(2004年1月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
○工業製品のしもべとなった知識
昨年ネット業界で大きく話題になったブログだが,日本でも大手のISPが次々とサービスを開始し始めており,今年も多くのブロガーがデビューすることになるだろう。こうしたブログ上にのる知識の量は膨大なものがある。基本的には個人HPと同じで玉石混淆の情報の集まりではあるが,HPの垣根が低くなり,高速常時接続でストレスが減ったことで,文章での発信能力のある人であれば誰でも情報発信ができるようになったことは大きい。Googleなどの検索エンジンでも最近はブログの情報が上位にあがるようになってきている。このように世の中の様々な知識情報がデジタル情報になってきている中で,これらを価値化し,ビジネスに繋げていくことは皆が考えていることであるが,現在のブログはまだ試行錯誤であり,現段階では明確な「ビジネスモデル」は見えていない。ISPが提供している場合は自社の顧客向けサービスとして顧客であれば無料で利用できるものが大半である。
確かに知識をビジネスにするのは難しい。筆者も10年以上シンクタンク,コンサルティング業界に身を置いているが,シンクタンクのように社会への政策提言などは誰もが重要性を認めてくれるような知識だとしてもスポンサーがいなければなかなかビジネスとしてはやっていけない。コンサルティング業界も最後に費用を決める時は「知識」の価値ではなく,人月計算を行い「労働時間」で行うことがほとんどである。つまり頭脳労働のふりをしていても,実態は時間給で働いている労働集約産業と同じ構造である。これはシステム開発のSEの仕事でも顕著な傾向であるし,知識ビジネスの頂点と思われている弁護士ですら費用算定の基準は時間になっている。ソフトウェアや知財ビジネスも現在の産業分類では第三次産業と呼ばれるサービス業であり,労働時間をサービスする産業という範疇を越えていない。これまで知識の流通でビジネスするという意味では成功している代表的な方法論が「パッケージ化」という手法であった。書籍,CD,ソフトウェアなどは物理的な媒体に知識を刷り込み販売することで,工業製品に価値を転嫁し,第三次産業を第二次産業化するという方法をとった。そのため,大量生産と大量流通によるビジネスモデルが確立でき,そのおかげで知識情報だけで財をなす人が出てきたのも事実である。しかし,このモデルの欠陥は工業製品となってしまったが故に,本当に役立つ一言でも,無駄な1000ページでも価格が同じなど知識価値の差は出しにくくなってしまった。また在庫が存在するため,回転率よく売れる知識(商品)が何よりも優先される。もちろん中にはマイクロソフト社のように驚異の利益率で知識を販売する手法を確立する会社も出てきてはいる。
○知識を価値ビジネスとして流通させる「はてな」
インターネットの普及が見えてきた頃から,従来の工業製品のしもべにならずに知識を流通させることができるモデルの可能性を多くの人が夢見てきた。しかし高速常時接続環境は先に音楽や映像などの著作物を勝手にP2P型で流通させるという先鋭的な形を一気に顕在化させた。デジタル化された著作物の新しい流通モデルは既存のモデルとの整合性に苦闘しながら挑戦が続いている。現在はアップルのiTunesの成功による少額でのダウンロードモデルに注目が集まっているが,まだまだ様々な取り組みが行われるだろう。しかし筆者がもう一方で注目しているのは個人個人の知識を価値として貨幣経済とリンクさせる流通モデルである。例えばカナダの「blogging network」というブログでは一律徴収価値分配モデルを実践している。このブログでは全員の利用者から毎月6ドル近くを徴収しているが,その半分の3ドルはその人が見ていた他のブロガーに読んだ量に応じて分配されることになる。このモデルでは価値のあるブロガーの人により多く収入がもたらされる仕組みになっている。(この情報も有名ブログDashiblogからの引用)。
日本で注目されるのは「はてな」という質問サイトである。質問サイトはこれまでも代表的なものに「OKWeb」があったが,こちらはポイント制で質問に答えてポイントを貯めると景品に変えられるなどのインセンティブの仕組みであったのに対して,はてなはそのままポイントを現金に換えることができる。はてなのポイントの仕組みは質問者がポイントを購入し,質問し,回答者の回答に応じて,質問者が手持ちのポイントを役に立った回答に振り分けるという仕組みになっている。つまり価値の大きさに応じて支払う価値を変えることもできる。中には質問しっぱなしやキャンセルの人もいるわけだが,それを防ぐために回答者は回答時に質問者が過去にどのくらい質問料を支払ったのかという評価を見ることができ,イタズラなどを防ぐ仕組みも装備している。またはてなはビジネス向けの会員もあり,月額の定額料を支払うといくつでも質問できるビジネスマン向けのサービスもある。
はてなは当初は「人力検索エンジン」ということで,質問に関連するHPのアドレスを探すというコンセプトが強かった。より的確なHPを人間の力に頼ろうという考え方である。しかし,利用が増えた現在では,回答に出てくるURLはダミーで,答えそのものを書く人が増えているようである。このようにはてなは確実に利用者を増やし,ビジネス的にも成功していると言える状況になってきているようであるが,はてなには「はてなダイヤリー」という無料のブログも提供(オプションは有料)しており,これが利用者を増やす相乗効果を作っている。このダイヤリーの中ではキーワードは他人と共有できるようになっており,わからない言葉や知りたいことなどが他人の日記を読んでいるだけでも簡単に調べられるようになっている。筆者としてはいずれはてな本体とこのダイヤリーの有機的な統合でさらに貨幣経済とリンクした形で知識流通が広がることを期待したいところである。
○インフォメーションアセット
