藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2000年11月9日木曜日

ユビキタスコンピューティング

(2000年11月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

もう10年も前にゼロックスのパロアルト研究所で研究されていた「ユビキタスコンピューティング」(遍在するコンピュータ)の概念が再び注目を浴びている。その背景としてネットワークに接続可能なNonPCの急激な増加である。携帯電話におけるiモードの成功が,Non-PCはPCとは異なるニーズでのネットワークの利用シーンを創造していくことを世界中の人に確信させることになり,米国におけるPC上でのオンラインサービスとしてもっとも成功したであろうAOLも「AOL Anywhere」の合い言葉の元に,電話,携帯電話,PDA,TVの上でAOLのサービスを利用できることを目指しており,DoCoMoともiモードのノウハウを活用するため提携した。
ではNonPCが増え端末が遍在化するとどうなるのか?まずは個人と端末の切り離しが可能になる。これまでWSなどを除き,端末は基本的に特定個人にひも付いている場合が多く,誰の端末かで個人を特定することができた。実際ローカルに個人のデータがあればますますその部分は大きい。しかし,TVや車など家族で共用で利用するものも増える中,個人のデータや環境などはネットワーク上のどこかのサーバーに存在すれば,端末は必ずしも個人にひも付いている必要はない。誰の携帯を借りても,コンビニのMMKでも,友達の車のカーナビでも,ネットワーク上の自分の環境を利用できるようになれば,身の回りのどこかにネットワークに繋がった端末さえあれば多くのことは足りるようになる。ホテルに泊まった時でもテレビは自分の好みのチャンネルを中心に設定されるし,目の悪い高齢者であれば自動的にフォントを大きくすることもできる。
2つ目は端末同士の協調分散化である。我々(特に日本人)はこれまでも電子手帳,ウォークマンなどPC以外の小型デバイスを好む特性を持っていたが,それぞれはスタンドアローンであり,協調して動作することはなかった。しかし,IPベースでネットワーク化され,Bluetoothのような技術で端末同士がお互いに通信し,協調して動作するようになると,電子レンジやエアコンなどの家電も含めて我々がインタラクティブにイベントを発生させなくてもコンピューティング同士が勝手に仕事をするようになる。
特に携帯の可能性は大きい。例えば音楽ホールにコンピュータがあり,携帯電話が近づくと,携帯電話とホールコンピュータがお互いに通信し,ここは自動的にマナーモードにするべきと判断するようなことも可能になるし,電車の中の温度はその時乗車している人達の希望温度の多数決で自動的に調整されることもあるかもしれない。口説こうとしている彼女の携帯と自分の携帯が通信し,彼女の音楽の趣味に合わせた着メロに自動的に切り替わるなどという洒落たことまでをもしてくれるかもしれない。ナップスターやグヌーテラなどの登場で注目されているP2Pのアプリケーションを動かすこともできるだろう。
こうした時代になるとオンラインサービスもWeb上でのメニューを充実させる方向から利用者の時間と場所と使用端末とその時の状況に応じて提供するサービスやコンテンツやインターフェイスなどがダイナミックに変化するようなものに変わるのだろう。オンライントレーディングサービスなどは朝のTV,通勤途中の電車の中のPDA,会社のPC,営業中の車のカーナビなどを通じて24時間最適なサービスを提供できるかどうかが勝負になるかもしれない。当然ボスの端末が近づいてきたら自動的に各端末の画面が切り替わる「自動ボスが来たモード」は欲しい機能である。

2000年11月2日木曜日

「LookWest」韓国に学ぶべきIT政策。日本に求められる「ITビッグバン」

(2000年11月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

■日本を抜き去った韓国
アジアでもっともトラフィックの多いWebサイトをご存じだろうか?ある調査サイト(http://www.alexareseach.com/)の結果では韓国のdaum.netというポータルサイトである。日本のyahoo.co.jpは4位であり,韓国のyahoo.co.krが2位である。ちなみにTop10の中で8サイトが韓国であり,残りの1つは台湾のサイトである。全世界のTop10でも3つは韓国サイトである。ご存じの人もいると思うが,韓国のインターネットユーザーは1700万人を越えており,人口4500万人の国なのですでに40%近い普及率であり,日本を追い抜いている(普及率では台湾にも抜かれている)。インフラもADSLが急速に普及しており(現在220万加入を越えている),家庭になくてもPCルームというADSLに接続されたパソコンを利用できるインターネットカフェのようなものが全国に2万件有り,1時間200円ぐらいで利用できる。証券取引は70%近くがオンライントレーディングであり,インターネットゲームではプロリーグまで設立され,プロのゲーマーになった若者は大学に推薦で入ることまで可能であり,世界中からプロのゲーマーが韓国へ移住することまで始まっている。

■IMF危機が韓国のITビッグバン
私は93年からの日本のインターネット商用化を見てきた中で,「いったい日本はこの7年間何をしていたのだろう?」と考えてしまう。ある意味では日本はIT化において完全に抜かれたわけであり,この現実をきちんと検証することは大事なことだと感じている。最近やっと我が国でも政府レベルで具体的なITへの対応の施策が次々と登場しているが,お隣韓国では3年前のIMF危機と呼ばれる金融恐慌で全てが変わった。財閥を中心に大企業が次々と倒産,レイオフを行い,優秀な人材が大量に失業者となって放出された。政府がITにかけた意気込みの違いは想像以上のものであったのだろう。国を救うためにIT・ベンチャー分野に次々と手が打たれた。通信会社は電力会社を参入させるなど,完全に競争環境が整備され,ADSLが競争原理の中で普及している。失業者の創業支援制度,ベンチャー認定されると税金が50%免除になる制度,ベンチャーを入居させると課税優遇されるベンチャービル制度,国の補助金による主婦インターネット教室や学校へのインフラ導入。家賃やネット代が無料で利用できる大量のインキュベーションセンターの整備。郵便積み立てを行うとパソコンを激安で購入できる制度。オンラインだけで証券取引を可能にする法改正など,とにかく国ができることは何でもすぐに行った。その結果が現在の状況である。もちろん韓国も世界的なネット系に対する厳しい評価は例外なく始まっており,株価は低迷している部分もあるが,KOSDAQには数百のベンチャーが上場しており,玉石混合の中でも切磋琢磨が行われている。これらはIMF危機がまさにビッグバンとなり,既得権益が吹っ飛んだ中だったからこそできた改革だったのかもしれないが,政府と民間が一体となってやる気を出せば3年できることを韓国は証明してくれた。

■日本に求められる「ITビッグバン」
橋本政権における金融ビッグバンは金融のメガコンペティションの中で危機感が生んだ政策であった。IT基本法などは評価できるものの,日本のIT政策はとてもゆっくりしており,まだまだ閉塞感の打破や次世代の産業育成のためという趣旨を抜け出していないような感がある。しかし,インターネットとMosaicが登場してすでに7年。7年前からこのネット時評のコラムニストの多くの有識者は「革命が来た!」と叫んでいたはずである。あと3年でAfterWeb10年(Web以前をBeforeWeb,以後をAfterWeb)であり,ドッグイヤーでない時代でも10年は一昔である。今から3年後までのタイムスケジュールの中で,NTT問題,通信放送融合,各種業法の見直し,ベンチャー政策を始めもはや政府の政策は危機意識を全面に出した「ITビッグバン」と命名し,民間の既得権益の退場を予告し,金融ビックバンの時のような国民全体でコンセンサスのとれるような推進力を持つべきだと考える。「LookEast」という言葉があったが,まさに今韓国は日本から見て「LookWest」となっている。