネスを行うことができれば,地理的要因など物理的な制約がなく,ビジネスを拡大していくことも可能である。こうした情報流のビジネスは今後さらに様々なものが考えられる。現在急速に増えているASP(アプリケーションサービスプロバイダー)もプログラムという情報流の付加価値を提供することで対価を得るビジネスモデルである。ASPはパッケージソフトをネットワークを介して利用するものもあるが,これはリアルタイムで利用者に個別の付加価値を提供することで対価を得やすくなったとも言える。つまり,身の回りでさらにつきつめていくと様々な世界が描ける。
例えば炊飯器メーカーはこれまで炊飯器の付加価値を高めるために,お米を美味しく炊くためのノウハウを研究し,炊飯器にマイコンとして内蔵させてきた,しかし,消費者は購入する時に炊飯器としてしか判断しないため,どんなに付加価値の高いソフトウェアを内臓させても倍や3倍の価格で販売することは難しかった。
しかし,もしネットワーク対応の炊飯器になり,その日その時その人がもっとも美味しくお米を炊くためのパラメーター(味覚,湿度,気圧,お米の成分,水分含有量など)から,プログラムを生成し,炊飯器にネットワークを利用して送り込むことが可能になったとしよう,この場合消費者は美味しくお米を炊いてくれるプログラムに価値を見いだしてくれるため,プログラムだけを毎月か一回毎かで有料で販売することが可能になる。すでに価値は炊飯器というハードにあるのではなく,自分自身のために価値を与えてくれるプログラムというコンテクストに価値があると言えるだろう。これは前回も少し触れた個人個人の曲を選曲してくれる「パーソナルDJ」サービスもそうである。こうしたネットワークを介して情報流の付加価値を創出することは,従来パッケージなどハードウェアと一緒になっていたり,対面で人が直接サービスするなどで物や時間の制約で埋もれていた価値を外にアンバンドルすることで,大きなビジネスを生み出すことを予感させる。それは製造業の2次産業やサービス業の3次産業とは異なり,まったく異なるビジネス特性を持つことから,知識集約型の新しい産業「第四次産業」として,違う概念で捉えてもいいのではないか。そしてIT立国が目指す産業モデルとして日本も積極的に新興していくべきものであると考える。
2000年8月11日金曜日
著作権ビジネスモデル=護送船団方式?
(2000年8月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
米国で19歳の若者が開発した「Napster」の登場は多くのインパクトを各方面に与えている。音楽データが無料で交換されることで,多くの損害が出るということで,全米レコード協会は徹底抗戦の構えを見せている。さらに最近では「Gnutella」など制御する中心サーバーをもたないアプリケーションの登場がさらに音楽業界の危機意識をあおっている。
パッケージビジネスの前提が崩れつつある中,デジタルコンテンツビジネスは既存のビジネスモデルを活かした形で緩やかな変化を望む既得権益の人達の希望をことごとくうち砕く方向に行っていると言えるかもしれない。
そもそも,現在のCDなどのパッケージはふたつ3つの価値の集合体である。一つ目は音楽そのものの価値,二つ目は選曲,編集の価値,三つ目はデザインなど物体としての価値である。デジタル化によって3つ目の価値が喪失したが,一つ目の音楽そのものつまり,コンテンツとしての価値が自由に流通できるようになったわけだが,忘れてならないのが,二つ目の選曲の価値である。例えばあなたが,1000曲ハードディスクに音楽データを持っていたとしても,毎日その中から聞く曲を選ぶのは結構大変なことだろう。何しろ,CDと違って選曲されていないため,色んなジャンルがあればランダムに聞くのもたぶんクールにはならない。そこに例えば,あなたの好みや過去の試聴履歴,季節や話題などを考慮して,今日聞くべき曲のリストだけ送って来てくれる「パーソナルDJ」サービスがあったとしたら,どうだろう。この場合の価値はあなたのハードディスクの中の音楽にあるのではなく,選曲してくれるパーソナルDJの人の選曲という「コンテクスト」にあることになる。この価値の対価を有料でビジネスにすれば,コンテクストの収入を音楽にまわすビジネスモデルを考えることもできるかもしれない。
つまり,パッケージからデジタルの流れは,パッケージ課金からコンテンツ課金というだけではない様々な多様なビジネスモデルの登場をもたらす可能性を秘めている。現在のノンパッケージディストリビューションの議論は違法コピー防止と課金手法の多様化のところで白熱しているが,ネットの普及がアーティストとオーディエンスの関係を変えてしまう以上,既存のビジネスモデル以外の選択肢の開拓は必要不可欠な段階に来ている。