このはてなのような挑戦がベースとなり,ビジネスモデルが生まれはじめるとブログなどに広がった無数の知識情報はレゴのブロックのような存在になる。一つ一つは役に立たないように見えても,それらを価値のある形に組み立てたり,交換したりすることである一定の価値を持つ形式知を構成することが可能になる。つまり部品のような存在であると言えるだろう。検索エンジンはインターネット上の情報を検索するという価値だけで今でもビジネスにしているが,Googleなどが目指す究極の姿はより,自分に価値のある情報を探して,組み立てることができる仕組みなのではないだろか。このように価値を組み立てるような「バリューパッケジャー」と呼ばれる中間サービス事業者は今後増えることになるだろう。現に資本主義においてはこのように,お金や有価証券に価値を付けるビジネスとして銀行や証券会社などの金融業が重要な役割を担っている。今後,知識が価値を持つ知識社会が来るのであれば,お金に変換するのではなく,知識だけでもどんどん流通するようになる中で,金融業のように知識仲介事業者は現在の銀行のような役割を果たすのではないだろうか。例えばこれまで情報は消費されるだけのようなものであったのが,自分がたくさんの価値のある情報を積極的に生み出して,預けておくと,それが社会の付加価値になり,利子となって自分の財産に変わることもあるのではないだろうか。それは資本主義経済において銀行がお金を集めて,融資して,社会価値を作って利子を返す仕組みが,知識社会においても知識を集めて,役立てて利子を返すということと同じ役割のプレーヤーが登場することだと考えられる。そしてそのメカニズムを多くの人が理解すれば積極的に自分の知識や情報を他人に預けたり,委ねることで社会的価値を作ることに貢献したいと考える人も増えるだろう。つまり現在のブログが情報資産を預ける銀行業のような存在になる日も来るかも知れないし,我々は自分の情報を資産「インフォメーションアセット」として意識できるようになるかも知れない。これまでも情報流通の場として掲示板やMLが存在したが,それらは自分の発言も公共性の高い場での発言のひとつでしかなくなるのに対し,ブログ型の場合は自分の家の中での発言であり,発言内容は自分の責任と所有意識はとても高くなり「資産」という意識も持ちやすい。
○2つの壁を越えて
こうした知識社会への過程における大きな壁は2つある。ひとつは著作権制度である。知識情報においてオリジナリティという考え方は難しい。著作権制度が大きく揺らいでいる現在まだ答えがない状況である。人間が自分ひとりで全て考えた情報など無いに等しい。全てはこれまで学んだり,取得した知識の再加工品である。もちろん私のこのレポートもそうである。ひとつひとつの情報が権利で守られていてはうまく機能しないし,人から聞いた情報でも的確なタイミングで発信した人に価値は存在するだろう。これらは現在クリエイティブコモンズという考え方を唱えているグループが存在するが,別途考えていく必要はある。
もう一つは課金への心理的抵抗感の消失だろう。お金を払うだけの価値を感じ,理解したとしても,最後の最後の面倒くさい感覚があってはお金は払われない。電車待ちのちょっとした瞬間に,キオスクでそれほど欲しくない雑誌を買ってすぐに捨てたとしても,机の上のPCには100円も面倒で高いものに感じてしまう。通信インフラが最後の1マイルを引くのが大変なのと同様に課金心理のラストワンマイルは大きな大きな壁である。期待されるのはスイカやエディのような非接触型ICカードによる電子マネーの普及である。PC上でのマイクロペイメントの支払いがICカードで支払うことが可能になれば,ちょっとした知識の取得にもお金が払われるようになるだろう。このあたりについては別途の回のテーマとして取り上げたい。
社会構造そのものが大きく変化している中で,知識創造型社会になると言われているが,それは本当に実現するためにはその根元である知識流通を資本流通と組み合わせる挑戦を続ける必要がある。パッケージという第二次産業の工業製品のしもべになった知識を,真の第四次産業になる知識流通として解放するための道具としてのインターネットは普及もすすみ,すでに我々の足下で準備OKで待っている。
2004年1月19日月曜日
2004年1月5日月曜日
次の10年のための実験仮想都市サイバースペース特区を
(2004年1月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)
○ たちすくむインターネットカルチャー
2003年はMosaic誕生10年であったが,2004年はネットスケープ誕生10年である。ほぼ研究者や学生だけが利用していたMosaicから,商用利用を前提にしたブラウザやサーバーを開発するネットスケープ社が誕生してはや10年。インターネットは学術利用の世界から一般社会へ開放され,完全に現実社会にロックインされた。常時接続ユーザーも1000万人を越える状況になり,特別扱いは許されない状況となっている。そのためインターネットで起こる事象は現実社会に影響を与え,自己責任という一言では片づけられなくなっている。トラブルから実態としての被害を被る人も増え,関連する法整備もここ数年で急速に進んだ。昨年年頭のコラムで述べた通りまさにインターネットはシビルミニマムな道具であり,ユニバーサルなサービスを求められるようになってきている。米国でもインターネットの商取引に認められてきた免税がいよいよ無くなり,課税対象となる方向である。
だが現実社会との妥協点を見いだす中でインターネットが持つ多くの新しい社会システムとしての可能性が立ちすくみ始めているのも事実である。ユニバーサルなサービスを求められ,現状の著作権制度,個人情報保護法,他の各種業法を守りながら,多くの利害の異なる人々とのコンセンサスを得ながら進めるためには膨大なコストと時間がかかるようになっているのも事実である。それは現在の日本の公道でセグウェイや運転手のいない全自動運転車が走れないのと同様であり,公道は実験を行う場所としてはふさわしくない。現在のインターネットは完全に公道となっており,参加する人には自動車免許を持つぐらいの細心の注意が求められ,未来の可能性より,現実に事故を起こさないことが何よりも優先されるようになった。
○ 社会実験のための新しいインターネット網を!
