藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2006年2月24日金曜日

Web2.0が導く知識産業社会 -知識産業立国「Japan2.0」を目指して-

(2006年2月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

この連載も今回が最終回となった。これまでの総括の意味も含めて,現在話題騒然のWeb2.0が今後のビジネスと産業構造にどのような 意味を持つのか論じてみたい。Web2.0ITバブルの再来のような呈し盛り上がりを呈してきており,その解釈も様々に行われている。これまでのインターネット環境をWeb1.0と称し,対比させることが多いが,1.0から2.0になることで劇的なイノベーションが生まれたというよりは,ようやくインターネットが元来目指していた自律分散ネットワークの本質に近づいたと見る方が正しいと言えるだろう。2.0になった一番大きなポイントはXML関連技術の普及につきる。HTMLは元々文書記述言語の派生の一種であり,HTTPというプロトコルとセットで生み出されたが,レイアウト記述中心であったため,「ホームページ」と言われるようになった言葉のごとく,まさに「ページ単位」の流通であった。そのため,知識情報を流通させるためにはページを記述する,もしくはそのためのプログラムが必要となり面倒であった。しかし,XMLがベースになることでテキストデータや画像データ,プログラムなどのデジタルデータに意味を加えて自由に流通させることが可能になり,それぞれのデータはページから解放され,「部品」となった。利用者は共通ルールの上で部品だけ用意すればよい状況が生まれ,ブログのように一般個人が文章を部品として簡単に情報発信することも可能になった。XMLはまさに知識がどこに存在していてもよい状況を作ったと言える。インターネット上のどこかに部品としての知識が存在していれば,それを探すこと,集めることも,選別することも,組み合わせることも,別の意味を付加することも,RSSのように更新情報を配信することも可能であり,まさにインターネットが本当の地球サイズの分散データベース網になりつつあると言えるだろう。この状況を筆者は「知識」を流通させるための技術が整いつつあると理解している。Web2.0の本質のひとつは部品としての知識を自由に流通させる環境が整ったことだと言える。

○情報流通業になったGoogle

こうした知識流通をもっとも促しているサービスがGoogleだと言えるだろう。Googleは一般には検索エンジンと見られているが,実際には知識情報を集め,ページランクという評価で知識情報に付加価値を与え,検索した人が求める知識情報へのリンクを提供する情報流通業に他ならない。当初はこのシンプルなモデルであったが,集める知識情報の対象を画像(実際にはまだテキスト情報と同じであるが),地図データ,衛星地図データなどに広げ,図書館に保管された図書をわざわざデジタルデータにして流通可能な知識情報化することまで始めている。そして付加価値の付け方も検索利用者だけでなく,広告提供者が自分の商品と関係するキーワードを入札することで,検索利用者とマッチングするという付加価値を加えた。まさにこの部分がビジネスモデルとなったわけである。さらにGoogleは個人が自分のブログ上にこのマッチング機能を組み込むことを可能にし,広告を外部のWebにも流通可能にするモデルAdsenseをスタートさせ, GoogleMapも外部のWebが地図情報を組み込んで自社の情報と組み合わせることを可能にしており,あたかも自社サービスの一部のようにGoogleの地図データを組み込むことができるようにしている。これらを見てもGoogleは検索エンジンというよりは,集めたデータをマッチングさせ付加価値を与える技術をベースにした情報流通サービスと見る方が正しいだろう。
 このように情報流通で価値を作っているビジネスはリアルなものでも増えている。例えばコンビニエンスストアもそうである。業態が生まれた当初は「いつでも開いていて便利」が価値だったかも知れないが,現在は「欲しい商品がいつでも切れることなく手に入れられる場所」という価値に変化した。これは利用者の「欲しい情報」をPOSデータとして収集し,メーカーに商品を開発させ,各店舗と物流がその情報を共有し,商品が欠品することなく,欲しくない商品を余らすこともない状態を実現しているからである。コンビニにとっては小売り業の価値よりも情報を流通させて作り上げている価値の方がより重要になっていると言えるだろう。こうした変化は様々な産業の知識産業化を意味する。顧客ニーズにきめ細かく対応し始めた農業も,サプライチェーンで知識情報を共有し激しい商品のライフサイクルの変化に対応している工業も,異なる顧客の求める価値を発見し,創造することが全てとなりつつあるサービス業も全てのレイヤーの産業は知識情報の価値のウェイトが本来存在していた価値を凌駕しつつある。そしてこの知識産業化の流れの社会基盤となるのがWeb2.0によって築かれつつある知識流通ネットワークとしてのインターネットに他ならないと言えるだろう。