振り返れば中世の時代は多くの芸術家は,特定の王侯貴族などのパトロンから活動費用を得ていたわけであり,近代の著作権の考え方はレコードなどの大量生産の流れの中で確立していったモデルである。しかし,工業社会から知識情報社会の変化の中で金融商品の発達している英国ではデビットボーイなどがアルバムを制作するために債券を発行するなど,新しいモデルも登場してきている。ファンというコミュニティが小口のファンドを出資して,活動を支え,産み出される作品や活動収益を配当するという金融モデルとの組み合わせも一部始まっており,インターネットのコミュニティが多数でてきている中では今後も広がっていく可能性があるだろう。つまり,IT革命とサイバースペースの登場はアーティストが活動費用を多様なビジネスモデルに委ねることを可能にするわけで,「Napster」の登場は,違法コピーしほうだい!「Gnutella」は足がつかない!という側面で見るのではなく,多様なビジネスモデルの可能性が目の前に登場してきたと捉えるべきだろう。そのため,「著作権ビジネスモデル=護送船団方式」のように守るよりは既存のアーティストやオーディエンスが挑戦する環境を整え,既存著作権の仕組みの中での不利益を最小限にとどめる保険の仕組みなど,まさに金融業界が変化せざる負えないと同様に新しい仕組みを整えることを考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
米国で19歳の若者が開発した「Napster」の登場は多くのインパクトを各方面に与えている。音楽データが無料で交換されることで,多くの損害が出るということで,全米レコード協会は徹底抗戦の構えを見せている。さらに最近では「Gnutella」など制御する中心サーバーをもたないアプリケーションの登場がさらに音楽業界の危機意識をあおっている。
パッケージビジネスの前提が崩れつつある中,デジタルコンテンツビジネスは既存のビジネスモデルを活かした形で緩やかな変化を望む既得権益の人達の希望をことごとくうち砕く方向に行っていると言えるかもしれない。
そもそも,現在のCDなどのパッケージはふたつ3つの価値の集合体である。一つ目は音楽そのものの価値,二つ目は選曲,編集の価値,三つ目はデザインなど物体としての価値である。デジタル化によって3つ目の価値が喪失したが,一つ目の音楽そのものつまり,コンテンツとしての価値が自由に流通できるようになったわけだが,忘れてならないのが,二つ目の選曲の価値である。例えばあなたが,1000曲ハードディスクに音楽データを持っていたとしても,毎日その中から聞く曲を選ぶのは結構大変なことだろう。何しろ,CDと違って選曲されていないため,色んなジャンルがあればランダムに聞くのもたぶんクールにはならない。そこに例えば,あなたの好みや過去の試聴履歴,季節や話題などを考慮して,今日聞くべき曲のリストだけ送って来てくれる「パーソナルDJ」サービスがあったとしたら,どうだろう。この場合の価値はあなたのハードディスクの中の音楽にあるのではなく,選曲してくれるパーソナルDJの人の選曲という「コンテクスト」にあることになる。この価値の対価を有料でビジネスにすれば,コンテクストの収入を音楽にまわすビジネスモデルを考えることもできるかもしれない。
つまり,パッケージからデジタルの流れは,パッケージ課金からコンテンツ課金というだけではない様々な多様なビジネスモデルの登場をもたらす可能性を秘めている。現在のノンパッケージディストリビューションの議論は違法コピー防止と課金手法の多様化のところで白熱しているが,ネットの普及がアーティストとオーディエンスの関係を変えてしまう以上,既存のビジネスモデル以外の選択肢の開拓は必要不可欠な段階に来ている。
振り返れば中世の時代は多くの芸術家は,特定の王侯貴族などのパトロンから活動費用を得ていたわけであり,近代の著作権の考え方はレコードなどの大量生産の流れの中で確立していったモデルである。しかし,工業社会から知識情報社会の変化の中で金融商品の発達している英国ではデビットボーイなどがアルバムを制作するために債券を発行するなど,新しいモデルも登場してきている。ファンというコミュニティが小口のファンドを出資して,活動を支え,産み出される作品や活動収益を配当するという金融モデルとの組み合わせも一部始まっており,インターネットのコミュニティが多数でてきている中では今後も広がっていく可能性があるだろう。つまり,IT革命とサイバースペースの登場はアーティストが活動費用を多様なビジネスモデルに委ねることを可能にするわけで,「Napster」の登場は,違法コピーしほうだい!「Gnutella」は足がつかない!という側面で見るのではなく,多様なビジネスモデルの可能性が目の前に登場してきたと捉えるべきだろう。そのため,「著作権ビジネスモデル=護送船団方式」のように守るよりは既存のアーティストやオーディエンスが挑戦する環境を整え,既存著作権の仕組みの中での不利益を最小限にとどめる保険の仕組みなど,まさに金融業界が変化せざる負えないと同様に新しい仕組みを整えることを考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
2000年7月10日月曜日
NTT再国営化論!
