藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2001年8月29日水曜日

可処分コミュニケーション争奪戦

(2001年8月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ブロードバンドはコミュニケーションできる情報量を劇的に増やすことが期待されている、確かに情報価値が高まる効果は存在するとは思うが、その情報が消費されやすいかどうかというのは別問題である。例えばそれぞれ1分ずつ10個のムービーファイルがあったとして、あなたは全部見る気になるだろうか?恐らく大多数の人は自分が興味を持ちそうなファイルを3つぐらい選んで見たくなるはずである。一方10通の電子メールであればとりあえずななめ読みでも全部目を通すことはそれほど苦な作業ではない。確かに情報量や情報価値が高まり、より深い印象を与える情報だとしてもそもそも選択され消費されなければ意味がない。特定のポータルサイトなど各ジャンルで上位1、2のWebサイトに利用が集中してしまう傾向も、大量の情報消費の限界と関係しているのではないだろうか。筆者はデジタルデバイドとは別の視点でコミュニケーション洪水に対する限界感や抵抗感などが「可処分コミュニケーション」と呼べるような概念を形成しているのではないかと仮説を立てている。
 これまでもマーケティングの世界では可処分所得と可処分時間の争奪戦が繰り広げられていたわけであるが。非同期性が高いデジタルコミュニケーションにおいて時間は新規に創出されると期待されているところがある。確かに調査結果からもiモードは女子学生の授業時間とか電車の中とか新しい利用シーンを創造した。(電車の中の時間を奪われた雑誌や文庫本への影響は気になるところだが)しかし、時間が生まれたとしてもそもそもの利用者の可処分コミュニケーションの大きさには一定のものがあるのではないだろうか。例えばiモードはコンテンツ個別課金であるため、5つぐらい有料コンテンツに加入すれば、それ以上の加入は少ない傾向にある。上位5コンテンツに入れなければニーズが多少あっても選択してもらえないという事態も存在している。1500円で好きなコンテンツをいつでもとっかえひっかえできるような仕組みにすればともかく、そうでないと後発のサービスは限られたポジションを奪い取るという作業が発生する。
企業のコミュニケーションでも注意が必要である。CRMの概念は多くの企業をデジタルコミュニケーションでの囲い込みの誘惑を生じさせている。しかし、どんなに顧客だとしても、自分の身の回りの商品100社からメールマガジンが来てもただの迷惑と感じるだけであろう。生活者のコミュニケーションは企業だけではなく、仕事や友人関係、MLなどのコミュニティに占有されているかも知れない。すでに毎日見るホームページが習慣化し固定化されている人に対してスイッチングさせることは、それなりに大変なエネルギーがいることだろう。

 CS放送やBSデジタルもある種の可処分コミュニケーションの問題を抱えている。オンラインゲームも新たらしい可処分コミュニケーションを争奪しようとしている。これから新しいサービスを検討する人にとっては、そのサービスがターゲットの可処分コミュニケーションを奪えるだけの可能性があるのかを考えていく必要があるかも知れない。奪う相手はオールドメディアかも知れないし、デジタルコミュニケーションかも知れない。また一度奪い取ったその座も簡単に奪い返されるものかも知れない。可処分コミュニケーションを守り続けるためにはブランディングなどの強いコミュニケーション欲求を創出し続けることがますます重要になってくると思われる。人も会社もコミュニケーションし続けたい人である必要があるのだろう。ところで官邸メールマガジンは多くの人の可処分コミュニケーションの範囲に入り続けられるでしょうか?

