藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2005年2月14日月曜日

情報家電市場は花開くか ipodの成功とライブドアが放送局を買う理由

(2005年2月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

○早くも失速デジタル景気?
 つい先日まで景気の牽引役として,薄型大画面テレビ,DVDレコーダー,デジカメと新三種の神器などともてはやされていたデジタル家電景気の雲行きが,早くも怪しくなってきている。その理由は急激な価格下落が進み,各メーカーが利益を出せなくなってきているというのが大きな理由である。この価格下落を主導したのは韓国勢とも言える。韓国勢の強みのひとつは,サムソンを筆頭に強気の設備投資を続けてきたことで半導体メモリー,液晶などデジタル家電の主要部品で世界的に高いシェアを持っており,彼らの部品における価格競争力はとても強い。主要部品で競争力があれば,完成品でも価格のリードが可能になり,日本勢の予想を上回る攻勢をかけてきている。アナログ時代は各企業が職人的な技術で微妙な製品の性能の差を持つことが可能であったが,デジタル時代の商品は所詮誰でも手に入る部品の組み合わせでしかない。逆に言えばデジタル時代はオープンな規格を広げることの方が重要であり,一社だけ排他的な商品を出すわけにも行かない。そうなるといソニーのように薄型大画面テレビ市場の参入に出遅れた企業は主要部品も外部企業から調達しており,価格競争になれば,かつてのように性能での優位性をアピールすることもできず,そのまま自社の利益が圧迫される構造になっている。一方シャープのように自社で部品である液晶の競争力がある会社はまだまだ高い利益をほこっている。ソニーもサムソンと合弁で液晶の工場を作ったり,戦略的なセルという半導体を作るなど,こうした状況を打開する手は打ってはいるが,まだそれらが花開くまで時間がかかり現状は苦戦を強いられている状況である。
 このようにデジタル家電はアナログ時代の競争戦略を大きく変えてしまったわけであるが,逆に現状のようなハードウェア商品単体として利益を出すビジネスモデルそのものが問題とも筆者は考える。本来情報家電に期待されているのはネットワークとハードウェアとサービスが一体となったものであり,そのトータルなサービスでの収益の分配モデルこそが本来の情報家電ビジネスだと考える。そのためには,市場全体の生態系を見極めながら自社のポジションを探る新しい考え方に切り替える必要があるだろう。

ipodの成功理由
ソニーにじたんだを踏ませているもうひとつのサービスがある。ご存じ好調を続けるipodである。日本ではipodHD&メモリー型音楽プレーヤーであるから,先のデジタル家電のようにハードウェアとして儲かっていることは間違いないのであるが,欧米ではipodというハードウェアとiTunesミュージックストアというインターフェイスに優れたソフトウェアと音楽ダウンロードサービスを組み合わせたトータルなビジネスモデルで高い収益をあげている。そもそもウォークマン以来,CD-ROMMDと媒体を変えつつも,携帯音楽プレーヤー市場を自ら創造したブランド力からも圧倒的な強さを誇ってきたソニーが完全にシェアを奪われている状況である。しかも,ソニーは長らく,コンテンツ市場にも力を入れ,レコード会社自身も経営するなど,多くのコンテンツ権利まで持っているにも関わらずのこの状況がますます悔しさを倍増させている。
では何故ipodはここまで成功したのであろうか?その要因をここで分析してみたい。
1) クローズでシェアが小さかったこと
ネットワークを利用した音楽サービスはこれまでにも多数ベンチャー含めて挑戦されてきた。しかし,Windowsプラットフォームの上では違法コピーの問題があり,P2Pソフトの問題も拡大している中では問題が起きた時の影響が大きすぎるため,レコード会社等も本格展開には慎重な状況であった。しかしMacのシェアは米国では5%程度であり,しかも専用ハードウェアをベースとすることで特定の範囲のクローズなサービスであると認識され,音楽業界の支持を得られやすかった。(実験するには丁度よい場であったということでもある)その後,成功を見た後でアップル側もWindowsでも利用できるように移行し,両社ともにWin-Winな関係で一気に市場を拡大させることができた。
2)PCメーカーであったこと
 独自OSを採用しているMacであるが,今やPCの世界ではほとんどの技術がオープンなデファクトスタンダード技術の上に成り立っている。今やMacも実際のところ利用されている技術はオープンな技術であり,部品や主要ソフトウェアはWindowsでも利用されているものがほとんどである。その結果として水平分業の効果でMacも低コスト化な商品を出せるようになっている。ipodも独自圧縮技術を推奨しているものの,MP3など他の標準的な圧縮技術に対応しており,中身はPCベースの既存技術の組み合わせに過ぎない。そのことが展開を容易にしたと言えるだろう。
3)利用者からはトータルサービスに見えたこと
 技術的には水平展開されているPC市場のプレーヤーであるが,利用者から見たときにMacWindowsとは異なるプラットフォームである。アップルが出すipodは利用者から見ればやはり独自のコンセプトであり,そのサービスはとてもオリジナルに見える。音楽を購入してダウンロードからiTunesというアプリケーション上でのインターフェイス,そしてハードウェアとしてのipodのデザインとインターフェイスまで利用者はアップル社が提供するトータルな世界観の中で過ごすことができ,裏側の技術などを知る必要はない。さらにそのことで「好きな音楽を一曲聴く」という価値を提供したのではなく,「ipodという音楽を聴くスタイルが楽しい」という価値を提供できたことが何よりも最大の成功要因と言えるだろう。