(2000年7月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
前回韓国の事例を紹介したが,アジアも通信インフラの高度化が急速に進展している状況の中,足踏みをしている日本でもNTTのあり方を含めて,通信インフラの問題が改めて議論されている。例えて言うならば使い勝手の良い道路整備がされていないまま,ファミレスやショッピングセンターなどのロードサイドビジネスが産業として立ち上げりつつある状況が今のECの置かれている状況であり,ロードサイドビジネスが「道路整備と車の普及によって生まれた新しいライフスタイル」を捉え,成長したビジネスであったならば「ネットの普及によって生まれる新しいライフスタイル」は新のデジタルインフラ無しでは進化しないわけである。
これまで米国のAT&T分割などをお手本にしてきているが,もはやデジタル時代は状況が異なるし,通信と放送両方の視点も必要になる。そこで現在議論されているNTT,NHKを含めて今回は私の大胆な私案を紹介したい。
まず日本の特殊事情として,これまでの通信インフラはNTTが税金と加入者権という特殊な債券を国民から集めて,整備してきたものである。またNHKも特殊会社ということで,受信料という絶対的な徴収メカニズムを持って,放送インフラの整備に当ててきた。つまり,この両者をただ民営化してもゼロに近い状態からスタートする企業がまともな競争にならないのは当たり前の話しであり,NTTの企業努力だけにするのも難しい話しである。一番重要なのはデジタル時代にふさわしい競争構造にすることであり,本当の基盤インフラとデジタルネットワークのプラットフォームとその上のコンテンツ・サービスの3層は異なるものであるという認識が必要である。そこで時代に逆行するという人もいるかも知れないが,NTTの再分割はダークファイバーと呼ばれる光ファイバーとメタリックの線そのものや電柱,交換局設備などハードウェアを所有する基盤インフラ部分を日本通信公団として,期限を定め一定のインフラが整備されるまでの時限特殊法人とし,税金を財源とすることを提案したい。各自治体の所有する下水道の光ファイバー,第三セクターの赤字CATVなどの公的インフラも吸収可能なものは一緒にするのもいいだろう。
そうした上でNTTの東,西含めて他の市内通信事業に参入する通信事業者は公団から設備を同一の条件で借り受けて,プラットフォームとしてのデジタル通信サービス事業を展開する。これにより,外資系の通信事業者も同一の条件での参入が可能であるし,大規模な設備投資が必要なければADSLなどのベンチャー通信会社も簡単に参入できる環境が整うことになり,設備を借りてケーブルテレビ会社までもスタートできる。また懸案のユニバールサービスとして過疎地域へのサービスも含めて補正予算等で国が通信インフラを支援することも容易になる。
税金は道路の財源と同様に目的税化し,通信料金の一部と通信ハードウェアに課税する。そもそも高い通信料金をNTTに吸収され使い道がよくわからなくなるよりは,一部がきちんと税金化されることで,きちんとデジタル社会のインフラになることが明確になる方がよいだろう。ADSLも過渡的なものであり,やはり長期的には安い光ファイバーが日本全国に行き渡ることを今のうちに行うことは重要である。
そしてもうひとつ重要なのはNHKの受信料である。これもインフラ整備とコンテンツ制作の費用は分離し,少なくともインフラ部分は税金とし,放送設備整備のための財源とし,広く民間企業に解放することが望ましい。(コンテンツ部分もあいまいな受信料制度は改定されるべきだが)
税金の一部はデジタルデバイド解消や,セキュリティ開発などデジタル社会で公的な費用として必要な財源にするのもいいだろう。
そして10年後にはまた新しい枠組みを考えればよいと考える。
あくまで大胆な仮説ではあるが,みなさんのご意見を是非聞きたいところである。
前回韓国の事例を紹介したが,アジアも通信インフラの高度化が急速に進展している状況の中,足踏みをしている日本でもNTTのあり方を含めて,通信インフラの問題が改めて議論されている。例えて言うならば使い勝手の良い道路整備がされていないまま,ファミレスやショッピングセンターなどのロードサイドビジネスが産業として立ち上げりつつある状況が今のECの置かれている状況であり,ロードサイドビジネスが「道路整備と車の普及によって生まれた新しいライフスタイル」を捉え,成長したビジネスであったならば「ネットの普及によって生まれる新しいライフスタイル」は新のデジタルインフラ無しでは進化しないわけである。
これまで米国のAT&T分割などをお手本にしてきているが,もはやデジタル時代は状況が異なるし,通信と放送両方の視点も必要になる。そこで現在議論されているNTT,NHKを含めて今回は私の大胆な私案を紹介したい。
まず日本の特殊事情として,これまでの通信インフラはNTTが税金と加入者権という特殊な債券を国民から集めて,整備してきたものである。またNHKも特殊会社ということで,受信料という絶対的な徴収メカニズムを持って,放送インフラの整備に当ててきた。つまり,この両者をただ民営化してもゼロに近い状態からスタートする企業がまともな競争にならないのは当たり前の話しであり,NTTの企業努力だけにするのも難しい話しである。一番重要なのはデジタル時代にふさわしい競争構造にすることであり,本当の基盤インフラとデジタルネットワークのプラットフォームとその上のコンテンツ・サービスの3層は異なるものであるという認識が必要である。そこで時代に逆行するという人もいるかも知れないが,NTTの再分割はダークファイバーと呼ばれる光ファイバーとメタリックの線そのものや電柱,交換局設備などハードウェアを所有する基盤インフラ部分を日本通信公団として,期限を定め一定のインフラが整備されるまでの時限特殊法人とし,税金を財源とすることを提案したい。各自治体の所有する下水道の光ファイバー,第三セクターの赤字CATVなどの公的インフラも吸収可能なものは一緒にするのもいいだろう。