2001年6月30日土曜日

幻想のeCRM

(2001年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 


最近eCRMという言葉をよく耳にする。インターネットを利用してeCRMを実現しようと言われている。確かにEビジネスにおいて「電子商取引」と言う言葉から即連想されそうな,「販売」を中心と考える部分から,ようやくコミュニケーションが重要だという発想が定着してきたのは良いことだと思う。
しかし,ここにも「eCRM」という言葉で多くのハードウェアやソフトウェアプロダクトを売り込もうとするベンダーの方々が熱心にアピールしすぎて,受け止め方を間違える企業が多くなることを筆者は危惧している。
 CRMとは「カスタマーリレーションシップマネジメント」ということで,顧客との関係性をマネジメントすることで,長期的に良い関係を築き,LTV(ライフタイムバリュー:生涯価値と訳される),つまりその人が一生の間にその企業に対して価値を貢献したか(ようするに利益が多い商品をいかにたくさん,何度も購入したか)という見方を重視しましょうという考え方である。もともとデータベースマーケティングという世界では顧客を分析し,優良顧客を抽出するということが重視されており,その人達にDMを送ることなどが行われてきたが,その優良顧客を長期的に囲い込むという考え方になったのがCRMと言えるだろう。実際,初めての顧客を獲得するコストと既存顧客にリピーターになってもらうコストでは,大体の業界で圧倒的に既存顧客をリピーターにする方がコストが安く,手間もかからないという結果がでているし,パレートの法則という2割の優良顧客が8割の利益を稼ぎ,8割の普通顧客が2割の利益や損を産みだしているものがあり,多くの業界で結構その通りだったりする。(航空業界はまさにそうであり,それがマイレージという優良顧客を囲い込む手法を産みだした)。
これまでの世界では企業と顧客との関係はコミュニケーションが難しいだけに,確かに様々な工夫で顧客と関係を持ちたいということは必要だったろうし,それによって顧客の得るメリットも存在していただろう(それでもDMの多さやたまる一方のポイントカードなどは気になるところだったと思う)。しかしコミュニケーションが容易なインターネットの世界で全ての企業がCRMをすることで,顧客には恐ろしい数のe-mailや覚えきれないほどの会員IDとパスワードが氾濫することになってはたまらない。
もちろんユニクロやソニースタイルなど強いブランド力が存在し,顧客側がむしろ関係性を強めたいと共感が生まれているのであれば,eCRMは十分機能し,素晴らしい結果をもたらすことになるだろう。しかし,日本中の企業のほとんどは決して強いブランドではなく,顧客側は必要な時だけ意識したい,もしくは特に意識したくないという企業であるかもしれない。メーカーではなく,小売りのブランドだけを意識すれば十分な関係性の時に,全てのメーカーが個別に直接顧客と関係性を持つべきではないかもしれない。それは顧客の立場にたった時に顧客のニーズや状況に応じて,必要な情報を取捨選択するという購買代理のエージェントが存在していれば,そのエージェントとの関係性さえ強ければ顧客は満足することになる。ある投資信託のファンドに組み込まれている企業が,そのファンドの顧客全員に無理やりIRする必要は無いのと似ているかもしれない。
あるサービスや商品をもっとも効果的に流通,販売させることを考えた時に最適なコミュニケーションの流れを構築することが重要ある。
ブランドを育成していこうとしている企業にとっては,現在の優良顧客を大事にすることと,大量に商品を販売させることとは別に捉えた方がよいことの方が多いだろう。CRMと同時に,コミュニケーションのバリューチェーンを構築することが重要である。

