藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2005年8月12日金曜日

店頭へと拡張するEC市場 -家を出た巨大EC市場「店頭EC」-

(2005年8月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

○購買ニーズ最大の源泉である店頭
ECの市場は相変わらず順調に成長をしている。これまで顧客層が違うと,まだマイナーな扱いをしていたカタログ通販会社もカタログの成長がとまり,テレビショッピングも一時の勢いが落ち着く中で,各社とも確実な成長をしているネットでの販売シフトにいよいよ本気になり始めている。B2Cの電子商取引の市場規模は2004年で5.6兆円(出所 経済産業省・ECOMNTTデータ経営研究所)であるが,まだEC化率は2.1%である。つまりこの50倍の市場こそがECの潜在市場と言える。さすがにそれは言い過ぎだと言う人もいるだろう。小売りの全てがネットになることはあり得ないと。確かに現在のECの一般的なスタイルから言えばそうかも知れない。現在の自宅でPCや携帯で商品を選んで購入するスタイルというのは通信販売の延長の利用シーンであり,カタログを選んで電話やFAXする手続きをデジタル化した手軽な部分が受けている。しかし,ITのもたらすパワーはこの「どこでも手軽に注文できる」という従来のECに加えて「どこでも即座に欲しくさせる」という新しいパワーを持とうとしている。我々が商品を欲しくなるのは圧倒的に商品を目にした時である。例えばあなたが店頭で気になる商品を見たとき,その商品のことをさらに知りたくなり,作っている人,使っている人のコメントを聞き,競合商品と比較し,メーカーからリコメンドや割引提案を即座に受けられればもはや買わずにはいられなくなるだろう。これまで買いたい人が求めていたが不可能であったこれらのコミュニケーションを店頭で可能にする技術は確実に登場しており,いよいよ「店頭EC」の世界が実現されようとしている。

商品とコミュニケーションできる画像認識技術
現在も携帯を利用したコマースは拡大している。PCと異なる利用の特徴として,即時性の高さがある。メールマガジンでお得なアクセサリー情報を配信した後はすぐに注文が集中するなど,自分の好きな時に利用できるPCよりは,情報に接した瞬間に反応しやすいという特徴が見られる。同様に何気なく見ていた雑誌に出ていた商品が気になり,横に印刷されているQRコードからHPに飛んで,商品を購入することも出来るようになった。このように,いつでもどこでも瞬時に注文することは携帯によりほぼ実現できていると言えるだろう。こうした携帯の特性を活かしたさらなる技術革新として画像認識技術が登場してきている。これは商品の画像を携帯のカメラで撮影することで,その商品が何であるかを認識し,あらかじめ登録されていたその商品のHPへ飛ぶことができるという技術である。これまでもQRコードや透かしを撮影することでHPへ飛ぶ技術があったが,これらは事前にQRコードを印刷しなければいけなかったり,写真の画像処理が必要だったりと手間がかかり,コストも増えた。しかし,この技術はそうした処理が必要なく,そのまま商品やロゴなどを撮影するだけで済む。利用者側も撮影するだけで簡単に商品情報へ導線を作れるため,あらゆる商品の情報を撮るだけで入手することができるようになる。現在のところ代表的なものとしてN-Visionという会社がi-scoutという技術を発表(http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0507/14/news098.html
)しているが,他にも複数の会社から同様のアプローチが発表され始めている。
これにより店舗で気になる商品を撮影するだけで商品の成分情報や別の人のレビュー情報まで入手することが容易になる。もしあなたが,友達が持っている商品が気になればそれを撮影するだけでよい。また瞬間に生まれたニーズはそのままでは消えゆくものである。友人のを見て気になっても,電車の中の中吊りを見て,興味を持っても電車を降りて時間が経てば,忘れていることも多い。一度は興味を持った商品もその時に時間が無く,それっきりになることで,これまでは大量の機会損失が発生していた可能性がある(それで衝動買いをしなくて済んでいるとも言えるが)しかし,この技術を活用すれば中吊りの広告を撮影すればすぐにでも購入OK状態になり,書籍などはそのままデジタルコンテンツとして携帯上で読むこともできるようになる。またテレビ画面を撮影することもできるので,テレビ画面を撮影して,テレビの中で取り上げられた商品に興味を持てば,瞬時にアクセスすることも簡単である。つまり消費者のニーズが生まれた瞬間を捉えた販売機会が確実に増えることになる。
こうした技術によって,例えば見本の商品だけを展示している「無レジ店舗」なども出てくるかも知れない。この店舗は徹底的に購買意欲をあおることだけに特化し,顧客はその商品を撮影するだけで,買う前に興味があることをメーカーや小売りに伝えることができる。そのことでメーカーや小売りは買ってもらうための様々なアプローチもしやすくなるだろう。もちろんその場で購入するのもよい。渋谷など繁華街では手ぶらで買い物し,後日自宅へ届けてもらう買い物スタイルも流行るかも知れない。店舗側も在庫スペースもレジもいらないため,店舗面積も節約できる。消費者は購入する時に実に多くの情報を欲しがっている。これまでは店員という人に聞くことが最大の情報源であり,あとは時間をかけてネットなどで自分で情報を収集していた。これからは店頭などで興味を持った瞬間を多くの人に伝えることができるようになり,情報も自動で集まるようにすることもできるのかも知れない。