そうした上でNTTの東,西含めて他の市内通信事業に参入する通信事業者は公団から設備を同一の条件で借り受けて,プラットフォームとしてのデジタル通信サービス事業を展開する。これにより,外資系の通信事業者も同一の条件での参入が可能であるし,大規模な設備投資が必要なければADSLなどのベンチャー通信会社も簡単に参入できる環境が整うことになり,設備を借りてケーブルテレビ会社までもスタートできる。また懸案のユニバールサービスとして過疎地域へのサービスも含めて補正予算等で国が通信インフラを支援することも容易になる。
税金は道路の財源と同様に目的税化し,通信料金の一部と通信ハードウェアに課税する。そもそも高い通信料金をNTTに吸収され使い道がよくわからなくなるよりは,一部がきちんと税金化されることで,きちんとデジタル社会のインフラになることが明確になる方がよいだろう。ADSLも過渡的なものであり,やはり長期的には安い光ファイバーが日本全国に行き渡ることを今のうちに行うことは重要である。
そしてもうひとつ重要なのはNHKの受信料である。これもインフラ整備とコンテンツ制作の費用は分離し,少なくともインフラ部分は税金とし,放送設備整備のための財源とし,広く民間企業に解放することが望ましい。(コンテンツ部分もあいまいな受信料制度は改定されるべきだが)
税金の一部はデジタルデバイド解消や,セキュリティ開発などデジタル社会で公的な費用として必要な財源にするのもいいだろう。
そして10年後にはまた新しい枠組みを考えればよいと考える。
あくまで大胆な仮説ではあるが,みなさんのご意見を是非聞きたいところである。
2000年6月12日月曜日
サイバーコリア
(2000年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
日米ともに一時のネットバブルの熱狂がやや冷め,ネット企業に対する選別の目は厳しい状況になってきている。その状況はアジア国々にも同様に波及しているようであり,日本のお隣韓国でも同様にハイテク関連の株価下落は起きている。しかし,韓国の状況は日本や米国とは異なる独自のサイバー化が進展しており,その状況は非常に興味深いものがある。筆者は5月末に韓国を訪問し調査してきたので,今回その状況を紹介したい。まず何よりも驚くのは街の看板に「ADSL」という言葉が普通に存在することである。ISDNが普及してしまった日本ではようやく一部の企業が実験を開始した状況であるが,韓国はISDNが無く,さらに市内電話網に競争環境が導入されていることから,ADSLが自然に普及し,高速な定額サービスが当たり前のように利用されている。このことは2年間で爆発的にインターネットを普及させた大きな要因としてあげられる。現在では利用者数も1200万人を越えており,絶対数では日本より少ないが,人口4500万人の国なので30%弱の普及率となっており,普及率では日本を越えている。国をあげてのベンチャー施策の影響もあり,コスダックという株式市場ではすでに500社を越える企業が上場しており,個人投資家ブームも起きているが,投資家の半分はすでにオンライントレーディングを利用しているという状況でもある。
また韓国は日本と異なり,プレイステーションに代表されるゲーム機がほとんど普及していない。そのため,流行しているゲームはほとんどが「スタークラフト」などのPCゲームであるが,その利用場所が凄い。ADSLのおかげでインターネット使い放題のPCを利用できる「PCルーム」という日本ではインターネットカフェのようなところがなんと全国で1万5千店にもなっており,そここそが主戦場である。子供達は学校の帰りなどに,友達とPCルームでオンラインゲームに熱中し,さらに驚くべきことはこうしたオンラインゲームは種類毎に地域別,年齢別にランキングされており,優秀なゲーマーはプロとしてスポンサーが付いてTVに出演したり,イベントに出たり,推薦で大学に入学できたりする状況があり,そうしたプロチームは次々と増えている。まさにゲーマーが親を養い,キャリアアップの道であるのも驚きである。
ネットが生活スタイルを変え,財閥中心からベンチャー主導への産業構造の転換を促した,要因としてはIMFの影響も大きい。1998年頭頃は韓国経済は最悪の状態に陥り,大手の銀行,財閥も倒産が続出した。失業者も増え,韓国にとって,構造改革はするものではなく,他に選択肢はなかったと言える。このことが,IT産業を育成していくことと,ベンチャーが新しい雇用を創出していく社会へと見事なまでに変身させた。日本は金融危機を乗り切りはしたが,痛みも制限したので,その分ドラスティックな社会変革は中途半端に終わったと言えるだろう。国家主導でIT化を進めたマレーシアなども必ずしも成功している状況ではないが,国家の危機の結果としてサイバーコリアが誕生したのも興味深い。もちろんあまりにも一度にインターネットブームとベンチャーブームが到来している,急すぎる変化の危うさも多数存在するが,ベンチャー企業も選別淘汰されるだけの絶対数が存在するところは日本とも異なる。社会がサイバー化していくモデルは多様であり,米国の道だけではないことを改めて感じた訪韓であった。
