藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2000年5月8日月曜日

あなたのハードディスクはどこですか?

(2000年5月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

米国でハードディスクをレンタルするビジネスが続々と登場している。その中のひとつ「XDRIVE」は100Mまでのディスクスペースをなんと無料で貸してくれる(ただし今回はビジネスモデルとして無料であることは問題ではない)。といってもお店に行ってハードディスクを借りてくるわけではない。ネットワーク上のサーバーのディスクスペースを個人に貸すサービスである。そういう意味ではこれまでもホームページ用にISPが数M貸してくれることは普通だったので,何を今さらと思う人もいるだろう。このビジネスのユニークなところは個人が自分のハードディスクの代わりにこのサービスを利用するところであり,そのハードディスクを友達や家族で共有することもできる。宣伝文句にも「MP3や音楽,映像,写真やドキュメントを共有しながら楽しんで下さい」と書いてある。確かにネットワークの広帯域化が進み,大容量のデータを利用することが増えてくると,いちいち自分のローカルにダウンロードしておかなくても,サーバー上のファイルを利用したい時に利用すればよくなる。さらに,「ユビキタスコンピューティング」と言われるように,携帯電話,カーナビ,テレビ,ゲーム機,会社,家,友達の家・・・などコンピュータがどこにでも遍在していると,どんな場所でもどんな端末からでも自分の環境で利用したくなるし,住所録とかカレンダーデータなどはいちいち移したりしなくても,同じデータを利用したくなる,さらには購入した音楽データを異なる端末でも楽しみたいなど,ますます自分のパソコンのローカルのハードディスクに入っていては困る状況になりつつある。いつでも,どこでも,どんな端末からでも自分の好きなコンテンツにアクセスできることが理想になる。
一方で個人の所有範囲の境目はどんどん難しくなる。先日「MP3.com」が個人の購入したCDの音楽データをMP3化して,それを聴くことができるようにしたサービスが著作権を侵害するとして全米レコード協会(RIAA)から提訴された。この問題は奥が深い。現在,個人が自分のCDを自分のパソコンでMP3化して,ハードディスクに保存し,聴くことは問題無い。これが家庭内サーバーの中に蓄積されて,家族で楽しんでいるとややグレーになるだろう(よくCDなどに書いてある個人の楽しみの範囲というのは家族など数人で同時に聴くことは許されているらしいが)。さらに,これがマンションの共用サーバーにあって,住人みんなで楽しんでいたら明かに違法であろう。しかし,もしこの共用サーバーのハードディスクが厳しいセキュリティシステムで管理されていて,特定個人しかアクセスを許されていないとしたらどうなるだろう?この場合はあくまで自分のハードディスクの延長線上にあるわけである。これまで著作権の議論は所有を前提に議論されていたため,違法な「複製」に焦点があたっていた。電子透かし技術などもそこから発達している。しかし,我々のデジタルコンテンツに対する「所有」の概念は薄れていくことになるだろう。個人の本棚がなくても,誰もの家の隣に巨大な図書館が出来つつある。だとすれば我々は本棚と本を購入する必要は無い。図書館に入館し,本を読める「アクセス権」さえ手に入ればよくなるのではないだろうか。