藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

1999年9月12日日曜日

現実化したノンパッケージ流通

(1999年9月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 
レコードというものが登場してからSP盤がLP盤になり,そしてCDと再生技術は進化してきたが,ミュージシャンにとってはレコード会社からアルバムを発表することによって「プロ」として認められ,例えインディーズのヒーローになったとしてもそれはけして「プロ」とは一線を画して見られてきた時代が続いてきた。しかし,デジタル技術は今我々からこのレコードという概念を消失させようとしており,この「プロ」の概念をも変えようとしている。現在我々が日常利用しているMDもすでにデジタル技術の申し子であり,音楽をコンピュータで扱えるデータに変えてしまっているわけであるが,これまではあくまでメーカーやレコード会社が音質や技術を支配下におき,コントロールしてこれた。しかしインターネットの普及が高音質なデジタルデータを簡単に個人の力で全世界のネットワーク上に流布することを可能にしたことから,状況は大きく変わりだした。中でもMP3というオープンな技術がデファクトスタンダードになり,再生する安価な携帯プレーヤーも売られ始め,多くの個人が勝手に好きなアーティストの曲をネットワーク上で流し始めたことから,違法コピーが大量に流れ始め音楽団体もMPプレーヤーの出荷差し止め請求を起こすなど慌てはじめ,そして多くのインディーズがネットワーク上で曲を流すようになってきている。

大手のレコード会社はこれまでのビジネスモデルが破壊されるこうしたノンパッケージ流通に対しては歩みも遅く,神経質な対応をしてきたが,ここへ来てもはや流れは止められないと確信し始め,SDMI(Secure Digital Music Initiative)など,著作権管理などが可能な業界標準技術を積極的に進め始めた。前述の端末メーカーともSDMIを採用することで和解し,すでに今年のクリスマス商戦ではこの仕様に対応した商品を出すメーカーも登場しようとしている。MP3の端末はモーターなどの機械的な駆動部が無いため小型で軽く,振動に影響されることもない。SONYもこれらに対応したウォークマンを年末には発表するのではという噂もある。まさに音楽業界は嵐の前の静けさという状況と言えるだろう。

アーティスト側の変化も大きい。米国ではあのYahoo!を始め,多数の有料のダウンロードサービスもたくさんでてきている。ディビットボウイは新作アルバム「hours」を店頭発売より前にネットで先行発売すると発表した。すでにメジャーなアーティストにとっては手軽に多くのファンに曲を届けることが可能であり,価格も在庫リスクや流通コストを抑えることが可能なため,安くすることが可能になる。過去の楽曲もレコード店では置き場所に困っていたわけであるが,ネットワーク上にはいつでも置いておくことができる。
インディーズのアーティストにとっても,これまでの自主制作に比べれば遙かに簡単に多くの人に曲を聴いてもらえるようになった。米国のMP3.comという有名なサイトではインディーズ系のアーティストの曲が大量に無料でダウンロードされているが,そこでのランキングはこれまでのチャートと異なり買われた数ではなく,聞かれた数である。さらにダウンロードが少なかった順というのも公表されており,尖った人々にはそちらのチャートが注目されていると言われる。「売れる曲」という呪縛に縛られてきたミュージックシーンの作られ方自身も大きく変わっていくのかもしれない。音楽に対する対価はこれまで曲を運ぶためにCDのプレス代,輸送費,店頭の販売費などに大きく費用を割かれていた。しかし,ノンパッケージ流通の対価は確実にアーティスト自身への感動や期待といった価値そのものであり,ストリートミュージシャンへのチップと同様なものに近づいていくことになるのかもしれない。

が,日本でもJASRACの著作権許諾を受けた合法的な有料ダウンロードサイトが登場し始めた。中でもmusic.co.jpは5000曲の契約をしているサイトであり,音質の劣る音楽フォーマットで全曲試聴でき,気に入ったら音質のいいMP3を1曲200円で購入できるなど本格的なサイトになっている。

ヤフーがマルチメディアサイト“Yahoo! Digital”の開設を発表

Yahoo!は、音楽ライブ放送、音楽コンテンツの視聴や購入、アーチスト情報等のメニューを揃えるサイト“Yahoo! Digital”開設を発表した。同サイトの運営は、Beatnik、EMusic.com、Liquid Audio、Yahoo!、Yahoo Broadcast Services(前broadcast.com)の各社が共同で実施する。このサイトでYahoo!ユーザは、以下の楽しみ方が可能となる:

1)好きな音楽コンテンツをMP3ファイルなどの形でダウンロードしたり購入する
2)オンデマンドでビデオ・チャンネルを見る
3)Net Eventsを通じてアーティストと交流する
4)収録されている音楽のリストから希望の曲を検索する
5)オンラインで選択した音楽を再ミキシングする


またYahoo!は、同社サイトにおけるデジタル音楽の販売でLiquid Audio及びEMusic.comと契約した。EMusicは1曲99セント、あるいはアルバム1枚8ドル99セントのMP3音楽を2万2000点以上提供する。Liquid Audioも、Yahoo!のサイトで2万点以上の音楽を提供する。
なお8月30日からは、ユーザーが自分の演奏や作曲した楽譜などをアップロードし、インターネットで公開するシステム“Yaho! Open Mic”も、同サイトで開始の予定である。