日米ともに一時のネットバブルの熱狂がやや冷め,ネット企業に対する選別の目は厳しい状況になってきている。その状況はアジア国々にも同様に波及しているようであり,日本のお隣韓国でも同様にハイテク関連の株価下落は起きている。しかし,韓国の状況は日本や米国とは異なる独自のサイバー化が進展しており,その状況は非常に興味深いものがある。筆者は5月末に韓国を訪問し調査してきたので,今回その状況を紹介したい。まず何よりも驚くのは街の看板に「ADSL」という言葉が普通に存在することである。ISDNが普及してしまった日本ではようやく一部の企業が実験を開始した状況であるが,韓国はISDNが無く,さらに市内電話網に競争環境が導入されていることから,ADSLが自然に普及し,高速な定額サービスが当たり前のように利用されている。このことは2年間で爆発的にインターネットを普及させた大きな要因としてあげられる。現在では利用者数も1200万人を越えており,絶対数では日本より少ないが,人口4500万人の国なので30%弱の普及率となっており,普及率では日本を越えている。国をあげてのベンチャー施策の影響もあり,コスダックという株式市場ではすでに500社を越える企業が上場しており,個人投資家ブームも起きているが,投資家の半分はすでにオンライントレーディングを利用しているという状況でもある。
また韓国は日本と異なり,プレイステーションに代表されるゲーム機がほとんど普及していない。そのため,流行しているゲームはほとんどが「スタークラフト」などのPCゲームであるが,その利用場所が凄い。ADSLのおかげでインターネット使い放題のPCを利用できる「PCルーム」という日本ではインターネットカフェのようなところがなんと全国で1万5千店にもなっており,そここそが主戦場である。子供達は学校の帰りなどに,友達とPCルームでオンラインゲームに熱中し,さらに驚くべきことはこうしたオンラインゲームは種類毎に地域別,年齢別にランキングされており,優秀なゲーマーはプロとしてスポンサーが付いてTVに出演したり,イベントに出たり,推薦で大学に入学できたりする状況があり,そうしたプロチームは次々と増えている。まさにゲーマーが親を養い,キャリアアップの道であるのも驚きである。
ネットが生活スタイルを変え,財閥中心からベンチャー主導への産業構造の転換を促した,要因としてはIMFの影響も大きい。1998年頭頃は韓国経済は最悪の状態に陥り,大手の銀行,財閥も倒産が続出した。失業者も増え,韓国にとって,構造改革はするものではなく,他に選択肢はなかったと言える。このことが,IT産業を育成していくことと,ベンチャーが新しい雇用を創出していく社会へと見事なまでに変身させた。日本は金融危機を乗り切りはしたが,痛みも制限したので,その分ドラスティックな社会変革は中途半端に終わったと言えるだろう。国家主導でIT化を進めたマレーシアなども必ずしも成功している状況ではないが,国家の危機の結果としてサイバーコリアが誕生したのも興味深い。もちろんあまりにも一度にインターネットブームとベンチャーブームが到来している,急すぎる変化の危うさも多数存在するが,ベンチャー企業も選別淘汰されるだけの絶対数が存在するところは日本とも異なる。社会がサイバー化していくモデルは多様であり,米国の道だけではないことを改めて感じた訪韓であった。
2000年5月8日月曜日
あなたのハードディスクはどこですか?
(2000年5月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
米国でハードディスクをレンタルするビジネスが続々と登場している。その中のひとつ「XDRIVE」は100Mまでのディスクスペースをなんと無料で貸してくれる(ただし今回はビジネスモデルとして無料であることは問題ではない)。といってもお店に行ってハードディスクを借りてくるわけではない。ネットワーク上のサーバーのディスクスペースを個人に貸すサービスである。そういう意味ではこれまでもホームページ用にISPが数M貸してくれることは普通だったので,何を今さらと思う人もいるだろう。このビジネスのユニークなところは個人が自分のハードディスクの代わりにこのサービスを利用するところであり,そのハードディスクを友達や家族で共有することもできる。宣伝文句にも「MP3や音楽,映像,写真やドキュメントを共有しながら楽しんで下さい」と書いてある。確かにネットワークの広帯域化が進み,大容量のデータを利用することが増えてくると,いちいち自分のローカルにダウンロードしておかなくても,サーバー上のファイルを利用したい時に利用すればよくなる。さらに,「ユビキタスコンピューティング」と言われるように,携帯電話,カーナビ,テレビ,ゲーム機,会社,家,友達の家・・・などコンピュータがどこにでも遍在していると,どんな場所でもどんな端末からでも自分の環境で利用したくなるし,住所録とかカレンダーデータなどはいちいち移したりしなくても,同じデータを利用したくなる,さらには購入した音楽データを異なる端末でも楽しみたいなど,ますます自分のパソコンのローカルのハードディスクに入っていては困る状況になりつつある。いつでも,どこでも,どんな端末からでも自分の好きなコンテンツにアクセスできることが理想になる。
一方で個人の所有範囲の境目はどんどん難しくなる。先日「MP3.com」が個人の購入したCDの音楽データをMP3化して,それを聴くことができるようにしたサービスが著作権を侵害するとして全米レコード協会(RIAA)から提訴された。この問題は奥が深い。現在,個人が自分のCDを自分のパソコンでMP3化して,ハードディスクに保存し,聴くことは問題無い。これが家庭内サーバーの中に蓄積されて,家族で楽しんでいるとややグレーになるだろう(よくCDなどに書いてある個人の楽しみの範囲というのは家族など数人で同時に聴くことは許されているらしいが)。さらに,これがマンションの共用サーバーにあって,住人みんなで楽しんでいたら明かに違法であろう。しかし,もしこの共用サーバーのハードディスクが厳しいセキュリティシステムで管理されていて,特定個人しかアクセスを許されていないとしたらどうなるだろう?この場合はあくまで自分のハードディスクの延長線上にあるわけである。これまで著作権の議論は所有を前提に議論されていたため,違法な「複製」に焦点があたっていた。電子透かし技術などもそこから発達している。しかし,我々のデジタルコンテンツに対する「所有」の概念は薄れていくことになるだろう。個人の本棚がなくても,誰もの家の隣に巨大な図書館が出来つつある。だとすれば我々は本棚と本を購入する必要は無い。図書館に入館し,本を読める「アクセス権」さえ手に入ればよくなるのではないだろうか。