しかし,一方でインターネットがもたらすコミュニケーション革命はまだスタートしたばかりである。インターネットの持つ力を前提に組み立てた社会システムはまだまだ無限の可能性を持っている。それを実証していく課程で現実社会との折り合いが必要なのであれば,既得権益と切り離された大いなる社会実験のためのサイバースペースを新たに構築するしかない。そのためには筆者は新しいもうひとつのインターネット網を整備することを提唱したい。これまでもIPV6やギガビット級の高速インターネットを実験するためのクローズな実験インターネット網は存在していたが,どれも技術的な評価実験を主な目的にされている。現在のインターネット網の原型が学術ネットワークだった時代にはもちろん技術的な実験も行われたが,商用で利用しないという前提はあったもののあらゆる社会活動の試みが行われた。もちろんその中には現在では明らかに違法と思われるようなものまで存在していた。しかし様々なチェックや調整なしに純粋に可能性を追求する場としてのインターネットももう一度必要ではないだろうか。当時JUNETと呼ばれたニュースグループではインターネットで新しいプログラムが生み出される度に,可能性や問題点が熱く議論されていた。そこで筆者は以下のようなインターネット網をサイバースペース特区の形で構築し,市民も都市規模で存在する知識流通をベースとするまさに仮想の「都市」を構築し,社会実験とすることを提案したい。
・プロトコル IPV6(現状のインターネット網とは分離)
・ 参加人員 50万から100万人(制令指定都市の人口レベル)
・ 参加属性 研究者,ハッカー,学生(SFCの学生などは是非全員参加して欲しい),起業家,アーティスト,NPOなど
・ 登録免許制 参加する人は所属や所在を明かにし,一定のプライバシーを開放する
・ 法制度 現状の法制度は原則非適用,自己責任をベースとする新しいネットワーク社会にふさわしい制度を自主的に制定(制定ルールも新たにネットワーク上で決定する),ただし現実社会に著しく大きな影響を与える行為は禁止する仕組みを整備
・ 貨幣制度 現状の貨幣との交換性の無いエコマネーのような独自電子マネーを流通させる。
・ コスト負担 公的資金,参加者からの税金,企業の研究開発費
このサイバースペース上ではデジタルコンテンツの流通も原則ゼロベースからあるべき姿を模索したい。まさにP2Pソフトウェアは積極的に実験され,どんどんアイデアを出し合いながら開発されることが期待される。規模を制限することで,現在商業ベースで利用されているコンテンツの利用も原則全て可能にしたい(利害関係者に一定の補填をしてもよいだろう)。現在の特許の利用についても一定の期間に関してはこのスペース上では保有者に権利の行使を行わせないなどの措置が望ましい。このような土壌ではエキサイティングなプログラムと社会システムが次々と生まれることだろう。何しろプログラマーにとっては思いついたアイデアを思う存分実現するフィールドが存在するのであるから。ウイルスも実名で次々と作って欲しいものである。サイバースペースの社会システムの危険性もあわせて実験されるべきである。
ネットスケープから10年。現在の社会への普及ステージは終わりつつあるかも知れない。今の社会の利便性の向上や効率化には十分寄与しているだろう。次の10年はいよいよ知識社会へ向けたイノベーションのための挑戦を行うステージである。
2003年11月10日月曜日
IT時代のプライシング戦略 -価格のオープンソース化に備えろ!-
(2003年11月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
デフレ時代に突入しても久しい。「価格破壊」という言葉はもはや当たり前のように使われており,280円の牛丼や100円ショップに言ってもちょっとやそっとで驚くことも少なくなった。しかし,慣れてしまった生活者に対し,一度激安価格の麻薬を使ってしまった企業は元には戻れない。急に付加価値を付けて高くするという戦術に切り替えてもマクドナルドのようにうまくは行かない。急にブランディングが大事だと叫んでもブランドはすぐに作れるものでもない。付加価値のある画期的な商品を開発しろと言ってもそんな簡単にできれば苦労しない。大多数の企業は絶え間ないコスト競争の中で疲弊感も感じ,逆戻りすることのないグローバリゼーションに恨み節を歌っている状況である。しかしITがもたらしているコミュニケーション革命はこの「プライシング」というデフレ時代の魔物に挑戦する戦略ツールとしての新しい可能性を与えようとしている。今回はIT時代のプライシング戦略について述べてみたい。
○訳あって安い
賢い生活者という言葉はよく使われる。確かに安いだけでは生活者もなびかない。安くて良い物を選ぶ選択眼を持っていると言われる。情報は洪水のごとく飛び交い,商品にまつわる情報は溢れている。かつて価格という強力な商品情報は情報が少ない時代においては選択時の重要な情報であった。「高いからいいものなのだろう」「安いからどこか問題があるに違いない」など,よく知らない商品を買うときは今でも少なからず価格は類推する上で重要なキーメッセージになっている。そして情報化時代になりさらに付随する情報によって,価格はより深く理解されるものになってきている。例えばユニクロでは「中国で大量に生産しているから安いのよね」という理解がされており,安さの理由を多くの顧客は理解している。スーパーの安売りにおいても大抵の主婦は「これは赤字覚悟で売って,他の商品買わせようとしているのよね」とわかりつつ,特売の一人2本までしか買うことにできない牛乳を2本だけ,しかも一緒に連れてきた子供にももう2本買わせるときには少し後ろめたさを感じている(はず?)。さらに賢い生活者はディスカウントショップの目玉商品にも「どこかで最近潰れた会社の在庫を現金で叩き買ってきたんだな」などと深読みする人もいるだろう(さすがに少ないだろうが)。