藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2001年2月27日火曜日

コンテンツビジネスに求められるコンテクスト価値 〜忘れてはいけない購買を喚起するコンテクストビジネス〜

(2001年2月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)


デジタルコンテンツビジネスの中核として、音楽データの流通に関しては、レコード会社やアーティストを含め、これまでのビジネスモデルとの親和性を維持しつつ、緩やかに移行できるモデルを目指した取り組みが真剣に行われてきた。基本は現在と同じようにデジタルコンテンツとパッケージメディアの価値を同等と考え、価格を設定し、著作権と手数料を徴収するモデルである。しかし、デジタルコンテンツはパッケージメディアにおける価値と明かに異なる価値であることは言うまでも無い。例えばこれまでCDが持っていた3つの価値は、1)「パッケージ」デザインとか飾っておきたい価値と2)「コンテンツ」音楽そのものであり聞くことができる価値と3)「コンテクスト」選曲の価値があった。パッケージの価値は明かに喪失しているし、コンテクストである選曲の価値もそこには存在しない、LP時代から使われているアルバムというのは、言葉通り様々なアレンジや順番含め複数の曲をトータルで構成したひとつの作品であり、一曲一曲のシングル版とは明らかに異なる価値を持つ。現在のデジタルコンテンツビジネスの多くは、著作権をベースとしたコンテンツの価値を重視し、その権利を売買することをビジネスモデルの基本においている。確かにマイクロペイメントなどの少額課金決済技術の進展は、こうしたコンテンツ価値に対して多様な決済方法を提供することにもなり、少額の課金、回数制限方式、定額方式、おひねり方式などの実用化を促している。しかしNapstarの登場は、コンテンツ流通が従来のパッケージの形態とはまったく異なる姿になりうることを発見してくれた。特に膨大なコンテンツ価値が極小化する中でもコンテクスト価値を重視してビジネスを行うことが可能であることを示してくれたと思う。実際に多くのコピー音楽がNapstarを介してダイレクトに個人のPC間を行き来しているが、Napstarの凄いところは膨大な利用者の誰がどの音楽コンテンツを所有しているか?あるジャンルの好きな人同士のコミュニティを集めることなど、膨大なコンテクスト情報そのもの可能性も見せてくれることにある。

例えば、あなたが、1万曲の音楽データを手に入れたとしても、CDと異なり、その中から今日聞く音楽を選ぶことは大変な作業になる。しかし、自分の曲の好みや過去の選曲傾向などから、今日のおすすめの20曲だけを選曲し、インデックスデータを配信してくれるサービスがあったとして、それが有料でもあなたは利用するかもしれない。この場合、あなたにとって重要な価値は20曲のコンテンツ以前に、「自分のために選んでくれた20曲の選曲情報」というコンテクスト価値である。同様に自分と同じ趣味や価値観の人、80年代のAORが大好きな人たちが最近よく聞いている曲などを教えてくれるサービスが存在したらとても便利であろう。膨大なコンテンツが街に溢れ容易に次々と消費される現代においては、コンテンツを商品と見た場合には普通の商品と同様に、自分の生活をより豊かにしてくれるかどうかが、購買意欲を刺激する意味でも重要なファクターになっている。これは相対的にコンテンツ価値からこうしたコンテクストの価値が高まっていることを意味し、デジタルコンテンツのビジネスモデルを議論する時には忘れてはいけない重要な要素であると考えられる。どんなに万能な著作権管理システムと課金システムが完成したとしても、デジタルコンテンツの購買欲望を喚起する仕掛けが用意されていなければ、欲しくなる人が少なく、ビジネスとしてはうまみはなくなる。デジタルコンテンツは音楽業界全体としては新しいビジネスチャンスであることは間違いないと思われるが、従来のパッケージビジネスにおいてもカラオケやラジオのチャート番組などの別のビジネスモデルと連動された複合型モデルで成立していたことを忘れてはいけない。当然こうしたコンテクストビジネスの考え方は音楽データ以外のデジタル書籍や画像データなど様々なデジタルデータに対するビジネスモデルでも十分想定できるようになるのだろう。

2001年2月26日月曜日

砂漠で売る砂

(2001年2月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)


米国ではドットコム企業の倒産が加速しており,失業者の職探しパーティが盛んらしい。ついこの間まで今度はあそこがIPOでいくら儲けたなどと話しをしていた人々が,現在では慰め合いをしている姿の変わりようも激しいが,インターネットが絡んでいるだけで,多くのビジネスモデルに資金が投下され,その多くが会員獲得などのブランド獲得に投じられ,収益をあげることを2の次にした結果,バブルがはじけた後は,結局資金が底をつき,売却,解散というケースが多い。基本的には経営戦略の失敗と片づけられるのかもしれないが,あまりにもこのつまらないパターンで消えていく会社が多いのも悲しいことである。戦術的には面白い会社も多数あったのではないかと考えられ,そうした会社の貴重な資産は是非とも継承していくべきであろう。実際業務停止をした会社の中に「ガーデンドットコム社」がある。ガーデニングの様々な商品をインターネットで販売するという,ごく普通のドットコム系ではあるが,毎日定期的に花の専門家がライブチャットで解説をしてくれるサービスが好評だった。実際このチャットの直後は売上がかなり増加するという実績をあげていた。
インターネットは確かに24時間いつでも好きな商品を比較し,購入することができる。確かに価格も安いものが多いし,便利な人には便利である。しかし,あなたが価格.comでパソコンの価格を調べている時にはすでに,あなたの中にはかなりの「パソコンが欲しい」欲望が目覚めた状態にある。それはあたかも「砂漠の中で水を購入する」ことに近い,水は欲しいものであり,後はいかに少しでも安く,いい水を手に入れるかを考えているわけである。しかし,商売の多くは「砂漠の中で砂を売る」必要がある。つまり欲しいと思っていなくても,必要性に気づいてしまったり,欲望が喚起されてしまうことで,購買するケースも多い。砂漠に溢れている砂でも,その砂が自分のあこがれの人が持っている砂と同じだったら?その砂を作った人の生き方がとてもかっこよくて感動してしまったら?あなたは砂を買ってしまうかもしれない。ガーデンドットコム社のこの手法は専門家が教えてくれることで,自分のガーデニングレベルの向上させようという意欲と,周りに同じように志すライバルがいることにも気づかせてくれるという欲望喚起効果があると推察できる。こうしたライブチャットなどの手法は現在では他の様々なサイトでも応用されており,ただのカタログであるWebサイトにアクセスした人がふと立ち止まって思わず見学していて,自分も気になることを質問してみたら,思わず問題が解決して商品を欲しくなってしまうという効果などをもたらしている。
まだまだ我々はサイバースペースにおける本当の意味で人間の欲望や購買意欲を喚起するノウハウやテクニックを持ち合わせていない。Webの世界は安さを強調する膨大なカタログ情報の海である。しかし,コミュニケーションがデジタル情報になる中で,人間の欲望を喚起する様々なテクニックやノウハウがナレッジとして「コミュニケーションテクノロジー」として開発されていくことで,多くの人々がエレクトロニックコマースで消費を喚起することを実現するのではないだろうか。がまの油売りやバナナのたたき売りなどの古典的手法から巨大流通チェーンが用いている手法まで,人間はこれまで「砂漠で砂を売る」ことを一生懸命考えてきた。時空を越えるこのインタラクティブな販売方法の世界では,その可能性も無限大にあり,大きなビジネスチャンスが眠っていると考えているのは私だけでは無いと思う。