米国でハードディスクをレンタルするビジネスが続々と登場している。その中のひとつ「XDRIVE」は100Mまでのディスクスペースをなんと無料で貸してくれる(ただし今回はビジネスモデルとして無料であることは問題ではない)。といってもお店に行ってハードディスクを借りてくるわけではない。ネットワーク上のサーバーのディスクスペースを個人に貸すサービスである。そういう意味ではこれまでもホームページ用にISPが数M貸してくれることは普通だったので,何を今さらと思う人もいるだろう。このビジネスのユニークなところは個人が自分のハードディスクの代わりにこのサービスを利用するところであり,そのハードディスクを友達や家族で共有することもできる。宣伝文句にも「MP3や音楽,映像,写真やドキュメントを共有しながら楽しんで下さい」と書いてある。確かにネットワークの広帯域化が進み,大容量のデータを利用することが増えてくると,いちいち自分のローカルにダウンロードしておかなくても,サーバー上のファイルを利用したい時に利用すればよくなる。さらに,「ユビキタスコンピューティング」と言われるように,携帯電話,カーナビ,テレビ,ゲーム機,会社,家,友達の家・・・などコンピュータがどこにでも遍在していると,どんな場所でもどんな端末からでも自分の環境で利用したくなるし,住所録とかカレンダーデータなどはいちいち移したりしなくても,同じデータを利用したくなる,さらには購入した音楽データを異なる端末でも楽しみたいなど,ますます自分のパソコンのローカルのハードディスクに入っていては困る状況になりつつある。いつでも,どこでも,どんな端末からでも自分の好きなコンテンツにアクセスできることが理想になる。
一方で個人の所有範囲の境目はどんどん難しくなる。先日「MP3.com」が個人の購入したCDの音楽データをMP3化して,それを聴くことができるようにしたサービスが著作権を侵害するとして全米レコード協会(RIAA)から提訴された。この問題は奥が深い。現在,個人が自分のCDを自分のパソコンでMP3化して,ハードディスクに保存し,聴くことは問題無い。これが家庭内サーバーの中に蓄積されて,家族で楽しんでいるとややグレーになるだろう(よくCDなどに書いてある個人の楽しみの範囲というのは家族など数人で同時に聴くことは許されているらしいが)。さらに,これがマンションの共用サーバーにあって,住人みんなで楽しんでいたら明かに違法であろう。しかし,もしこの共用サーバーのハードディスクが厳しいセキュリティシステムで管理されていて,特定個人しかアクセスを許されていないとしたらどうなるだろう?この場合はあくまで自分のハードディスクの延長線上にあるわけである。これまで著作権の議論は所有を前提に議論されていたため,違法な「複製」に焦点があたっていた。電子透かし技術などもそこから発達している。しかし,我々のデジタルコンテンツに対する「所有」の概念は薄れていくことになるだろう。個人の本棚がなくても,誰もの家の隣に巨大な図書館が出来つつある。だとすれば我々は本棚と本を購入する必要は無い。図書館に入館し,本を読める「アクセス権」さえ手に入ればよくなるのではないだろうか。
2000年4月4日火曜日
ECと物づくり
(2000年4月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
米国に「mobshop」というサイトがある。旧Accompany .comと言った方がわかる人もいるかもしれないが,このサイトのユニークなところは,大口注文同士を仲介するという仕組みであり,注文する人数が増えれば増えるほど価格がどんどん安くなる仕組みになっている。例えばあるデジタルカメラを最初は$899からスタートして,25人までは$689.95で販売し,200人までは$679.95で販売する。最終的に500人以上集まるとなんと$649.95まで値下げするという仕組みだ。メーカーは当然のことながら大量生産,大量販売を前提にしているので,大口で掃けることがとても嬉しい。利用者も安ければ嬉しいため,この双方の望みをマッチングしてあげようという仕組みであり,メーカーも喜ぶし,利用者もHappyになるという,まさにWin-Winのモデルである。元々日本でも生活協同組合などもこうした発想でサービスをしているが,双方のニーズをリアルタイムでマッチングする方法がなかった。しかし,インターネットの登場がこうしたことを可能にしており,このサイトでも購入希望者が少しでも安くするために,インターネットを利用して仲間を集めたりしているらしく,ネットの恩恵を受けたサービスと言えるだろう。私がこのサービスを紹介したのは,この仕組みがECの本来の魅力を産み出す可能性を示唆していると考えているからである。
現在のECはマスプロダクトとして産み出した商品をリアルな流通で売るよりもネットを活用することで低コストでかつスピーディーでニーズ見合ったものが入手できることを競っているが,本来ECはメーカーとダイレクトに結ばれるので,「欲しい商品を欲しがる人々に作る」という物づくりの原点に戻ることができる。