このような状況で共通しているのは「安い理由を理解した」上での購買行動であるということである。逆に理解不能な価格の場合は「大丈夫なんだろうか?」「どうしてこんな価格が?」と不安感や不信感を生み出すことになる。そういう意味ではデフレ時代の価格破壊で成功した多くの企業は「こんなに安くできるビジネスの仕組みを作れた優れた企業」という情報を生活者に伝達できていたことになる。もちろん,マーケティングの基本である4Pの他の要素の本質的なプロダクトやサービス,販売チャネル,プロモーションに問題が生じればこの優位性はすぐに消失することも事実ではある。しかし,価格という記号がより膨大な情報量を秘めていることも事実であり,IT時代においては企業と顧客との間のコミュニケーションがダイレクトに容易になった状況においては,より価格を納得させる,もしくは生産者のカリスマ性など,価格差はあまり重要な要素でなくしてしまうような情報を伝えることが可能になってきている。例えば最近注目されているトレーサビリティはその商品の生い立ちから,今自分の手の中に来るまでにどのような旅をしたのかを顧客が知ることができるようになった。とても自然を愛する脱サラした農家が苦労して築いた畑で,有機肥料で,1年の月日をかけて栽培され,直接スーパーのトラックで8時間前に運ばれ,近くの工場でパックに詰められ,1時間前にこの商品棚に並んだ。ということが知ることができる。RFID(電子タグ)が普及すれば,自分の携帯電話で目の前のワインがどんな歴史を持っていて,日本のソムリエ達がどんな評価を下しているのかまで知ることも可能になる。そして何故か半額であり,その理由が温度管理を誤って,30度を一日だけ体験してしまっていることなどを知ることもできるだろう。
価格自体が重要な記号であり,類推の手がかりだった時代は終わりをつげている。価格とその意味まで知ることができ,そして恐らくその先には「利益を得ている理由」つまり適正な利益であることを伝えることが,重要な戦略になるだろう。情報公開の究極の姿はいくらで仕入れ,従業員達にいくら払い,在庫リスクがどのくらいあり,株主にも満足のいく配当をした上でのこの価格であることを伝えることができるかである。それは納得感という顧客満足の基本を満たすことを可能にする。これまで随所に見られた「少しでも高く売りつけようとしているのではないか?」「こんな価格じゃ赤字だよ。。。」という売り手と買い手の永遠のすれ違いも解消されるのだろうか。
○ ユビキタスの中で変化する価格
大多数の顧客が納得いかないものにバーゲンセールがある。ついこの間買った商品がバーゲンで半額で売っている。。。この事実を知ってしまった場合多くの顧客は衝撃のあまり言葉を失う。前述のようにその絡繰りを知ることで多少の気休めにはなるが,そうならないようにそもそも仕組みを作ってくれればよいという思いになる。航空業界はその先輩格である。同じ場所に行くのに,座席の広さと料理だけでとんでもない価格差の商品を作り出したり,予定変更ができるから高い,直前に空いていた場合だけ乗れるけど安いなど,隣の人は実は自分の半額の料金でのっている可能性があるばらばらの価格であるが,それでも納得のいく仕組みを作り出している。つまり需要と供給のバランスを適正化し,稼働率を少しでも高めることが大事であることを顧客にも理解させている。そしてITはこの飛行機の世界を様々な分野に広げることを可能にしている。今や急な出張の時には旅の窓口を利用しているビジネスマンも多いと思うが,直前の空いた部屋をホテル側が大放出することで定価で買う必要性はかなり減った。インターネットはリアルタイムでの情報の交換を可能にしたことで,稼働率を高めることを可能にしている。そして,さらに時間と場所の制約を取り払い,ユビキタスにいつでもどこでもコミュニケーションが可能になった状況では,がらがらの映画館が周辺5Km以内を歩いている人に半額にするから来てねという呼び込みを携帯の画面で行ったり,暇なロードサイドレストランが自分の店に近づいている30分以内に到着しそうな車のITSにデザートサービスを伝えたりすることができるようになろうとしている。つまり価格は顧客の受け取る価値と提供する企業側のコスト状況によってダイナミックに変わるべきものである。しかし多くの企業はそれにかかる膨大なコスト(夕方のスーパーの売れ残った総菜の頻繁な値札の張替には脱帽するが)と顧客の混乱を避けるために価格変動はなるべく少なくすることを常識だと思っていたわけであり,行政も価格を許認可でしばることで消費者保護であるとしてきた分野が多数ある。しかしユビキタスに情報伝達する手段を買い手と売り手が手に入れた世界では価格は価値の変化に応じて瞬間に変化することを許すことになり,顧客に新しい価値を提供することを可能にする。もちろん定価という目安は残るだろうが,ダイナミックな変化に対応できる価格戦略は重要な要素になることが間違いないだろう。
○価格を決めるのはあなたです
例えばあなたが絵を買う状況にあったとする。すでに亡くなっており,絵が売れないと生活に困る人もいない無名な画家が書いた一枚の絵画(保管コストもかかっていない)を見て,欲しいと思った時にあなたは製造コストも流通コストも考えることなく純粋に自分がそれをいくらで欲しいと思うか,自分にとっての価値で価格を決めることだろう。つまり値段はその人が買いたい価格そのものだと言えるだろう。この「一物多価」はひとつの真実であるだろう。つまり価格というものはその人の感じる価値によって決まるのがもっとも自然な姿である。しかし,工業化社会は商品の原価をベースに一律の価格を広め,価格の主導権は製造側の企業側にあることを普通にした。音楽は絵画と同じように聞く人によって感じる価値は異なるはずなのに,何故かどんな音楽もパッケージの工業製品になってしまったが故に同じような価格を与えられてしまった不幸な財となった。また経済学の基本にあるように市場の需要と供給によっても価格は決まっていくはずであるが,不透明な業界ではとてもそうとは思えない状況も多々存在する。しかしどんなにメーカーが定価を守ろうとしても,真実のニーズが情報として市場をオープンに一瞬にかけめぐるようになることで価格は人々の価値とニーズを反映するものに近づく。例えば近年で言えば中古車取引もITによって,透明性が高まり,実際のニーズが見えやすくなった業界のひとつだろう。カカクコムのように,価格情報というものを広くオープンに流通させることにより,透明性を助けることをビジネスとするサービスも登場してきている。
