藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2002年7月5日金曜日

新e-Japan戦略私案「日本の未来のためのIT戦略」

(2002年7月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました) 

20011月にスタートしたe-Japan戦略に対する中間評価が色々なところで行われ始めている。確かに具体的な数値目標を掲げてスタートしたe-Japanは一定の成果をあげているところは評価に値する。
しかし「IT立国を目指す」という大目標と「2005年までに3000万世帯に数Mbpsの高速インターネットの環境を整える」という具体的目標の間の具体的に「ITによって日本はどういう形で秀でた国にするのか」という部分がまったく見えてこない。
日本が現在危機的状況にあることは今や誰もが感じていることである。仮に借金まみれで,将来の有望事業が見いだせないでいるかつての一流企業の社長が「ITこそが我が社の新しい武器だ!」と宣言したとして,その具体的戦略として「パソコンを一人一台にする!」「経費の精算は電子化する!」「リテラシー教育を強化する!」などという発言がでてきたらいかがだろうか?不安になった社員がオー人事する可能性は高いだろう。そうした企業において必要なのはそういう目標ではなく「うちの会社のコアコンピタンスは○○だからITで××を行い,ライバルよりも△△指標を30%高める!」という戦略であり,従業員が「それならば競争力が復活する可能性がある」と理解できるトップのビジョンである。

そこで筆者がもしIT戦略本部長であればどんな戦略を描くのか,具体的な10のコンセプトとして私案をここで提示したい。

「藤元健太郎の日本のIT戦略基本コンセプト10

1)ITインフラを効果的に活用した新社会システムを構築し,エネルギー,交通,リサイクルにおける効率化,循環システムを押し進め,社会コストを下げると同時に,その関連産業を育成し世界No1を目指す。

ITインフラはこれまでの社会システムの高度化に寄与する部分が多い。特に地球環境問題を含め,ITを利用して温暖化問題や資源効率利用などの解決に寄与することは全地球的課題であり,この分野で先進的なイニシアティブをとれる産業を重点的に育成することは,広く世界の中での日本の地位向上に寄与することが可能になる。(具体的イメージ:家庭や工場のエアコンの遠隔制御による資源効率の最適化,家電,建材などの部品情報の追跡可能なDB化による先進的循環システムの確立など)ここは京都議定書批准などの国家目標ともリンクする部分であり,政府としてもできることは色々ある。

2)ITを利用した豊かなライフスタイルの先進的モデル国家となり,そこで生まれる各種先進的なデバイス技術,プラットフォームやサービスを輸出産業に育てると同時に海外の日本における関連投資を10倍にすることを目指す。

やはりITが我々の生活を豊かにしてくれることが重要である。アメリカやヨーロッパのブランド品とよばれる強力な輸出産業は憧れのライフスタイルが生みだした付加価値である。ならば日本はITを利用した豊かなライフスタイルで世界が憧れる国になるべきである。特にユビキタスの分野ではその可能性は高く,カルチャーまで含めてファッション性の高い小型のデバイスや家電,関連サービスを輸出すると同時に,日本への海外からの研究開発投資を10倍程度にすることを目指す。

3)内需中心の生活産業(ヘルスケア,教育,外食,小売り,エンターティメント等)分野のIT化を押し進め,ITを利用した圧倒的な経営モデルで欧米企業に対し競争優位を築き,アジアに日本の生活産業輸出を押し進める。

成熟した高齢化・人口減少社会を迎える日本にとって,生活産業分野の内需をきちんと育てることは重要である。こうした分野の経営モデルは労働集約型の部分がまだまだ多い。ここにITを利用した先進的な経営モデルを確立し,さらなる生活産業の潜在市場であるアジア地域に対して経営モデル毎輸出することを目指す。

4)中小企業を含めた異なる企業間のコラボレーティブ製造技術で世界一になる。

大企業中心のサプライチェーンなどは広く確立されつつあるが,大田区などの小さな町工場レベルの製造技術と大企業とを効果的にネットワークし,コラボレーティングマニファクチャリング分野で競争力のある製造技術を確立し,価格だけでない,技術と柔軟性での競争力を築く(試作品分野での世界一など)。

5)ゲーム,アニメ中心に競争力のあるコンテンツのデジタル配信におけるビジネスモデルをいち早く確立し,アジア各国においても流通インフラを整備し,強力な輸出産業とする。

ハリウッドがリリースウィンドウなどの映画コンテンツのビジネスモデルを確立して,輸出産業としたように,今後中心となるデジタルコンテンツ分野においては日本からビジネスモデルそのものを提唱し,特にアジア地域においては,権利処理システム含めた流通インフラ整備まで支援することで,強力な輸出産業としていくことを目指す。

6)ゲノム,ナノテク等先進技術の開発に寄与するIT化は先進国並の水準を維持する。

文字通りゲノムやナノテクなど今後有望なハイテク産業を支えるIT化投資は他の先進諸国に遅れないレベルを維持する。

7)ITの可能性を最大限活かした教育システムを確立し,ITが寄与する基盤は最大限整備する。

教育分野におけるITの重要性はすでにコンセンサスがとられている部分であるので,押し進める

8)地方自治体は政府と同様に自立的な経済モデルと競争力を持つためのIT戦略を別途必ず策定するが,ベースとなる部分は政府戦略の枠組みと整合性を持ち,効率化をはかる。

地方自治体は横並びのIT戦略ではなく,目指すべき方向性に対して独自の戦略をたてるべきであり,インフラ整備などベースの部分で二重投資や無駄を防ぎつつ,政府は独自性を重視するべきである。地方自治体の戦略の考え方はまた後日このコラムで考えを述べたい。

9)ITが効率化できる行政分野は最大限効率化できる目標を設定し,押し進める。

現在のIT戦略でも,この部分はすでに強調されているところである。数値目標をベースに確実に進める。

10)上記の各関連産業の競争力を高め,知識集約価値を高めるための知的財産の最大活用方策については国家的取り組みとして世界標準化のイニシアティブをとる。

ようやく具体的に動き出した知的財産戦略会議であるが,IT戦略を支える重要な柱であるため,上記の戦略に基づいたメリハリと,運用を考えた時の時間軸にあわせた柔軟性を持ちながら,きたるべき知識集約・創造型社会のパラダイムにあわせた取り組みが望まれる。


以上が筆者の戦略である。そもそもITは長い目で見れば資本主義という枠組みそのものを変化させることになると筆者は考えるが,当面世界経済が資本主義の枠組みで動く以上,国の持続的な経済成長を描く上ではITが明確に内需を創出し,輸出産業を生みだすことを明示することが何よりも今求められており,こうした具体論をベースにした議論が早急に望まれる。また同時に我々一人一人が豊かさを感じる社会になることをイメージできるかどうかが,その実現をリアリティの高いものにする鍵と言えるため,幅広い人々の理解を得るための努力もあわせて必要と言えるだろう。