例えば,これまでマンションのような高額商品はリスクも大きいため,冒険しにくかった。メーカーは立地に合わせて手頃な価格と手ごろな間取りを想定し,購入者もだいたい周辺を比較してこんなものかと購入する。しかし,これは両者の妥協の産物であり,先ほどのWin-Winの関係からはほど遠い。しかしもし,「ペットが好きで一緒に共同生活したいと思っているコミュニティ」がいたとして,彼らがネットでコミュニティを構築し,入居を予約したとしたら,メーカーも安心して,彼らのために様々な工夫を凝らすことだろう。ペットと戯れるための中庭を配置したり,壁には脱臭剤を入れたりなど,仮に価格が多少高くなろうと満足度は非常に高いものになると考えられる。もちろん,完全なインターネットを利用して個別対応する仕組みは現在でも多く存在するが,大量生産できなかったり,高価格になるなど双方割に合わない場合が多いが,あるコミュニティなどのまとまりが存在することによって,メーカーもスケールメリットを出せることになり,利用者側も手頃な価格で購入できることになる。左利きの人向けのインターフェイス,日本在住のアラビア語圏人向けカレンダー,工事現場で使うノートパソコンなど,最大公約数にはかからないが,ニーズが確実に存在することが予想される商品はたくさん想定できる。これらがコミュニティとしてネット上で存在した時にこれまでは冒険であった物づくりが,感謝に変わる瞬間がECによって実現されるのではないだろうか。
米国に「mobshop」というサイトがある。旧Accompany .comと言った方がわかる人もいるかもしれないが,このサイトのユニークなところは,大口注文同士を仲介するという仕組みであり,注文する人数が増えれば増えるほど価格がどんどん安くなる仕組みになっている。例えばあるデジタルカメラを最初は$899からスタートして,25人までは$689.95で販売し,200人までは$679.95で販売する。最終的に500人以上集まるとなんと$649.95まで値下げするという仕組みだ。メーカーは当然のことながら大量生産,大量販売を前提にしているので,大口で掃けることがとても嬉しい。利用者も安ければ嬉しいため,この双方の望みをマッチングしてあげようという仕組みであり,メーカーも喜ぶし,利用者もHappyになるという,まさにWin-Winのモデルである。元々日本でも生活協同組合などもこうした発想でサービスをしているが,双方のニーズをリアルタイムでマッチングする方法がなかった。しかし,インターネットの登場がこうしたことを可能にしており,このサイトでも購入希望者が少しでも安くするために,インターネットを利用して仲間を集めたりしているらしく,ネットの恩恵を受けたサービスと言えるだろう。私がこのサービスを紹介したのは,この仕組みがECの本来の魅力を産み出す可能性を示唆していると考えているからである。
現在のECはマスプロダクトとして産み出した商品をリアルな流通で売るよりもネットを活用することで低コストでかつスピーディーでニーズ見合ったものが入手できることを競っているが,本来ECはメーカーとダイレクトに結ばれるので,「欲しい商品を欲しがる人々に作る」という物づくりの原点に戻ることができる。
例えば,これまでマンションのような高額商品はリスクも大きいため,冒険しにくかった。メーカーは立地に合わせて手頃な価格と手ごろな間取りを想定し,購入者もだいたい周辺を比較してこんなものかと購入する。しかし,これは両者の妥協の産物であり,先ほどのWin-Winの関係からはほど遠い。しかしもし,「ペットが好きで一緒に共同生活したいと思っているコミュニティ」がいたとして,彼らがネットでコミュニティを構築し,入居を予約したとしたら,メーカーも安心して,彼らのために様々な工夫を凝らすことだろう。ペットと戯れるための中庭を配置したり,壁には脱臭剤を入れたりなど,仮に価格が多少高くなろうと満足度は非常に高いものになると考えられる。もちろん,完全なインターネットを利用して個別対応する仕組みは現在でも多く存在するが,大量生産できなかったり,高価格になるなど双方割に合わない場合が多いが,あるコミュニティなどのまとまりが存在することによって,メーカーもスケールメリットを出せることになり,利用者側も手頃な価格で購入できることになる。左利きの人向けのインターフェイス,日本在住のアラビア語圏人向けカレンダー,工事現場で使うノートパソコンなど,最大公約数にはかからないが,ニーズが確実に存在することが予想される商品はたくさん想定できる。これらがコミュニティとしてネット上で存在した時にこれまでは冒険であった物づくりが,感謝に変わる瞬間がECによって実現されるのではないだろうか。
2000年3月6日月曜日
オークションサイト
(2000年3月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
日本でもオークションサイトが盛り上がってきている。日本で一番大きい楽天市場でも最近はオークションが人気であり発売直後に人気のPlaystation2が出品されたり,結婚まで有効の結構情報サービス会員資格などまでが取引されている。So-netやリクルートなどが支援しているビッダーズでも「大前研一に15分罵倒される券」が7万円で落札され,実際に大前さんにビジネスを相談する様子などがホームページでも公開されている。こうした様子はオークションに参加しなくても見ているだけでも楽しいという意味では「電子商取引」という堅くて無味乾燥なビジネスとは違いエンタティメント性は高い仕組みである。
