藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2006年8月10日木曜日

融合ではなく「通信・放送のブロードバンドIPネットワーク化」で議論しよう

(2006年8月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

通信・放送融合について竹中懇談会以降様々な議論が起きている。実際には竹中懇でも様々な議論が行われているが,最終的な報告書としてはNHKを中心とした個別各論がクローズアップされすぎた感があり,全体ビジョンとしての柱が見えにくくなってしまったところがある。筆者は再度視点を整理してみたい。

まず筆者の前提としては2つある。一つめは以下のようなレイヤー構造を持った「ブロードバンドIPネットワークを活用した社会システムが2011年に構築され,その上で国際競争力のある産業を多数花開かせる」というコンセンサスが重要であると考える。筆者はもちろんYESであり通信サイドの人々はおおかたYESであろう,しかし放送業界のこの部分に関するコンセンサスの曖昧さが全体のもつれを生んでいる大きな要因であると考える。竹中懇では通信・放送の法体系の抜本見直しという表現でレイヤー論も出てくるが,ここは「日本のエネルギー政策を石炭から石油へ」と同レベルの国家コンセンサスであり,ここに関しては全産業の統一のコンセンサスがとても重要になる。その上で議論するべきは「通信・放送の融合」ではなく「通信・放送のブロードバンドIPネットワーク化」であり,放送という垂直統合の業態をこのレイヤー構造の中でどう定義するかを真剣に議論することがとても重要であり地上波のハード・ソフトの分離という概念よりも踏み込むべきであろう。

21世紀の全ての産業基盤になるブロードバンドIPネットワークのレイヤー構造
コンテンツレイヤー
サービスレイヤー
プラットフォームレイヤー(認証,決済等)
IP接続レイヤー
物理インフラレイヤー(光,無線,電波)

二つ目はこのブロードバンドIPネットワークに適した著作権法改正と著作物管理の新体系の構築である(この話は大きいのでここまで)。

この前提の上での大きな論点は以下の4つである。

1)21世紀の最重要社会インフラであるブロードバンドIPネットワークをどう最適に整備していくか
・インフラ整備を行うプレーヤーは誰か(通信事業者,放送事業者,行政,NPO,個人等)
・そのインセンティブは
・そのコスト負担は

筆者の考えは物理的なインフラについては地域特性(都市部,山間部,想定される災害等)に合わせ,多様な組み合わせを認める体系が望ましいと考え,コスト負担も,市場原理,税金,受益者負担は状況に応じて多様性が存在していてよいと考える。上位のレイヤーであるIP接続レイヤーの事業者は物理インフラは借りる形を標準におくべきであろう。通信事業者はすでに接続ルールやMVNOで貸す部分と借りる部分が見えてきているが,レイヤープレーヤーが前提の上で今のNTTのような垂直統合プレーヤーの存在を認めるべきであろう。
放送については電波の帯域利用の議論である。

2)新産業を創造するのはサービスとコンテンツの新プレーヤー
国民生活を豊かにし,雇用を創出し,国際競争力のある新産業を育てるのはサービスレイヤーとコンテンツレイヤーのプレーヤーであり,NTTでもNHKでも民放でもない。彼らはこれからの日本の産業を支えるプレーヤーである認識が重要である。NTTにはすでにその意識はある(自分もプレーヤーの一部になる気合いもある)と思うが,問題はNHKや民放や総務省放送行政局には放送事業者が新産業の創造基盤だという意識が無いところにある。放送業態も今後は自分たちの価値を他の事業者に活用してビジネスを行うことを積極的に考えることが大事である。日本発のGoogleのようなベンチャーや製造業が情報家電などで提供するハードと知識情報を融合させたビジネスなど,多数の知識流通産業が通信・放送を取り込んだブロードバンドIPネットワークの上に新しい価値を多数花開くことこそが,何よりも21世紀の日本においては大事であることを再度確認してもらいたい。

3)既存事業者の既得権益保護と新規事業機会をどのように設定するか
何よりも最大の論点はここであろう。本来2)の方が大事な観点であるのに,この論点がある限り,既存事業者の守りの議論が中心になってしまう。
A通信事業者・・・すでに投資したインフラ整備コストを上位事業で回収させるのか,インフラ事業で回収させるのか。NGNの議論も含めて,インフラコストを上位レイヤーからも回収できるスキームの構築が必ず必要になる。逆にそこがあることで,インフラレイヤーに徹するプレーヤーを多数登場させることができる。
B放送事業者・・・既存の既得権益を一定期間保護,新規事業機会を与える。地方の放送局をはじめ,現在のビジネスモデルを維持できなくなれば立ちゆかなくなることを恐れる人は多い。2016年頃までのセーフティネットの設定と同時に,新規のビジネスチャンスにチャレンジしやすい環境(税制優遇等)を用意してあげるなどが有効か。米国のダウ・ジョーンズ社のCEOの「新技術は驚異ではなく成長機会である」というこの言葉を是非再度確認してもらいたい。新規参入事業者(外資含む)を認めるのも刺激として有効。

4)公的役割の確保と明確化
A ライフライン・シビルミニマム・・・ブロードバンドIPネットワークにおける生活の最低権利(緊急連絡,災害連絡等の確保)の確保は前提になる。地上のIP網と無線・放送のIP網の連携がまさに重要になる部分である。

B ジャーナリズム・・・放送の議論で出てくるジャーナリズムはIPネットワーク上でも放送という垂直統合の業態の維持や記者クラブなどがあることで十部機能すると考える。むしろ新しいメディア形態の中でのジャーナリズムを構築していくことも重要であろう。

C NHK・・・NHKの公共放送としての役割の再定義は必要であろう。中でもこれまで蓄積されたNHKのアーカイブコンテンツはまさに社会の公共資産であり。こうした公共資産を広くネットワーク上に開放し,新しい価値を付加した2次コンテンツ,3次コンテンツを生み出す(例えば学校の先生や教育産業が教育テレビのコンテンツから新しい教育コンテンツを作成して使う,ビジネスする等)ことを積極的に支援するのも新しい公共放送の役割ではないだろうか。


政府与党合意が発表され,現在の認識はブロードバンドの普及と放送のデジタル化が完了する2011年以降に色々な実行プランがスタートする雰囲気であるが,筆者としてはそれでは遅いと考える。通信・放送業界の人達のことを考えるよりも先に,その上位レイヤーで次の日本を担ってくれる人達のことを考えるべきであろう。日本全体の産業構造からの優先度は間違いなくそちらのプレーヤーであり,彼らは今すぐにでもチャレンジするインフラとプラットフォームを欲しがっているのだから。