藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2000年12月11日月曜日

暫定インターネットから常時接続:真のインターネットへ

(2000年12月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

○暫定インターネットの登場
1993年末にMosaic(初期のブラウザー,Netscapeの前身)が登場して,インターネットビジネスが花開くまで,インターネットは研究者や一部の人たちが利用できるものであり,専用線で多くのUNIXコンピュータが常時接続され,分散コンピューティングの実験が進んでいた。しかし,WWWとMosaicの登場により,インターネットは大衆レベルで利用できることを求められ,PCでの利用と電話線の利用を前提としたサービス中心になり,必要な時だけ遅い回線で接続される「暫定インターネット」となった。初期のホームページは豊富な画像を用いたものも見られたが,すぐに軽さが命となっていく。また,多くのインフラはインターネット利用を前提に整備されたものではないため,常時接続には多くの非効率さが存在した。現在の交換機を利用した音声目的で整備された電話システムの上でパケットデータを流す状況はそもそもコスト効率が悪い。ISDNも当初常時接続を想定していないため最近の定額接続サービスでは問題も発生している。また現在の携帯電話網も色々な工夫をしてインターネットデータを流している状況がある。これまでの6年間はこうした,暫定的なインターネット環境のもとでインターネットが普及してきた段階であったが,2001年以降はようやくインフラがインターネット技術に追いつこうとしている。

○本当のインターネットのレベルへ
 現在大手キャリアが続々と参入を表明しているADSLは,交換機を介さないインターネット網をようやく実現しつつある。携帯電話におけるIMT-2000は最初からデータ通信利用を想定して規格策定が行われた。デジタル設備に置き換えたCATVは巨大なLANになった。こうした大量の高速なパケットデータを想定した高速常時接続環境の登場は,技術者が1993年当時に実現していたインターネット環境に,ようやく一般レベルで追いつき,追い越すことを意味する。現在2千数百万人と言われている我が国のインターネット利用人口はまだまだ暫定インターネットの利用人口に他ならない。真のインターネットはやはり常時接続であり,通常のデータ転送においてストレスを伴うものであっては行けない。時々しか走れず,ところどころ舗装されていない道路が整備されている状況で,ロードサイドビジネスが花開くだろうか?ロジスティックを確保しコンビニがジャストインタイムでビジネスをできるだろうか?答えはノーであることは明かであろう。逆に言えばこれまでこの暫定インターネットでよくここまで人々が我慢し,利用してきたと言える。Yahoo!は舗装されていない道路でも,軽い自転車に乗ってサクサクと新聞を配達してくれているようなものであるのかもしれない。

○常時接続で変わる利用スタイル
 ADSLなどはブロードバンドという言葉で高速化の方が話題になっているが,筆者はむしろ常時接続の方が利用者のインターネット利用の感覚を大きく変えることを予想している。ゆっくり落ち着いた状況でオンラインショッピングできたり,チャットでリアルタイムなコミュニケーションが増えることは簡単に想像ができるが,さらにデータはいつでも取りに行けるため,手元に残しておく感覚も減っていくだろう。すぐ近くにコンビニできれば,冷蔵庫の中にいつもビールを入れておく必要が無いのと同じで,音楽や大事なデータは自分のハードディスクの中にしまうのではなくネットワーク上の倉庫に預けるサービスが増えるだろう。ASP(アプリケーションサービスプロバイダー)のサービスが増え,自分のパソコンにアプリケーションをインストールしておく必要も無くなるだろう。マイクロソフトもすでに「.NET」構想でこうしたコンセプトのアプリケーションを開発している。こうなることで携帯からでも,他人のパソコンからでも必要な時に自分の必要なデータとアプリケーションを利用できるようになると予想される。またナップスターのようなP2Pアプリケーションも,常時接続された環境でこそ成立する。このように常時接続で可能になるビジネスモデルの可能性は大きい。これまでの暫定インターネットでもここまで広がったインターネットビジネスが利用者の常時接続環境において,さらに次のステップにあがることを想像すれば,ビジネスチャンスもまたとても大きいものがあるのではないだろうか。

2000年12月4日月曜日

P2Pのビジネスインパクト

(2000年12月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

○第2のMosaic
93年にMosaicが登場した時の衝撃は,今日のインターネットの普及を見ても,誰の目にも明かなインパクトであった。それはMosaicでインターネットに出会う人にもそうであったが,従来からTelnet,FTPを利用しつつ,Gopherで分散ファイル管理を頭では理解していた人にも,同様にインパクトが大きかった。「これでビジネスになる!」筆者もそうであったがそう感じた人は少なくなかっただろう。ジムクラークもその一人であったに違いない。そういう意味ではNapsterの意味するところは同じようなインパクトであるのかも知れない。P2Pモデル自体は決して新しい概念では無いわけだが,それを具体的に音楽データの交換という非常に具体的かつ実用的なレベルに分散コンピューティングのイメージを与えたというところで第二のMosaicと言われるゆえんがある。