すでに米国の代表的サイトのeBay(最近は日本版もスタートしている)ではすでに1000万人の人が300万以上のアイテムを取引しあっており,個人から事業者まで入り乱れており,中にはeBayでオークションをするうちに儲けるコツをつかみ,セミプロになっている人も多数出てきているようだ。
元々は1995年に超ペッツ容器コレクターの奥さんと旦那さんが「ペッツのキャンディ容器をインターネットで集めたり、他のコレクターと話せたら、楽しいだろう」という単純な動機でスタートしたらしいが,確かに世の中にはお店でも買えないものは多数存在する。小売りの世界は新製品を中心に,なるべく大量に効率よく売りさばくことで発達してきた,しかし少しでも不良在庫になるものは市場から消えていく運命であり,個人個人の本当の微妙なニーズは半分も満たされていないかもしれない。インターネットのオークションはそうした世の中の細かいニーズとニーズを今まで考えられなかった規模とスピードでマッチングすることを可能にしてきている。
また,オークションはそもそも価格は非常の透明性の高いメカニズムで決まるため,誰かがぼろもうけしているという不信感は存在しない。むしろeBayのように1000万人も集まるとまさに「市場」そのものなので,お店よりもeBayの価格の方が信頼性が高まるということもあるだろう。
また所有の概念も変化するので可処分所得の概念も変わるかもしれない。
中古で取引できるものが増えれば,これまで車や住宅などの高級品が中心だったリサイクルマーケットも広がり「これはeBayでα円で売れるから,高く買ってもいいや」という買い方も増えるだろう。リサイクル社会の推進にはプラスであるが,税金はとりにくい取引が増えることになるかもしれない。
オークションは中古品や,個人間の取引も多いので信用を担保するところも重要になるが,現在のオークションサイトは取引した人が相互に評価しあうという仕組みを導入している。保険を用意しているところもあり,eBayは最高 20,000 円までの保険を用意している。
今後このビジネスが拡大していくと個人のニーズに応じて買い付け代行するパーソナルエージェントサービスやコミュニティを集めて組織的に買い付けに
走る「コミュニティシンジケート」なども多数出てくるでかもしれない。アーティストのお宝などはファン倶楽部がシンジケート組んでビットしたり,貴重な絵画なども一部の金持ちが所有するのを防ぐため,ネットワーク上でコミュニティ組んで落札するということもあるかもしれない。
日本でもオークションサイトが盛り上がってきている。日本で一番大きい楽天市場でも最近はオークションが人気であり発売直後に人気のPlaystation2が出品されたり,結婚まで有効の結構情報サービス会員資格などまでが取引されている。So-netやリクルートなどが支援しているビッダーズでも「大前研一に15分罵倒される券」が7万円で落札され,実際に大前さんにビジネスを相談する様子などがホームページでも公開されている。こうした様子はオークションに参加しなくても見ているだけでも楽しいという意味では「電子商取引」という堅くて無味乾燥なビジネスとは違いエンタティメント性は高い仕組みである。
すでに米国の代表的サイトのeBay(最近は日本版もスタートしている)ではすでに1000万人の人が300万以上のアイテムを取引しあっており,個人から事業者まで入り乱れており,中にはeBayでオークションをするうちに儲けるコツをつかみ,セミプロになっている人も多数出てきているようだ。
元々は1995年に超ペッツ容器コレクターの奥さんと旦那さんが「ペッツのキャンディ容器をインターネットで集めたり、他のコレクターと話せたら、楽しいだろう」という単純な動機でスタートしたらしいが,確かに世の中にはお店でも買えないものは多数存在する。小売りの世界は新製品を中心に,なるべく大量に効率よく売りさばくことで発達してきた,しかし少しでも不良在庫になるものは市場から消えていく運命であり,個人個人の本当の微妙なニーズは半分も満たされていないかもしれない。インターネットのオークションはそうした世の中の細かいニーズとニーズを今まで考えられなかった規模とスピードでマッチングすることを可能にしてきている。
また,オークションはそもそも価格は非常の透明性の高いメカニズムで決まるため,誰かがぼろもうけしているという不信感は存在しない。むしろeBayのように1000万人も集まるとまさに「市場」そのものなので,お店よりもeBayの価格の方が信頼性が高まるということもあるだろう。
また所有の概念も変化するので可処分所得の概念も変わるかもしれない。
中古で取引できるものが増えれば,これまで車や住宅などの高級品が中心だったリサイクルマーケットも広がり「これはeBayでα円で売れるから,高く買ってもいいや」という買い方も増えるだろう。リサイクル社会の推進にはプラスであるが,税金はとりにくい取引が増えることになるかもしれない。
オークションは中古品や,個人間の取引も多いので信用を担保するところも重要になるが,現在のオークションサイトは取引した人が相互に評価しあうという仕組みを導入している。保険を用意しているところもあり,eBayは最高 20,000 円までの保険を用意している。
今後このビジネスが拡大していくと個人のニーズに応じて買い付け代行するパーソナルエージェントサービスやコミュニティを集めて組織的に買い付けに
走る「コミュニティシンジケート」なども多数出てくるでかもしれない。アーティストのお宝などはファン倶楽部がシンジケート組んでビットしたり,貴重な絵画なども一部の金持ちが所有するのを防ぐため,ネットワーク上でコミュニティ組んで落札するということもあるかもしれない。
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