○情報武装する小売店の未来
また無線技術やデバイス技術により小売店自体の技術革新も注目されている。RFIDやブルートゥースのように小さい距離の無線から店内の無線LANまで消費者は無線によって自分が誰であるか,商品の方は自分が何であるかをお互い会話することが可能になる。現在でもRFIDなどは在庫管理など物流面での実用化は確実に進みつつあるが,顧客との接点の部分はまだこれから本格的な活用が始まる段階であり,様々な試みが行われている。大日本印刷はナビゲーションカート(http://www.dnp.co.jp/jis/news/2003/20030910.html)という商品を開発しているが,このようにショッピングカートにRFIDリーダーと無線LAN情報端末をつけることで,店内をうろうろしながら,店舗の場所に応じた情報と個別の商品に関する情報を見ながらの買い物ができるようになる。アレルギーの人であれば,アレルギーの商品には警告を出してくれたり,お得意さんであれば,隣の人よりも安い金額を画面上で提示することも可能になる。
同時にデバイスの技術革新も進んでいるので,カートの上だけでなく,薄型大画面テレビの低価格化は店頭における情報提供の可能性を大きく広げている。これまで商品棚のPOPは紙であったが,こうしたデジタルデバイスになると,表示内容を変えるのはもちろん,CMを映像としてそのまま流すことも可能になり,しずる感をあおるような情報提供で購買を喚起させることが可能になる。
テレビCMは多くの人に商品のイメージと訴求点を伝えようとする。しかし,テレビを見ている人はその場で買うわけではないので,記憶に残すという大きな作業が必要になった。そのためテレビCMにはインパクトが求められ,クリエイティブには記憶に残るインパクトが大きな要素であった。しかし商品を目の前にしている人に流すCMはインパクトだけでではなく,むしろ「説得」が大事である。店頭で説得され,納得された人の購買率が高まれば,販売に直接貢献することになり,絶大なる効果にかげりが見えてきたTVCMに加えて,この説得に投じられる店頭CMの重要性が高まるようになるのかも知れない。
すでに小売店側もこうした未来への取り組みを始めている。一番進んでいるのは欧州の小売り大手のMETROであり,ドイツで2003年から「フューチャーストア」(http://www.future-store.org/)の実験を開始している。国内の流通大手も試行的な取り組みを増やしており,新しい小売店舗のあり方を模索している。

ECはデジタルコミュニケーションによる買い物
ECの本質はデジタルコミュニケーションによる買い物である。これまではPCで通信販売を行う行為をECとイメージすることが大きかったが,それはPCがデジタルコミュニケーションがもっとも得意な端末であったということである。
ユビキタス化の進展により,デジタルコミュニケーションできる手段が様々になればその範囲は拡大し,「生活者が物に興味を持ち,購入する」という行為全体がECになると言えるだろう。以下の拡大ステップに照らすと現在のECの多くは第二段階であり,ようやくブログなどのCGM(コンシューマジェネネレーテッドメディア)との融合や店頭でもトレーサビリティなど第三段階が広がっている状況だと言えるだろう。

ECの拡大ステップ
第一段階 注文書の電子化
第二段階 商品選択の電子化
第三段階 関連情報(公式情報,口コミ等)入手の電子化
第四段階 あらゆる場所での消費者と供給者のコミュニケーションの電子化


今後第四段階を迎えるにあたり,生活者の購買に関わるアクティビティの行動を多く握っているプレーヤーの存在価値はますます高まる。例えば電子マネーの利用も重要なアクティビティである。Edyを利用するのは多くは店頭のレジであり,何かしらの購買行動の直後である。つまりどこで何を購入したかを捕捉できる可能性も高まっており,まだ店内にいるその瞬間に購入した商品に関連する商品情報を送ることも可能になっている。消費者の行動にあわせた適切なコミュニケーションこそが,従来のデモグラフィックを中心にしたセグメント型のターゲットに対するコミュニケーションよりもはるかに重要になることは間違いない。生活者の買い物の主戦場は街中であり,店頭である。店頭のIT武装は商品の裏側にある開発・生産者,売り込みたい人,買いたい人,買ってあげる人,お勧めしたい人がコミュニケーションすることを可能にし,商品を手にとって見るだけでない新しい世界を広げてくれる。こうした時代になると,逆にうまくコミュニケーションのできない無愛想な店員の存在は無意味なものになるのかも知れない。リアルなコミュニケーションに対する期待はますます高いレベルが要求されることになるのだから。

2005年8月8日月曜日

注目されるインターネット上の口コミ(バイラルシェア) 可視化できるようになった口コミ(ブログのキーワード分析から)