またさらに,C2Cのインターネットオークションように生活者と生活者が直接取引できるような市場がITによって生み出されたことによって,価格の決定権は再び生活者が取り戻すことができるようになってきたと言えるだろう。Yahooオークションで今日現在取引されている価格が現在,生活者達の真実の価値であり,事実である。新品より高い値段を付けているものも多数あるが,それはそれだけの価値があるものであり,従来は行き場もなく価格を維持するためにひそかに処分されていたような商品も便利なインターネットオークション上には多数流入してきて,大量に在庫処分されていたりするが,それはあり得ない定価だったことがよくわかる。
インターネット上ではさらに共同購買と言う,みんな集まって安くしようというような買い方も普通になってきている。これは提供者側のメリットも理解した上で,自分たちが価格を決める行為に参加することができているひとつのユニークなモデルである。一物多価であることを再認識し,オークションや共同購買のように価格を決める行為に関与することは「価格を決めたのは自分である」といことを認識でき,納得感の高い購買につながるだろう。
○ 価格のオープンソース化
このように,ITは企業のプライシングに大きなインパクトを与えることになる。まとめると
・コスト構造など価格に関する情報公開が容易になる
・究極の単品管理によりプロダクト自身が自分の情報を持ち,自らの価値を語り始める
・ユビキタス化の中で顧客の状況,企業側の事情がコミュニケーションされ,価格はダイナミックに変化するものになる
・リアルタイムで価格を決めことができる
・デジタル財は工業製品から開放され完全な一物多価になる
・オープンな取引市場があらゆる分野で拡大する
・価格形成の仕組みに顧客が直接参加できるようになる
などにより,価格という情報の中身を誰もが知ることができ,誰も支配不能で,自らが参加可能になるというある意味「オープンソース」化される世界が訪れることになる。
もちろん従来のミクロ経済の理論としての美しい完全な競争市場になるわけではなく,不完全な競争市場で有り続けることも事実であろう。しかし情報の非対称性により需要と在庫管理のコントロールが不可能だった領域や価格弾力性のとても高い商品などは価格をオープンソース化することで事業環境やビジネスモデルに劇的なインパクトを与えることが可能になるだろう。逆に言えば価格硬直が進みすぎている業界ほど,影響は大きいと予想され,そこには大きな金塊が眠っているのかもしれない。価格を支配しようとする価格戦略は終わりの時を告げる。自らの商品やサービスに対する本質的価値に自信を持ち,プライシングは生活者とのコミュニケーションの中に委ねるという価値観への転換が必要になるだろう。
2003年10月30日木曜日
第二次ITバブルにしないための3つの視点
(2003年10月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)
ここのところの株価の回復,ヤフーの一部上場などの中で再びIT・ネット系の企業の株価が高値をつけている。新規上場時の株価も高値がついており,ITバブルの再来かという声もではじめている。もちろん景気の回復と2000年頃のバブル破裂からの復活としてはとてもよいことであるが,再びITバブルの過ちを犯さないためにも,ITがもたらしている大きな産業構造全体の変化の中での市場参加者の学習効果と意識改革,制度の拡充が重要である。
○ ルールが未整備であることの再認識
ジャスダックから一部上場に鞍替えし,すでにエスタブリッシュな会社になりつつあるヤフーでさえ,そのビジネスモデルの変化は激しい。広告モデル中心からオークション手数料,BBの販売手数料などへの収益の配分変化は急激に進んでおり,今後の成長シナリオを正確に見通せるアナリストもいないだろうし,一般投資家においてはさらに難しい話である。楽天のビジネスモデルも従来の加盟店の出店料から従量制モデル中心になり,さらには買収した事業を統合したモデルへの変化が始まっている。同じ株式市場に参加していたとしても鉄鋼業界や外食産業のように,理解しやすいビジネスルールの下に機能している企業と同列に考える段階には無い。むしろ収益モデルであるビジネスモデルは変化し続け,その前提のメカニズムである市場のビジネスルールでさえ,定まっていない。だからこそ大化けの可能性に過剰な期待が集まるという側面もあるが,ネット系のビジネスにおいて上場しているからすでに安定・安心は存在しないことを投資家は再認識する必要がある。まだまだ部分最適での収益が多く,本質的な産業構造の全体最適化で生み出される果実による収益はこれからである。アナリストもいたずらに短期の収益期待をあおり,部分最適に邁進させるだけでなく,本質的な全体最適を業界全体に促すような提言を行うことを期待したい。
○ 投資家と経営陣のコミュニケーションの必要性