2001年6月26日火曜日

求められているプレーヤー「ニューミドルマン」

(2001年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

e-マーケットプレイスも思ったより利用が少ないという声を耳にする。売り手と買い手が直接コミュニケーションできる市場の登場は多くの企業が従来の枠組みを越えて取引をすることを可能にし、かつコストの削減効果も期待されていたが、現実は既存の商慣習と比較した時にまだまだ大きなメリットを多数の参加者に提示できないでいるサイトが多い。もちろん過渡期であるからという見方も多いが筆者は異なる見方をしている。例えばどんなに証券取引が便利になっても、直接発行する企業と機関投資家がダイレクトに行う取引が中心の状況にはなりにくいだろうし、個人投資家の場合はなおさらである。株式の取引の場合はむしろECN(電子証券取引ネットワーク)などで既存の証券取引所を飛ばして、証券会社同士がネットワーク上で直接の取引を行う動きなどが起きている。
ここで重要なのはマッチングする市場も重要であるが、むしろ取引を活性化するためには企業側の立場で考える証券会社と、投資家の立場で考える証券会社(同一の場合も多いが)が競争し、それぞれの利益のために一生懸命努力しているところにあると思われる。すでに既存の証券取引所は電子市場と比較した時に付加価値を生んでいなければいらない存在になるところまで来ており、再編や上場して体力をつけるなどの動きが活発である。つまり、証券市場においては購買代理と販売代理という立場でエージェントとして付加価値をつけるプレーヤーが存在していることが重要であり、彼らこそが市場を活性化させていると言える。確かに流通分野においては、在庫調整や、為替業務の代行などで付加価値をとっていた事業者の価値が低くなっており、中間業者の排除が叫ばれているところもあるが、情報流を仲介し、付加価値をつけていく事業者はむしろ市場を形成するためには必要であると考える。そのため、e-マーケットプレイスは購買と販売のそれぞれの立場にたった付加価値サービスを強化するか、そうしたサービスを提供する事業者を参加させていくことで活性化が期待される。例えば複数の企業の購買担当者のニーズを集めて要求を出すエージェントと、部品メーカーの稼働状況と生産能力を理解しているエージェントがマッチングと交渉を行うことで、品質のよい部品が低コストで生産されるような状況が生まれる可能性がある。こうしたエージェントは情報の付加価値で手数料などのビジネスを行うことが予想される。

これはコンシューマの市場でも言える。今まで入手できなかった商品を探すことが容易になったり、安く入手できたり、個人でも簡単にオークションを楽しめるようになったというようなECのメリットは確かに存在するが、普通の個人がネットサーフィンをしながら見つけていくのは時間もかかるし、なかなか大変になってきているのも事実である(例えば楽天で自分好みの海洋深層水探すのは結構大変です。)。コレクターやマニアであっても、Yahoo!やビッダーズや楽天などのオークションサイトで常に自分の好みの出物がでているかどうかチェックし続けるのは至難の業である。
 ここでもし、自分を理解し、自分の代わりにマーケットに対して常にアクセスしてくれるプレーヤーがいればそれはとても嬉しい。つまり買いたい人のニーズをよく理解し、購買代理になってくれるプレーヤーである。そういう意味ではkakaku.comなどは価格という情報流における購買代理業と言えるだろう。一方販売代理のニーズもある。商品に自信があっても、ブランドを持っていない企業が自前で店舗を出すよりも、購入してくれる人を探してくれる販売代理を利用できるのであればニーズはあるだろう。
 こうした新しい中間業者「ニューミドルマン」の存在は市場の取引を活発にするだけではなく、スケールメリットを活かしたバイイングパワーを持つことで低コストでの調達が可能になるなど、最終的に消費者が享受できるメリットが多い場合もあるだろう。

 現在成功していると言われるEビジネスの中には強力なブランドを持っている企業が多い。DELL、ユニクロやソニースタイルなどはブランドそのものが顧客のコミュニティを形成し、購買ニーズから販売、製造までが一環して、単独のバリューチェーンの中に存在する。こうした企業にとっては比較されるような市場そのものは必要なく、自社ブランドの価値向上が進めばECは自社単独で取り組める。しかし、そうした強力なブランドを構築できない企業にとっては、適正な市場が必要であり、そこで交換されることが重要である。そのことで多くの企業がインターネット上のWebサイトの宣伝に膨大なコストをかける必要がなくなるなど、自社のコアコンピタンスに注力していくことができると思われる。今後eビジネスのプレーヤーとして求められているのは知識情報に価値を創るこうした新しいニューミドルマン達ではないだろうか。