(2005年8月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ブログの利用が拡大を続けている。書き込んでいる人たちはまだ一般とは言えないかもしれないが,すでにヤフーやグーグルでブログの書き込み情報は上位に表示されているので,インターネット利用者の半数以上の人は何かしらブログのコンテンツを目にしている状況が生まれつつある。
ブログは掲示板やチャットなどと異なり,自分が思ったこと,感じたことを独白するパーソナルメディアである。そこで書かれていることは記入者自ら素直に感じたことが書かれている(一部にはアフリエイトで売るためのテクニックに走ったり,頼まれて書いている人も存在しているが)。これがデジタル情報でネットワーク上に存在していることが大きな意味を持つ。ITにより大量のデータを集めて自動的に処理できるため,マクロ的に捉えてみると従来のアンケートなどのリサーチと異なり,街中で友人達としゃべられている会話に近い情報がデジタル情報で収集できるようになったとも言える。ある意味都市上空から巨大な集音マイクで人々の声を拾い集めているようなものである。
実際それを具現化できる技術としてブログ専門の検索エンジンが多数登場し始めている。ライブドアやgoo,楽天などブログサービスを提供している大手ポータル系も軒並みサービスを開始しているが,これら自社サイトのブログ利用を広めるためだけでなく,検索エンジンだけでビジネスをしようとする動きも活発であり,海外ではBlogPulse(http://www.blogpulse.com/),国内でもテクノラティ(http://www.technorati.jp/home.html)などのサービスが今何がブログ上で話題なのか?などをランキングで提供することを始めている。またblogWatcherhttp://blogwatcher.pi.titech.ac.jp/)はブログ上のポジティブに語られているのかネガティブなのかを測定したり,バースト度(急速に話題になったキーワード)を測定する技術などを研究し,サービス化している。

口コミの影響力は長年言われてきたことであるが,計測も難しく,影響があるだろうと言われるに過ぎなかったが,デジタルコミュニケーションの発達により確実に捕捉可能なものになりつつある。
我々は企業が提供する商品情報と口コミとしての利用者の感想や噂などを両方入手しながら比較できるようになっている。購買の意志決定には両方の情報を活用しているという調査結果もあり,すでに化粧品や家電製品の分野では@コスメや価格コムは絶大な影響力を持つと言われている。そこで筆者はブログ上で実際にいくつかの商品分野について分析をしてみた(分析手法等については以下を参照:http://www.d4dr.jp/service/06-1.html)
今年の春に発売された緑茶飲料で比較してみるとブログ上に出現したエントリー数をBEP(ブログエントリーポイント)とすると,上海冷茶はCMのタレントの話題についてのBEPが大きいことがわかる。一方の若武者は商品そのものよりも緑茶戦争について語られるている話題の中で登場する傾向が強く,さらにある一週間だけのBEPが大きく,その後はあまり出現していないことがわかる。

図表 飲料「上海冷茶」についてのブログ上での出現推移とその内容

(出所)各種資料よりD4DR社作成
図表 飲料「若武者」についてのブログ上での出現推移とその内容

(出所)各種資料よりD4DR社作成

こうした違いは商品そのものの魅力や広告やプロモーションの仕方による違いだと思うが,今後はこのようにインターネット上の口コミにどれくらい影響を与えるがひとつの広告効果の測定方法になることも予想される。また激烈なシェア争いをしているデジカメの分野でブログのエントリーでシェアを比べると実際のシェアと近いシェアが見て取れ,さらにブログ上のシェアはPOSの販売シェアの変化を予想させる兆候も感じ取れる。


図表 デジタルカメラ3社のPOSのシェアとバイラルシェア(ブログエントリー数によるもの)の比較

(出所)各種資料よりD4DR社作成


このように,口コミが可視化できるようになった今,これまでのフローで消えるプロモーションと異なり,インターネット上にブランドのポジティブな情報のストックを残すことがこれからの宣伝戦略としてはとても重要になると考えられ,戦略的に口コミをネット上にどう出現させ,残していくことが重要になる。長い時間をかけて築いたブランド力というのは,一定の力を持つが,定番商品や企業ブランドはそんな簡単に作れるものではなく,多くの企業は大量の新製品の中から1000にひとつぐらいでも定番商品が生まれればよいと願いながら,たちまち消えていく,短いライフサイクルの中でもがいているのが現状である。しかし,インターネット上の口コミはこうした現状に新しい可能性を与える。大量のマス投入とコンビニの棚割を確保するところに力を入れていたマーケティングが,自社商品の本当に伝えたい思いや,開発者の理念,利用者の新しい利用シーン発見などを伝搬させることで,ライフサイクルを長くすることに貢献できる可能性が見えてきたと言えるのではないだろうか。シェアも販売シェアをだけを競う世界からネット上の口コミ量のシェアである「バイラルシェア」を高めていくことが重要になると思われる。まだまだ統計的には未知の部分が多い世界ではあるが,デジタル化された口コミは確実に企業の商品開発や広告宣伝の世界を変革させていくことは間違いないことを予感させる。