近年はIRに対する認識の高まりでWebなどを活用した情報公開は非常に積極的に行われている。しかし,投資家側からのコミュニケーションチャネルは非常に少なく,一部の掲示板などでの望ましく無い発言などが目立つ状況でもある。しかし,投資家がどのようなスタンスで株を保有しているのかは経営者も知りたいはずである。「長期の成長」「短期の高配当」「ポートフォリオの一部で個別企業のビジョンに興味なし」「いわゆるディトレーダー」などがどんな割合なのか,それお共有できるだけで状況は大きく変わるだろう。マーケティングの世界では自社商品の利用目的や満足度などを把握することは当たり前であるが,株式の世界ではまだまだ立ち後れている。むしろ知らない方がよいという雰囲気すらある。そもそも自分が買おうとしている企業の株を保有している他の人たちがどんな意識で持っているのかという情報は,投資の際の重要な判断基準にもなるだろう。短期の高株価を期待していたところ,大多数が企業のビジョンや考え方に共感して投資をしているようないわゆるサポーターの長期保有者であることがわかれば,うかつにそういう買い方はしないだろう。また経営陣の戦略立案においても重要である。今や株主総会で何時間も質問を受け付けることで「我が社はシャンシャン総会ではない!」などと開かれた企業であるかのような発言を行うことは大いなる錯覚である。ITによるコミュニケーション革命の時代を牽引する企業達が率先して古い慣習を破壊するべきである。
○ 非公開企業への資金提供手段の拡充
ベンチャー企業がIPOの道を選ぶ最大の理由は資金調達であることは明かである。信用や人材の確保など付随的なメリットは大きいが,適切なタイミングで資金を入手するために,まずはIPOのシナリオを書く経営者も多い。しかし,IPOすることは一方で持続的な高成長を求められるために,無理な戦略シナリオを書かざるをえない状況もある。心のどこかで「目論見書の通りになるわけは無いが,IPOしてから考えるか」という気持ちがある経営者も少ないないだろう。ある意味では投資家に対しても無責任であるし,不幸な状況である。無理な公開・上場企業を増やさないためにも未公開企業の資金調達の多様化の道を作ることが一方で重要である。グリーンシートや私募債,エンジェルファンドなどIPO以外に資金調達の方法論が広がるのであれば,IPOに適した企業が市場に登場することで,市場の信頼を失うような企業の登場を減らすことができる。そのためにも税制改正など非公開企業にも焦点をあてた制度の整備も一段と進めることを忘れてはいけない。
2003年9月7日日曜日
企業内ブログのすすめ
(2003年9月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)
ブログが流行している。簡単に捉えるとWeb上で簡単に個人が情報発信をする仕組みであるが,面倒なHP作成の必要がない,携帯と相性がよいなどなどの理由で急速に広がりを見せている。その捉え方は実に様々であり「マイクロジャーナリズム」「日本人の日記文化の進化系」「インターネットのコンテンツの主役交代」など様々な意見がでている。すでにベンチャー企業なども登場しており,新しいムーブメントとして盛り上がりを見せているが,ビジネスモデルが見えていないなど,ビジネスとしての広がりに対してはまだ疑問を持つ人も多い。オープンなインターネット上のブログについては筆者もカメラ付き携帯などユビキタスなデバイスがますます広がりを見せている中でモブログ(モバイルのブログ)など,C2C型のモデルとして,面白い世界になることを期待しているが,もう一つの別の捉え方としては特定コミュニティ内のクローズなブログの世界があると考えている。中でも筆者が着目しているのは企業内のナレッジマネジメントへの影響についてである。これまでナレッジマネジメントは暗黙知を可能な限り形式知し,それをITにより効率的に蓄積,管理していくという世界で進んできた。一般的には優秀な営業マンのノウハウを共有化することや,顧客の声をビジネスに反映することレベルで終わっていることが多いが,企業そのものの製造力や販売力などの力の根元が,知識資本にあるという発想に立つようになってから,ビジネス現場における価値のある知識がどのように生まれ,流通し,共有され,新しい知識になり,企業文化に昇華され,製品・サービスに影響を与えるのかを重視し,こうした知識ベースで組織を組み立て,ビジネスプロセスを見直すことも始まっている。こうした状況の中では,各種の報告書,レポート,会議,顧客への企画提案というある程度形式知化された知識情報だけでなく,これらのベースになりこれまでそぎ落とされてきた,従来の暗黙知よりは流通可能なレゴのブロックのような知識情報を活用できるかどうかが重要な企業戦略になっていると考える。
もちろんこれまでも企業はメーリングリストやBBSを多数活用してきているが,従来のそのようなツールは「会議」というメタファが多く,ある意味ネットワーク上の公の場所という位置づけであった。そのため運用ルールが存在するが,誤解からの喧嘩が多発したり,特定の個人のキャラクターに流れが左右されるなども問題も多く,荒れたり,発言が続かなかったりすることも多発していた。その点ブログはあくまで個人の情報発信ツールであり,個人の感じたこと,興味をもったことを気軽に発信することができる。また最近はトラックバック機能などが充実しているツールがあり,他人の感想や情報のリンクが可能であり,情報同士をつなげ合い,新しい「気づき」を生み出すことも可能となる。実際我々がビジネスのアイデアを思いつくのは,街を歩いて,観察したある人の行動だったり,お客さんと世間話をしていて出てきた言葉だったり,電車の女子高生の会話だったり,本を読んでいた時だったりそんな瞬間である。毎日の何気ない出来事や思いつきを他人と共有可能な形にできるツールとしてのブログは企業での活用というステージに登場することで,ナレッジマネジメントの世界に新しいブレークスルーを生み出すことにつながるのではないだろうか。
2003年9月3日水曜日
社会の新しいアーキテクチャ「C2C」