○コンテンツとコンテクストの分離
音楽データの流通に関しては,レコード会社やアーティストを含め,これまでのビジネスモデルとの親和性を維持しつつ,緩やかに移行できるモデルを目指した取り組みが真剣に行われてきた。基本は現在と同じようにデジタルコンテンツとパッケージメディアの価値を同等と考え,価格を設定し,著作権と手数料を徴収するモデルである。しかし,デジタルコンテンツはパッケージメディアにおける価値と明かに異なる価値であることは言うまでも無い。例えばこれまでCDが持っていた3つの価値は,1)「パッケージ」デザインとか飾っておきたい価値と2)「コンテンツ」音楽そのものであり聞くことができる価値と3)「コンテクスト」選曲の価値があった。パッケージの価値は明かに喪失しているし,コンテクストである選曲の価値もそこには存在しない,LP時代から使われているアルバムというのは,言葉通り様々なアレンジや順番含め複数の曲をトータルで構成したひとつの作品であり,一曲一曲のシングル版とは明らかに異なる価値を持つ。現在のデジタルコンテンツビジネスの多くは,コンテンツの価値を重視し,その権利を売買することをビジネスモデルの基本においている。しかしNapstarの登場は,コンテンツの流通コストが限りなく小さくなった状況の中では,コンテンツ価値よりもコンテクスト価値を重視してビジネスを行うことが可能であることを示した。実際に多くのコピー音楽がNapstarのサーバーではなく,ダイレクトに個人のPC間を行き来しているが,Napstarは誰がどの音楽コンテンツを所有しているか?あるジャンルの好きな人同士のコミュニティを集めることなど,コンテクストの情報そのものに価値の大きさを教えてくれることになった。
例えば,あなたが,1万曲の音楽データを手に入れたとしても,CDと異なり,それを選ぶことは大変な作業になる。しかし,自分の曲の好みや過去の選曲傾向などから,今日のおすすめの曲を選んでくれるサービスや,自分と同じ趣味や価値観の人が最近よく聞いている曲などを教えてくれるサービスが会ったら便利であろう。これはコンテクストの価値を与えてくれることに他ならない。P2Pによって,こうした音楽データや画像データ,様々なファイルやデータに対してコンテクストを与えていくビジネスモデルも十分想定できるようになる。現在はP2P技術で著作権管理を行うソフトウェアの開発なども進んでいるが,むしろこうしたコンテクストを利用したような多様なビジネスモデルを生み出すことインフラとしてP2Pの可能性を広げることが,音楽業界全体としての新しい収益メカニズムを確立していく意味でも大切なのではないかと考える。
現実にこれまでのようにコンテンツ配信ビジネスはコストもかかる。大量のコンテンツを集め,更新し,維持し続けるコストは膨大である。もしインデックスデータのみに価値を与えることができるビジネスが可能であれば,それは低コストで,価値の高いサービスとなる。実際に「gonesilent.com」のようにP2Pのサーチエンジンを開発しているベンチャーなどもでてきているが,こうした考えは狭い範囲で言えば企業内のナレッジマネジメントにも応用できる。全ての社員のデータを一カ所に集めてデータベース化することは非常に難しいことであるが,P2Pの発想で自然にデータのやりとりのコンテクストをマネジメントするだけで,ナレッジマネジメントは可能になるかもしれない。ここでも「GrooveNetworks.Inc」のように,グループウェアをP2Pで行うようなアプリケーションも登場してきている。

○分散処理のメリット
もうひとつの大きな流れは大量のデータ処理におけるP2Pの可能性だろう。現在の集中処理ではさばけない程の大量の計算を低コストで実現することが可能である。「SETI@home」のように宇宙からの膨大な信号を分散処理することなどにすでに利用が広まっているが,「United Devices,inc」などは,同様の仕組みを利用して,企業から複雑な計算処理などを受託することで商用利用することを目指している。自分のPCを提供したユーザーは航空会社のマイルなどをもらえる仕組みもあり,具体的なビジネスモデルも確立していると言えるだろう。現在の暗号化技術もスーパーコンピューター何年分の計算が必要と言っているが,全世界のPCが繋がればあっという間に解けてしまうことになるかもしれない。
また最初から大量に分散しているものの処理にも適している。例えば全国に散らばっている事業所やフランチャイズチェーンなどは現在本社のホストコンピュータに全てのデータを一度送信して処理し,利用しているが,P2Pのテクノロジーにより巨大なマスターデータを管理しない形で,リアルタイムに販売データを管理したり,商品データの更新などが可能になるかもしれない。
同様にモバイルを中心とするNonPCも有望な分野である。今後携帯電話のチップの処理速度は加速度的に高まることが予想され,現在の携帯電話が入れ替わるだけでも日本だけですでに6000万台の端末が町中に存在していることになる。これらがP2Pに接続されれば,例えば「P2Pアメダス」などが考えられる。天気のセンサーを内蔵させ,全国の6000万地域の天気情報を分散管理し,必要な人は瞬時に必要な場所の天気情報を知ることが可能になるだろう。また同様に交通情報も,P2Pを利用することで,全ての道に高度なセンサーを整備することなく監視することができるようになるかもしれない。

○技術発展によるさらなる進化
P2Pをもう一段のステップに押し上げていくためには,いくつか技術発展も望まれる。ブルートースのような端末間通信技術は交換局を通さずに,個別端末同士のやりとりを増やすことになり,自動販売機や家電など,多くのコンピュータ同士がP2Pでのネットワークを構築することを加速するだろう。またエージェント系のインテリジェント技術も必要である。人間のアクションが必要だったり,決まった処理しかできないプログラムではなく,自立的な協調分散処理を実現するために,自動化された多数のエージェントプログラムが人間に代わってP2Pの網の中で一定の処理をしていくことが求められる。
こうしたP2Pはさらに多くのビジネス分野での応用が期待される。例えば医療情報のように病院が全国で一元管理されることをいやがるような世界でも有望かもしれない。カルテや症例など病院間が結ばれれば,必要な部分だけ検索利用が可能な巨大な分散データベースが誕生し,医療の発展に多いに貢献することが可能になるのではないだろうか。このように一元管理することが必要無いことで,自然な複雑系のままでの情報処理も進み易くなり,これまでそのメカニズムが謎につつまれているような「流行」や「口コミ」がどのように広まっていくのかつかめるかもしれず,バイラルマーケティングや様々な社会現象の解明や分析にも貢献していく可能性もあると言えるだろう。