2001年5月13日日曜日

インフラの次,日本企業競争力の鍵コミュニケーション&ナレッジテクノロジー

(2001年5月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

インターネットがコミュニケーションに大革命を起こしていることは間違い無く,現在のブロードバンド&ユビキタスの流れにより,より一層「いつでもどこでもより広帯域で」という世界に向かっている。しかし,私が電子メールを使うようになってもう13年も経つがメールの使い方はそれほど進歩していない気がする。確かにPHSで外からでもアクセスできるようになったこと。携帯でも使えるようになったこと。メールソフトのフィルタの機能は強化されたので,整理だけはしやすくなったという進化は見られる。しかし一方でこの13年間でメールをやりとりする相手だけは劇的に増加し,日々メールの数も150通近くになっており,日々メールを読み,返事を返すことだけでも大変な状況である。
恐らくこの現象は私に限らず,同じような状況になっている人はとても多いのではないかと思う。特に経営者や管理職などはCc(カーボンコピー)の対象になりやすいので,必ずしも読む必要の無いメールも容赦なくどんどんやってくる。
確かに電子メールがなかったら,今頃どんな風に仕事をしていたのだろうと考えるととても恐ろしいが,端末とスピード以外の知識情報処理という意味でITがコミュニケーションを高度化する技術なのであれば10年間で「フィルタ」程度の進化しかしていないことがとても悲しくなる。
またコミュニケーションという意味でもメールのコミュニケーションルールが定まっていないことによる問題も多数起きている。メールやBBSでは議論が混乱し,感情的になり喧嘩しやすい,揚げ足取りになりやすいなどの問題が指摘されている。またメールだと個人が簡単に質問やクレームを大きい組織などに対して言えるので,企業などではこれまでよりも対応にコストがかかって困るため,メールアドレスは乗せたくないという本音を持っているところもある。電話ならお話中だったり,業務時間が設定できるためコストが読めるが,メールに対し,真摯に全部対応するのはコスト増の点から見ても確かに悩みが深いところである。
 これまでのコンピュータ技術は定型プロセスの処理という意味では劇的な生産性の向上を実現していると思うが,このように知識情報処理とコミュニケーションの高度化を扱う技術という意味ではまだまだ未成熟であり,インフラの整備が見えてきた状況の中で今後早急に取り組むべき次の重要テーマであると思われる。知識情報が社会やビジネスにおいて競争力や価値の源泉になることはもはや誰も疑いの無い状況になってきる現状で,いかに知識情報を集約し,付加価値を高めるか,コミュニケーションを効率化し,生産性と豊かさを向上できるかは,日本社会と日本企業の競争力という意味でもとても重要である。もはや低コストの生産は本格的に中国などに移転が進んでいる状況の中で,製造業が競争力を維持するためにも,かつて工場で行われていた,QC活動など生産性向上への多くの努力は,今や企画,戦略立案,営業,マーケティングなどホワイトカラーと顧客を巻き込んだ現場において「ナレッジ」と「コミュニケーション」を「技術」として取り組む必要がある。すでに企業によってはグループウェアなどを導入し,「ナレッジマネジメント」という形で取り組む企業も増えているが,まだまだ情報のデータベース化にとどまっている部分が多い。現在様々な研究が行われているが,例えばメールをXML対応にしていくことで,現在のアドレス以外に所属と目的についての基本情報を含めさせることが可能になり,それだけでも世界中のメール処理の生産性は劇的に高まると考えられる。また,エージェント技術による一定のルールの元で自動的に売買をしてくれるようなコミュニケーションそのものの自動処理の研究も進んでいる。もちろん我々は日本語という言語処理の問題を含む要素も確かに多いが,24時間という限られた時間の中で,世界中でも高い賃金水準を維持していくためにも,是非とも取り組まなければならない重要なテーマであると考えている。

2001年2月27日火曜日

コンテンツビジネスに求められるコンテクスト価値 〜忘れてはいけない購買を喚起するコンテクストビジネス〜

(2001年2月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)