(2003年9月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
○ 巨大化するC2Cモデル
インターネットがビジネスで電話やFAXに変わるコミュニケーション手段であることはもはや誰も疑う余地はなく,今日においてはインターネット通販で物がたくさん売れたとしても,それ自体新聞で記事として取り上げられることもなく,当たり前の日常活動になっている。我々がこれまで行ってきた様々なコミュニケーションが自然な形でサイバースペース上に展開されており,かつてのリアルとサイバーを区分けする感覚も生活者レベルで薄れてきていると言えるだろう。
しかし,そうしたコミュニケーションの代替活動としてのインターネット利用が1vs1の電話やFAXの代替だったり,主にB2CやB2Bと呼ばれるような企業と顧客や団体と参加者,もしくは企業同士なのに対し,平行して進む大きな潮流は「C2C」と呼ばれるネット上に存在する無数の「生活者と生活者」,「コミュニティと個人」という従来には存在しえなかったようなコミュニケーション活動であり,情報交換したり,取引したり,出会ったり,デジタルコンテンツをやりとりし,その活動は社会的にも大きな影響を与える状況になってきている。筆者はC2Cモデルとしては,現在の事象としてネットオークション,掲示板,出会い系サイト,P2Pの4つのケースが該当すると考えている。まずネットオークションであるが世界最大手のebayでは毎日1600万を超えるアイテムが取引されている。日本の最大手のYahooオークションでもすでに440万件もの商品が出品され,1日平均12.3億(2003年6月平均)の取り扱いがあり,毎日のように膨大な数の取引が行われている。このネットオークションの場合Yahooはあくまでも仲介業者であり,原則は参加者同士が個別に取引をしている。取引量は事業会社の販売チャネルとしてB2Cの利用も多いが,参加している人数から言うと圧倒的に個人の数が多く,小売りが絡まない個人と個人のC2Cの取引が急激に増加を見せていることがわかる。
次に2chをはじめとする掲示板やblog,コミュニティも「メディア化」している。従来のマスメディアのように編集され,権威づけされた情報発信とは異なる形で,個人の情報発信が多数行われ,交換されている。今やマスメディアの人間さえも,2chの情報をひとつのソースにしているという現状もあり,従来口コミという形で片づけられていた情報交換と流通の形が巨大化してきている。
そして出会い系サイトはビジネスとして無数に登場してきている。個人と個人が出会いを求めるという形で,友達から結婚相手まで幅広い出会いがネット上で生み出され,ネット上での課金の難しさを語る人々が呆然とするくらい仲介事業者に次々とお金が払われている。
最後にP2Pと呼ばれるモデルは技術的な側面からもユニークである。ファイル交換技術がベースとなって,個人のパソコン同士がネットワークされる形で様々なデジタルコンテンツが交換されており,世界中のインターネット上で流通されているデータトラフィックのかなりの部分を占めるまでになっているという。
これらの4つのケースに共通するのは,コミュニケーションを仲介する主体やプログラムが存在するものの,アーキテクチャとしては個人と個人が直接コミュニケーションすることでビジネスモデルやサービスを生み出していることである。これらの活動はこれまで一部のマスメディアや公共の場での掲示板やフリーマーケットを活用する程度が限界であり,個人のコストではNvsNに広げていく限界が存在したがインターネットの登場がその壁を破壊したために,代替ではなく,封印されていたニーズが爆発するかのごとく広まっていると言えるだろう。
○ C2Cの歪みと効用
こうしたC2C型モデルの広がりは代替需要ではないが故に,従来のビジネス慣習や法体系の想定範囲を越えており,かなりの歪みも引き起こしている。例えばオークションは個人と個人なので信用創造がしにくく,詐欺まがいやトラブルも発生している。またメーカーや小売りの価格統制の及ばぬ世界であり,まさに利用者同士が勝手に価格を決めているため商品は状況により市販の販売価格よりも高くも安くもなり,まさに時価となっている。
2chでは匿名で誰でも発言できるという性格から,根拠の無い噂や特定個人や企業の誹謗中傷が多数行われている。ある種の嫌がらせ行為も可能であり,管理人に対する起訴も後をたたない。
出会い系は未成年の利用を中心とした様々なトラブルや事件が社会問題化している。
P2Pは音楽や映画など多くのデジタルコンテンツの著作物が個人の利用の範囲を超えて流通する状況を生み出している。
これらはいずれも被害者を生んでいるという意味では大きな問題であるが,一方では大きな効用があることも事実である。
オークションは非常にオープンで透明な市場を創出し,さらにリサイクルという循環型社会を支える仕組みにもなっている。2chでは,不正の告発や消費者の声が社会に届く仕組みになっており,情報操作は不可能である。出会い系は地域のコミュニティが希薄化していく中で,地域や所属している組織によらない新しい交流の可能性を拡大させている。P2Pはデジタルコンテンツの流通と価値創造において,大きな可能性を示している。
このように効用と歪みはまさに紙一重であり,新しいパラダイムが故に現時点の社会システムとは大きな不整合をおこしており,未来の可能性よりも現実の問題の方に人々の目がいってしまっているのが実情と言えるだろう。
○ 新しい社会システムのアーキテクチャとしての捉え方の必要性