このようにアップルの成功は多くの示唆を与えてくれる。PCの世界のプレーヤーでありながら,オープンなインターネット技術を使いこなす優れたハードウェアを出す,家電メーカーの振る舞いをもすることができたからである。そしてそれを表すキーワードはサービス業としての顧客へ最終的にどのような価値を提供するかを素直に創り上げたことではないだろうか。

サービス業になれるか?
 現状情報家電分野へはPC系と家電系の争いとも言われているが,双方難しさはある。例えばPCWindows陣営の方は各水平プレーヤーが強く,OSやアプリケーションからマイクロソフトはアップルのように魅せたいが,メーカーであるデルやHPもそう魅せたいし,MPUのインテルも狙っていればインターネットサービス企業のアマゾンも狙っているだろう。このように各階層のプレーヤーが独自に主導権を取ろうとして行くほど利用者の混乱は膨らむばかりである。一方の家電メーカー陣営は垂直統合で自社のハードウェア中心に展開することを試みるだろうが,前述した通りデジタルの世界ではそれは非常に難しい。あくまでハードウェア中心で進めば中途半端なサービスが提供されることになる。
アップルの成功から示唆されるように,今後の情報家電ビジネスにおいて,何より重要なことはサービス業であることを提供企業が再認識することであろう。そのためには何よりも顧客からの見え方が重要になる。自分がサービスを受けている相手をどれだけ意識してもらえるか。そのブランドにロイヤリティを観じているか。そのサービスに対価を払って良いと考えているか。そうしたポイントが重要になる。
 こうした意味では携帯電話業界はもうひとつ参考になるだろう。日本においては通信事業者主導で市場が形成されたため,端末のハードウェアも通信事業者主導で価格が低価格で提供され,メーカー色は薄まっている。iモードに代表されるネットワークサービスも通信事業者の意向が強く反映されている。
こうした現状には批判もある。通信料金が高い,端末メーカーが儲かりにくい。コンテンツ事業者がしばられていると。しかし,こうした顧客から見たときに統一的なイニシアティブをとれるプラットフォームプレーヤーの存在は安心感がある。対価を支払う相手としてサービス水準を保証するブランドこそがプラットフォームプレーヤーであるからである。またプラットフォーム間の競争が適正に行われれば,利用者の選択肢と利便性は確保されるだろう。iモードも様々な批判はあるにせよようやく国際展開が進みつつある。プラットフォームが広がれば,メーカーやコンテンツ提供事業者もそのチャンスは拡大するというメリットもある。

○顧客価値をにぎるプレーヤーが重要
 それでは今後の勝負はどうなるであろうか,前述したプラットフォームプレーヤーにどこがなれるのかという戦いでもある。デジタル家電の主役が薄型大画面テレビであるように,やはりテレビは情報家電の主役になる可能性が高い。だとすれば放送局は中心的なプレーヤーになるポテンシャルが高いプレーヤーと言えるだろう。しかし,一方的な放送に慣れた彼らには顧客と直接リレーションをにぎれるか難しい。放送法の既得権益に守れている部分としばりを受けている部分があり,残念ながら現状ではipodのようなイノベーションを自ら生み出すことは難しいであろう。かろうじてテレビショッピングは直接顧客と対話するのでそこから発展する可能性はあるかも知れない。米国ではCATV局が注目のプレーヤーであるため,その成功モデルが出来たあとで国内でようやく重い腰をあげることになるシナリオはあるかも知れない。
 一方,この放送局の買収で話題のライブドアをはじめ,Yahoo,楽天などインターネットサービス企業もにわかに有力プレーヤーになりつつある。Yahooはすでに独自のテレビ放送も提供しているし,インターネット上ですでに多様なサービスを提供しており,統一的なブランドで顧客に価値を提供していく流れから,情報家電分野にその戦いの場を移すのは自然の流れである。M&A力が高いところも有力視できる材料であり,ここで記述している他の分野のプレーヤーを飲み込んでプラットフォーム化する可能性は大きい。
 ISPを含む通信事業者も候補ではある。すでに100万単位の顧客から毎月対価を確実にとっている基盤は強みである。何よりも日本ではNTTは光ファイバーという最強兵器を使い大逆転を虎視眈々と狙っている眠れる?獅子である。前述した通り,携帯電話事業者は携帯という市場で利用者の生活の一部をすでに握っており,携帯の枠を飛び越えた瞬間にかなり有力プレーヤーになる。
アップル,マイクロソフトは日本ではなかなか厳しいかも知れないが,世界的な展開力を背景に日本での戦いを挑んでくることは間違いない。ipodが映像分野で攻勢をかけてきた時は面白い展開が期待できるだろう。
 では冒頭で苦戦している現在デジタル家電を提供しているメーカーはどうであろうか?松下やシャープなどはやはり韓国勢に優位にたてる部品をしっかり握りハードウェア中心に,上記の様々なプレーヤーとのアライアンスに戦略を移していくことになるだろう。もはや家電メーカー自体が主役になることは幻想になる。しかしソニーはもちろん意地でも市場で戦いを挑むことは間違いない。実際ISPSo-NetICカード,携帯などで電子マネーフェリカなどを展開し,顧客を握るアプローチも行っている。そういう意味ではこれまでの戦いは前哨戦であり,いよいよソニーの本格的な戦いが幕をあけると言えるだろう。

大容量なネットワークとユビキタス化の進展は生活者の家庭を中心とする様々な行動における価値ある「サービス」を提供可能とする大市場である。PCでないデジタルなハードウェアを販売するという市場はほんの予行演習にすぎない。まさにデジタル市場のK-1である本格的な異種格闘技戦の幕が開こうとしている。