デジタルコンテンツビジネスの中核として、音楽データの流通に関しては、レコード会社やアーティストを含め、これまでのビジネスモデルとの親和性を維持しつつ、緩やかに移行できるモデルを目指した取り組みが真剣に行われてきた。基本は現在と同じようにデジタルコンテンツとパッケージメディアの価値を同等と考え、価格を設定し、著作権と手数料を徴収するモデルである。しかし、デジタルコンテンツはパッケージメディアにおける価値と明かに異なる価値であることは言うまでも無い。例えばこれまでCDが持っていた3つの価値は、1)「パッケージ」デザインとか飾っておきたい価値と2)「コンテンツ」音楽そのものであり聞くことができる価値と3)「コンテクスト」選曲の価値があった。パッケージの価値は明かに喪失しているし、コンテクストである選曲の価値もそこには存在しない、LP時代から使われているアルバムというのは、言葉通り様々なアレンジや順番含め複数の曲をトータルで構成したひとつの作品であり、一曲一曲のシングル版とは明らかに異なる価値を持つ。現在のデジタルコンテンツビジネスの多くは、著作権をベースとしたコンテンツの価値を重視し、その権利を売買することをビジネスモデルの基本においている。確かにマイクロペイメントなどの少額課金決済技術の進展は、こうしたコンテンツ価値に対して多様な決済方法を提供することにもなり、少額の課金、回数制限方式、定額方式、おひねり方式などの実用化を促している。しかしNapstarの登場は、コンテンツ流通が従来のパッケージの形態とはまったく異なる姿になりうることを発見してくれた。特に膨大なコンテンツ価値が極小化する中でもコンテクスト価値を重視してビジネスを行うことが可能であることを示してくれたと思う。実際に多くのコピー音楽がNapstarを介してダイレクトに個人のPC間を行き来しているが、Napstarの凄いところは膨大な利用者の誰がどの音楽コンテンツを所有しているか?あるジャンルの好きな人同士のコミュニティを集めることなど、膨大なコンテクスト情報そのもの可能性も見せてくれることにある。

例えば、あなたが、1万曲の音楽データを手に入れたとしても、CDと異なり、その中から今日聞く音楽を選ぶことは大変な作業になる。しかし、自分の曲の好みや過去の選曲傾向などから、今日のおすすめの20曲だけを選曲し、インデックスデータを配信してくれるサービスがあったとして、それが有料でもあなたは利用するかもしれない。この場合、あなたにとって重要な価値は20曲のコンテンツ以前に、「自分のために選んでくれた20曲の選曲情報」というコンテクスト価値である。同様に自分と同じ趣味や価値観の人、80年代のAORが大好きな人たちが最近よく聞いている曲などを教えてくれるサービスが存在したらとても便利であろう。膨大なコンテンツが街に溢れ容易に次々と消費される現代においては、コンテンツを商品と見た場合には普通の商品と同様に、自分の生活をより豊かにしてくれるかどうかが、購買意欲を刺激する意味でも重要なファクターになっている。これは相対的にコンテンツ価値からこうしたコンテクストの価値が高まっていることを意味し、デジタルコンテンツのビジネスモデルを議論する時には忘れてはいけない重要な要素であると考えられる。どんなに万能な著作権管理システムと課金システムが完成したとしても、デジタルコンテンツの購買欲望を喚起する仕掛けが用意されていなければ、欲しくなる人が少なく、ビジネスとしてはうまみはなくなる。デジタルコンテンツは音楽業界全体としては新しいビジネスチャンスであることは間違いないと思われるが、従来のパッケージビジネスにおいてもカラオケやラジオのチャート番組などの別のビジネスモデルと連動された複合型モデルで成立していたことを忘れてはいけない。当然こうしたコンテクストビジネスの考え方は音楽データ以外のデジタル書籍や画像データなど様々なデジタルデータに対するビジネスモデルでも十分想定できるようになるのだろう。

2001年2月26日月曜日

砂漠で売る砂

(2001年2月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)