○公共財化する知識と価値を作る知識

かつては社会資本と言えば道路や鉄道などであった。高速輸送網は産業発展に多いに貢献し,様々な企業がそうした社会資本を活用してビジネスを伸ばしていく。情報化社会と言われるようになると,情報通信ネットワークが道路との比較で新しい社会資本と見られて来た。しかし,知識情報に付加価値を与えることで産業化する知識社会においては基盤の上に流通する知識そのものが社会資本化すると筆者は考える。集積された知識情報こそが新しい社会資本であり,公共財になる。例えば前述のGoogleもまさに公共財となった知識情報に付加価値を付けている企業に他ならない。我々はGoogleのおかげで日々全世界の何億というWeb情報に無償でアクセスできている。今では近所の地図も見られるし,少し前まで利用するには膨大な費用がかかっていた衛星写真で自分の家を上空から眺めることもできるようになった。このように無料で手に入る知識情報を活用しながら,勉強し,生活し,仕事をしている我々にとって一民間企業であるGoogleは公共財を提供してくれている存在であると言える。Googleは無償の公共財に広告を付加することで利益を上げている構造であり,今後も様々な公共財になりうる知識情報を様々に収集し,提供することで付加価値を付けていくことになるだろう。
この流れは知識産業社会の公共財のあり方のモデルと言える。これまでの公共財を税金を集めることで官が構築してきた時代から,民間が公共財を構築する時代になる流れである。以下の図表1SFCの熊坂教授の図をベースにしているが,従来の公共の担い手は国や自治体などの官であったが,公の役割がハードウェアから知識情報などのソフトウェアに比重が大きくなる中で,非効率な税金モデルから,民間資本や新しいファイナンスモデルを活用し,民間が新しい公共財構築の担い手になることでニーズに近く,より効率的で,そして民間のビジネスとの親和性が高く,新しいイノベーションやビジネス創造のベースになる公共財が生み出されるといえる。例えば話題のオープンソースもその文脈でとらえれば知識社会における公共財であり新しい社会資本であると言えるだろう。その公共財を活かして多くの企業がすでに新しい価値としてのビジネスを生み出しているという意味ではLinuxもすでに十分知識産業社会の公共財となっているのではないだろうか。
この新しいモデルを具体的にイメージしてみると,例えばセキュリティが不安視されている現状では,自分の家だけセキュリティシステムを導入しても安全にはならない。自分が住んでいる街全体のセキュリティレベルをあげる必要がある。そこで新しい公として住民主導で監視カメラを町中に設置するとする。そのカメラの映像データを集積させ,誰もが検索できる状態にしておけば,集まった映像情報は公共財と言える。その画像を利用して商店が新しいビジネスに利用すれば公共財を利用した新しいビジネス創造になり,そこから監視カメラシステム全体のコスト負担をまかなうことができれば,税金に頼らない新しいモデルそのものになる。
ただし,多くの人が感じるように,こうしたモデルで必ず出てくるのがプライバシーの問題や悪意あるねつ造などである。個人情報が映っている可能性のある監視カメラ映像の活用には抵抗感もあるだろう。これは従来の官と個人よりも難しい問題を多数はらんでいるのも事実である。Googleでも個人情報が本人の意図とは別に大量に流れることを問題視する人もいる。Googleの衛星写真を見た人は誰もが便利と思った反面,リアルタイムになったら怖いと思うだろう。国家も秘密基地の写真が簡単に見られることは恐れる。ここでは安心と信用を創造するメカニズムはもっとも重要になる。Web2.0で言われている「Folksonomy」のような参加者の集合知で評価したりする仕組みはそのひとつの解決の方向性かも知れない。そういう意味ではソーシャルキャピタルと呼ばれるものも含めて信頼や評価も含まれた知識情報こそが公共財と捉える考え方も必要なのかも知れない。また現在多くの知識情報には著作権があり,その権利をベースにビジネスモデルを組み立てている企業も多い。いったん公共財化し,その後の付加価値でビジネスモデルを作るというオープンソース型のモデルへの移行にも抵抗を示す人は多いだろう。ここもクリエイティブコモンズという形で公共財する知識情報を最初から定義する動きも出ている。
いずれにしてもGoogleがこれまで税金でやっていた図書情報の電子化を一民間企業のコストで始める動きなどは予想を超えて現実化してきている。まずできることはこれまで税金で集めてきて,あまり利用されずに貯まっている様々な情報を公共財の形でXML化された知識情報(天気情報,交通情報,行政情報等)として解放することで,それを活用した新しいビジネス創造が多数生まれてくる余地は大きいだろう。