これらの問題に対する対応は,現在の法体系などで捉えられる個別の範囲で検討されている。例えばオークションは古物営業法の改正という形で詐欺や盗品の売買を防止する動きである。出会い系は未成年者の保護のための仕組みを仲介者に義務づける法案化などが進んでいる。いずれも,これまで想定されていないことがITの進化によって引き起こされているという理解はあるが,技術の進化が予測できない以上目の前でおきている課題を解決するパッチ的な対応に終わっている。これに対する対応としては社会として大きな方向性として社会システムのアーキテクチャの中心に個人と個人がベースとなる仕組みを捉えることが重要になると筆者は考える。特に日本は国家の管理や経済活動の効率性の意味でも現実解として,個人よりもまとまった組織を単位とした管理を志向してきている。個人よりも家族,会社,中小企業よりも大企業の方が管理は行いやすい。実際現段階での対応はC2Cの中間に存在する仲介事業者に監督責任をもたせようとしている。それは仲介者が事業者であることから管理しやすいという従来型のアーキテクチャによる発想である。しかし,
・仲介者が全ての行動を的確に補足することが難しい。
・ 仲介機能がプログラムやシステムであり,運営管理主体が明確でない場合がある。
・仲介者が個人の場合がある。
・技術革新が激しいため,仲介者の定義が難しい。
・ 仲介者は広く全世界に存在できる。
という現実から仲介者を管理するだけはC2Cのモデルを全て管理することは不可能である。実際には可能な限り参加する個人の自律と責任と義務という課題を解決する必要にせまられ,誰もが敏感になる国家や社会による個人の管理という問題を避けて通ることができなくなる(実際にITがそれを可能にするという現実も含め)。
○ 広がりゆくC2Cのために
C2Cモデルがさらに顕著に広がることは間違いない。特に以下のようなポイントが影響要因になっていくだろう。
・ ユビキタス化
個人をエンパワーメントする技術であるが故にパーソナライズされた情報機器はますますその方向性を加速させることになる。広帯域で常時接続された携帯端末はC2Cのベースとなる。
・ エージェント化
P2Pのソフトウェアもますます高度化されている。個人のニーズや意志をくみ取り,ネットワーク上で自律的に活動するプログラムはC2Cのビジネスを加速させる要因になる。出会い系で自分の好みをサーチするプログラムやオークションの自動管理プログラムなどはすぐに登場することは間違いない。
・ サイバースペースの増加
オンラインゲームも急速に普及しているが,現在のようにゲーム中心から,ひとつの社会的コミュニティとしての利用が拡大すると,オンラインゲームの中のサイバースペースで個人と個人が交流や取引を行う機会が拡大する。
・ リテラシーの向上
コミュニケーションがデジタルデータ中心で,サイバースペースのみのコミュニケーションも抵抗がない世代の増加は既存のコミュニケーションや商慣習の枠を越えた形態を受け入れることに抵抗がないため,C2Cモデルのメリットを素直に選択するだろう。
・ 価値観の変化
循環型社会という大きな方向性の中ではリサイクル意識,大量生産・大量消費への反発などは価値観の根底に流れることが予想され,企業対生活者という枠組み以外の社会活動が支持されていく方向にあると予想される。
このように確実に広がることが予想される中で,以下のような視点での対応と捉え方がもとめられると筆者は考える。
1) 免疫型管理メカニズムの導入
前述した通り,C2Cモデルの普及は個人単位での管理の必要にせまられる。従来型の国家管理に対するアレルギーや問題を回避するためにも,中央集権でない,自律分散型の免疫型の管理システムが求められる。司法制度に全面的に依存する形からNGOや民間事業者による紛争解決の仕組み(米国にはADRという方法もある)を構築することもC2C型のモデルにおいては有効な方法になるのではと考える。あるオンラインゲームの中で起きた個人間のトラブルを全て裁判所に持ち込むよりは,オンラインゲームの中に独自の紛争解決ルールを構築することの方が利にかなっていると考えられる。
2)自律した個人としての教育
C2Cのアーキテクチャの中では個人という単位が重要な活動単位であり,道路交通上における運転手と同様の責任が発生する。個人としての責任ある行動を行うための教育は初等段階からおいて重要である。ITのリテラシー教育とあわせる形でC2C型のモデルに適用できる意識教育が非常に重要になることは間違いない。例えば子供を社会の荒波を避けて親が隔離しながら育てることもサイバースペースへの入り口が溢れる時代には残念ながら困難なことであろう。未成年者も一人の個としてサイバースペースに容易にアクセスする(むしろ積極的にアクセスさせてあげる)ことを前提にした教育が必要になる。
2) C2C型経済政策の必要性
経済活動の多くがC2C型になっていく中では,経済主体はますますミクロになっていく。現在でもオークションで収益をあげている個人を事業者としてみるのかどうかは税務署の中でも微妙な問題となっているようである。税金の補足単位や経済指標も従来型のモデルでは限界が訪れる。消費者を保護するという概念も変更を余儀なくさせられる。製造者が複雑な流通・利用課程を管理するためにもトレーサビリティの技術は必要となるだろう。そして何よりも著作権をベースとしたビジネスモデルは全面的な作り直しが求められるだろう。「工業製品をB2Cで流通させる」モデルから「デジタルコンテンツがC2Cで流通できる」モデルへと次元そのものがいくつも変わってしまうのだから。
このようにC2Cモデルという大きなアーキテクチャの浸透は社会システムに多大なインパクトを与える。コンピュータサイエンス,法学,社会学,経済学など学際的に,多様な領域の人が部分的な事象として捉えるのではなく,大きな社会システムとしての国家的取り組みが望まれるレベルの話なのではないかと筆者は考える。この流れは政治や資本主義という社会の根元的なメカニズムにも最終的には変化を与えるはずであり,IT立国の真のチャレンジに違いないはずだからである。
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