米国ではドットコム企業の倒産が加速しており,失業者の職探しパーティが盛んらしい。ついこの間まで今度はあそこがIPOでいくら儲けたなどと話しをしていた人々が,現在では慰め合いをしている姿の変わりようも激しいが,インターネットが絡んでいるだけで,多くのビジネスモデルに資金が投下され,その多くが会員獲得などのブランド獲得に投じられ,収益をあげることを2の次にした結果,バブルがはじけた後は,結局資金が底をつき,売却,解散というケースが多い。基本的には経営戦略の失敗と片づけられるのかもしれないが,あまりにもこのつまらないパターンで消えていく会社が多いのも悲しいことである。戦術的には面白い会社も多数あったのではないかと考えられ,そうした会社の貴重な資産は是非とも継承していくべきであろう。実際業務停止をした会社の中に「ガーデンドットコム社」がある。ガーデニングの様々な商品をインターネットで販売するという,ごく普通のドットコム系ではあるが,毎日定期的に花の専門家がライブチャットで解説をしてくれるサービスが好評だった。実際このチャットの直後は売上がかなり増加するという実績をあげていた。
インターネットは確かに24時間いつでも好きな商品を比較し,購入することができる。確かに価格も安いものが多いし,便利な人には便利である。しかし,あなたが価格.comでパソコンの価格を調べている時にはすでに,あなたの中にはかなりの「パソコンが欲しい」欲望が目覚めた状態にある。それはあたかも「砂漠の中で水を購入する」ことに近い,水は欲しいものであり,後はいかに少しでも安く,いい水を手に入れるかを考えているわけである。しかし,商売の多くは「砂漠の中で砂を売る」必要がある。つまり欲しいと思っていなくても,必要性に気づいてしまったり,欲望が喚起されてしまうことで,購買するケースも多い。砂漠に溢れている砂でも,その砂が自分のあこがれの人が持っている砂と同じだったら?その砂を作った人の生き方がとてもかっこよくて感動してしまったら?あなたは砂を買ってしまうかもしれない。ガーデンドットコム社のこの手法は専門家が教えてくれることで,自分のガーデニングレベルの向上させようという意欲と,周りに同じように志すライバルがいることにも気づかせてくれるという欲望喚起効果があると推察できる。こうしたライブチャットなどの手法は現在では他の様々なサイトでも応用されており,ただのカタログであるWebサイトにアクセスした人がふと立ち止まって思わず見学していて,自分も気になることを質問してみたら,思わず問題が解決して商品を欲しくなってしまうという効果などをもたらしている。
まだまだ我々はサイバースペースにおける本当の意味で人間の欲望や購買意欲を喚起するノウハウやテクニックを持ち合わせていない。Webの世界は安さを強調する膨大なカタログ情報の海である。しかし,コミュニケーションがデジタル情報になる中で,人間の欲望を喚起する様々なテクニックやノウハウがナレッジとして「コミュニケーションテクノロジー」として開発されていくことで,多くの人々がエレクトロニックコマースで消費を喚起することを実現するのではないだろうか。がまの油売りやバナナのたたき売りなどの古典的手法から巨大流通チェーンが用いている手法まで,人間はこれまで「砂漠で砂を売る」ことを一生懸命考えてきた。時空を越えるこのインタラクティブな販売方法の世界では,その可能性も無限大にあり,大きなビジネスチャンスが眠っていると考えているのは私だけでは無いと思う。