知識産業立国を目指して
現在日本人が何を求めているのか一番知っているグーグルやYahoo純粋な日本企業ではない。国際化の時代であり,国境の無いインターネットの世界では別段違和感は無いかも知れないが,これが新しい産業構造の基盤であるとすると話は変わる。日本の国際競争力を高めるためにはこの知識産業社会における社会基盤と公共財が充実していて始めて,その上での新しいベンチャーが次々と登場することになる。これまでのPC中心からユビキタス化してきている現在,知識情報の流通する範囲は生活のあらゆるところになる。東芝のDVDレコーダーの中には録画情報を吸い上げて公共財化し,みんなで利用できるようにしている製品がある。これはまさに新しいモデルの可能性を示している。エアコンや暖房器具のデータは地球温暖化防止のためのビジネスを生み出す重要な公共財になるだろう。Suicaやピタパなどの鉄道の乗降データも公共財化すればビジネスチャンスの宝庫である。実際Goopasはそれを活用したビジネスを始めているが,交通情報のITSのデータもそうであろう。タウンページにもGoogleも持っていない詳細な地域情報が集積している。このように我々の周りにはあらゆる公共財できるデータが溢れている。そしてそれらのデータを生み出し,収集するための機器類と組み合わせた新しい知識産業こそが,非効率を排除する持続性のある社会として豊かでわくわくする産業を生み出し続けるためのきっかけになるだろう。そのためには図表2にあるような知識情報公共財を官や民間から開放し,プラットフォームを担う主体に利用させ,多くのベンチャーなどを生み出していくことが必要である。EPIC2014のようにGoogleとアマゾンに席捲されるシナリオにしないためにも,国家戦略と制度設計,多くの起業家のマインドが求められている。今こそ日本が知識産業立国としての「Japan2.0」に向けて一歩踏み出すために,Web2.0は大きなチャンスを与えてくれていると言える。今この瞬間もGoogleの次を生み出すチャンスをインターネットは全世界の人の前に平等に提供してくれているのである。


2006年2月1日水曜日

妄想力の時代

(このエントリーはD4DRナレッジオピニオンに掲載されたものです)
顧客志向と言われながらも顧客に聞いただけではニーズなど見えない時代にあり,ブログなどのCGM上で繰り広げられる人々の話題の中には自分のありえないだろうけど実現したいことや,本当の自分の心の叫びなどの「妄想」も多い。MIXIで流行のバトンにも妄想系は多い。アンケートやグルインなどの調査手法では見えない,声には出せないこうした妄想にこそ,市場創造型の商品やサービスのヒントはたくさん隠されていると思う。これまで妄想はなかなか話す機会がなく,個人の心の中にあることが多かったが,ブログなど独白できるメディアの登場が多数の妄想情報をみんなで共有できるようになったことで,個人の強い妄想が共感を呼び,潜在ニーズが顕在化する形で流行やサービスが生まれてくる可能性が出てきていると言えるだろう。メイドカフェやプチセレブ体験など妄想を現実のサービス化する流れも出始めているの。そしてこうした妄想を生み出せる力こそが消費を牽引していく意味でも真のプロシューマへの第一歩なのかも知れない。想像よりも強烈で構想よりも具体的な潜在的な欲望を可視化する力としての「妄想力」が大事な時代になってきたと言えるだろう。