藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2007年3月19日月曜日

IT投資最後のフロンティア?「マーケティングのIT化」は進むのか

(2007年3月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

進む企業内プロセスの可視化

現在多くの大企業の情報システム部門はJ-SOX法対応で大わらわという状況である。法制度という大きな背景があるものの,効率化こそが最大の投資理由であった企業のIT投資もここへ来てようやく「見える化」というキーワードの元で変化しつつあると言えるだろう。特にERP導入ブームもひとつの契機となり,企業活動を可視化することのメリットに気づきだしている中での今回のJ-SOX法の流れでもあり,財務データ中心のこれまでの結果指標管理の概念からコンプライアンス面のプロセスの見える化が大事であるという認識は,あらゆる企業活動をデジタルデータとして捕捉しようという動きをますます加速させることになると言えるだろう。
こうした中で,企業活動の中で大きな投資をしている分野にも関わらず相変わらず見えにくいままになっているのがマーケティング分野である。マーケティング分野のIT投資と言えばCRMがこれまで一番大きい分野であった。しかし,これまでのCRMは既存顧客であるカード会員やサービス契約者の管理システムの側面が強くマーケティングの中の一部分に過ぎない。同じくコールセンター周りも大きな投資がされているが,部分的機能に限定されていると言えるだろう。一方でお金がたくさん使われている広告,宣伝,販促という分野は様々な関係企業が絡むものの,データはばらばらに存在し,個別担当者がエクセルなどで一生懸命書類を作成し,効果分析し,経営に報告することが多い分野でもあり,経営層もこれまでITと結びつけて強く関心を持つ分野ではなかったと言え,IT投資は未開拓領域であったと言える。

広がるeビジネスでの可視化
そうした中でECeマーケティングの浸透は部分的ではあるが,マーケティングのIT化を急速に押し進めている。ECに限って言えば,顧客は全てデジタル世界に存在しているため,その行動は全てデジタル情報で可視化されている。どのホームページのどんなコンテンツを見ているのか,どんな言葉で情報を探しているのか,その結果自社のホームページに何人の人が訪れ,どんなコンテンツを見て,どんな商品を覗いて,結果的に何人が何を買ってくれたのか。これらの情報は全てデジタル情報として企業が入手可能である。Googleやオーバチュアなどネット上のプラットフォーム企業が提供するサービスや情報も高度化し,例えばキーワード広告で言えば,今日現在どの言葉がいくらで,その結果何人がクリックし,サイトに訪れ,購買してくれたのかを全部一元管理することができ,リアルタイムな投資対効果を捕捉することができる。ネットへの依存度が高い企業ほどすでに日々の意志決定はこうした情報を元に行われており,逆にマスメディアや店舗でこうした情報が取得できないことで,可視化できていない領域が大きいことに気づき始めている。
今後はマスメディアの広告分野においてもこうした可視化への欲求は強まることが予想される。中でもテレビは地上波デジタルへの移行のタイミングもあり,メディア,広告代理店側の可視化への対応も進むと予想される。一方、販売の中心である流通分野であるが,これまで個別店頭の状況を把握することも不明であり,コストも複雑な流通経路の中で,様々なリベートがどのように使われているかも闇の中状態であったが,POSの普及による店頭レベルでの単品ベースでの販売状況の把握ができるようになり,電子マネーや電子クーポンの普及も進むことで,顧客の購買行動の情報もリアルタイムで収集することができるようになりつつある。このように企業活動におけるマーケティング分野のIT化は今後急速に進み、可視化が可能になることが予想される。

求められるコミュニケーションのIT

企業内部のマーケティング分野はこれまで宣伝と販売などの縦割りで連携がとれていない企業も多く,CIOの関心も現在は低い領域である。今一気に全部を横断する統合マーケティングシステムを構築しようという企業は非常に少ないと想像できる。SIなどのサービスを提供するITサービス企業もまだ一部BPOサービスとして先進企業向けに提供を始める企業がようやく出てきたところであり,動きは始まったばかりと言える。

しかしITのおかげで顧客からメディア,店舗,メーカーまで一気通関でデジタルコミュニケーションできる手段が整いつつある現在,すべてのデータを把握し,広告から販売,顧客のロイヤリティ化,口コミによる再拡大を全体最適なROIを考えながら実行できないものかという考えは,ERPに慣れた経営者ならすぐに想像可能なところまで来ていると言えるだろう。ネット広告とECの拡大は年々その存在感をますます高め,それに2011年に向けた地上波デジタル放送によるマス広告の大きな転換点と,RFIDを中心とする,店舗のIT化が進むことが確実な状況からすると,現在のJ-SOX騒動が一段落した後には,いよいよIT投資は企業全体のマーケティングという未開の大フロンティアに向かうことになるではないだろうか。あわせてサプライチェーンの考え方も今後数年で顧客やメディアや店舗などのコミュニケーションモデルを再構築する「コミュニケーションバリューチェーン」として拡大概念に変わることになり,一企業のIT投資に終わることなく,プラットフォームの構築などの企業横断を前提にしたものになることが予想され,その戦略立案は今初めても決して遅くはないのではないだろうか。