2001年1月16日火曜日

ユビキタスコンピューティングがもたらす無限の利用シーン 〜欲望喚起型サービスも可能になるeビジネス〜

(2001年1月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

マルチメディア狂想曲が吹き荒れていた90年代前半においては,マルチメディアの範囲が広く,夢のように様々なビジネスアイデアが議論されていたものであるが,現実的なインフラとしてのインターネットが登場してからは,まずインターネットで実現できる現実的なビジネスに人々の関心が移っていった。
現在提供されている多くのドットコムビジネスはまさに現実の環境そのものであり,家や会社のPCを利用した限られた利用シーンを前提にしているものばかりである。
例えば,現在のポピュラーな利用シーンとして,人々は会社の机の上でお昼休みに多少周りの人に気を遣いながら株を買っていたり,終業間際の夕方に週末の旅行を予約したりしている。また家庭では通信料金が安くなり,テレホーダイも始まる23時から夜中に一人自分の部屋の机の上でネットサーフィンしたりするような人々がメインである。
Yahoo!が現在成功している大きな要因は,何よりもこの現在の利用シーンにおいて,この「素早く自分の捜したい情報を見つける」という行為がもっともマッチしているからに他ならない。残念ながらこうした利用シーンにおいて一次流行したプッシュサービスはマッチしなかったと言えるだろう。誰も見ていないPCのスクリーンセーバー上で情報がむなしく提供されていたことも覚えている人も多いと思われる。
しかし,今日我々が迎えようとしているユビキタスコンピューティングの時代においては,人々はテレビや携帯やカーナビやMMKやPCなどあらゆる時間と場所から,その時もっとも使いやすい端末でネットワークにアクセスすることが可能になるわけで,これまでの限られた制約から解放されることになる。
実際,現在人気のiモードなどでも上位にくる利用サービスは電車の終電を調べるサービスや乗り換え案内をしてくれるサービスなどであり,これは電車に乗る直前や,帰りの居酒屋でこそ必要になる情報であり,その情報が必要な人にとっては,その瞬間,その場所では例えお金を払ってでも欲しい場合もある。しかし,同じ人が会社を退社する17時に机の上のパソコンでその情報を調べたとしても,その時点では必要性は低く,無料ならいいが有料では利用する気になれないだろう。これは利用シーンが異なると,同じコンテンツでも価値に違いが生じることを意味し,時間や場所などで生活者のニーズは異なり,ビジネスとして成立する場合もあれば,成立しない場合もあるということである。さらに,これまでeビジネスにおいて,PCを想定した場合,我々は一人で会社か家のPCで利用する人を多くの場合想定してきたはずである。この利用シーンにおいて,子供向けのプレゼントのECを考えた場合,きっと親がクリスマスや誕生日に買って上げるサービスを想定するだろう。今の子供が喜ぶおもちゃの紹介や,値頃感をアピールするに違いない。しかし,もし自宅のテレビでオンラインショッピングが普及したらどうなるだろう。あなたがあげようと思う,思わないに関係なく,欲望の固まりである子供達はテレビを見ている。そして,そこで販売される魅力的な商品に思わず声をあげるだろう「パパこれ買って!」しかもそれは限定商品であり,子供の目の前で在庫数を示す表示が減少していけば,さらに子供は叫ぶだろう「パパ早くしないとなくなっちゃうよ!」つまり,ECショップは子供達の欲望をあおることで,ビジネスチャンスを拡大することができるのである。同様にあなたの奥様や彼女が見ていることを想定した,宝石や旅行など欲望を喚起するサービスも出てくることは間違いない。これまでのECではニーズを持つ人と意志決定者はあくまで利用者本人であるために「One-To-One」がもてはやされている。しかし,世の中には欲望だけたくさん持っている人がたくさん存在し,その人達にプロモーションすることでニーズを喚起し,お金を持っている人に決定させるマーケティングもたくさん存在する。我々はこれまでPCモデルにおける非常に狭い範囲の利用シーンの中でドットコムビジネスを語ってきているが,これから我々が手に入れる環境ではまだまだ無限の利用シーンが待っている。これまではとてもビジネスにならなかったことが,場所と時間と重要度など利用シーンが変わるだけで大きなビジネスに繋がる可能性がでてきているのだ。そしてユビキタスコンピューティングがいち早く進むことが期待される日本市場においてこそ,こうしたきめ細かな利用シーンに対応した新しいe-ビジネスが多数登場してくることが期待できるのではないだろうか。