藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2005年12月19日月曜日

放送というビジネスの未来図 地上波放送局がとるべき戦略は?

(2005年12月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

○激動の2005
2005年は日本のインターネット登場以来の果たせぬ夢だった,音楽のネット配信と通信・放送融合という二つのテーマがついに夢から現実になった年だと言えるだろう。前者は言うまでもなくiTMS旋風だった。後者はライブドアのニッポン放送買収騒動で激動の幕を開けた。5月には野村総研のハードディスクレコーダーの普及によりCMをスキップする人の割合が増えおり,テレビ広告費が540億円の損失を出すという推計レポートが発表され,地上波テレビのビジネスモデルの揺らぎを示すものとし,業界に衝撃を与えた。一方でインターネット側でもUSENの無料ブロードバンド放送サービス「Gyao」が4月にスタートして12月で500万人を突破し,急速に利用者を拡大させている。番組数も800を越えている。有料での配信サービスを含め,いつでも好きな時に見られるVOD(ビデオ・オン・デマンド)タイプのインターネット放送は日本でも着実に定着しつつあると言えるだろう。秋になると今度は楽天がTBSとの経営統合を提案するという地上波とネット企業が真っ向からぶつかる展開がおきた。新たに総務大臣に就任した竹中大臣もNHK改革やIP化の進展に伴った通信・放送の新しいモデル作りに着手するなど,この一年の動きは約50年の歴史を持つ免許制度と,大手広告代理店と創り上げてきた堅牢なビジネスモデルによって守られてきた地上波テレビ放送業界にとっては,まさに黒船到来の時を感じさせるものだったであろう。
一方,ネットと放送の融合としては日本では米国のAOLとタイムワーナーの失敗例がマスコミでよく引き合いに出された。しかし,米国では日本と異なり地上波テレビは絶対的な存在ではなく,7割弱はケーブルテレビ(CATV)経由でテレビを見ている。ケーブルテレビは家庭にSTB(セットトップボックス)を置いている強みから,それを基盤に多様なサービス展開を始めている。VODサービスはすでにかなり普及し始めており,さらにインターネット接続や電話サービスまで展開され,これに基本の映像サービスをあわせて,これらは「トリプルプレイ」と呼ばれている。さらに2005年にはこれに携帯電話を加えた「クワトロプレーを提供する動きが加速した。一方通信事業者側も長年の夢であった映像サービスの本格展開をスタートさせ,すでにインターネット,電話,携帯電話に加えてクワトロプレーに参入し,ケーブルテレビ会社と通信会社の全面戦争の様相を示している。もちろんネットベンチャーも存在しているが,日本や韓国ほどブロードバンドインターネット環境が普及していない状況があり,米国では日本とは違う形で通信と放送の融合が始まっている状況がある。

○放送のビジネスモデル

日本では現在放送のビジネスモデルは以下の3つがあると言えるだろう。
a)NHKモデル:半強制的に課金された視聴料で運営をまかなうモデル
b)民法地上波モデル:規制によって限定された電波チャンネルの視聴率に応じて宣伝予算を割り振るモデル
c)CATV/BS/CSモデル:膨大な顧客獲得コストをかけて,加入者を獲得し,その視聴料収入で運営をまかなうモデル

a)のモデルは視聴料未払い者の増加で破綻してきており,まさに見直しが始まろうとしている。c)についても長い時間をかけて少しずつ広げてはいるが,米国のようにCATVが力を持つまでにもなっていないため,なかなか大きなモデルに広がることは難しく,地上波キー局のBSデジタル放送も加入はあまり進んでいない。そのため日本ではやはり放送というとb)の地上波の民放のモデルを指すことが多く,その2兆円を越える広告市場を指すことが多い。では何故2兆円獲得できるのだろうか,その「放送」ビジネスの価値を考えると以下に分解整理できる。

A コンテンツ価値(制作能力含む)
B 媒体・編成価値
C 放送局のブランド価値
D免許・伝送路価値
E 営業価値(代理店含む宣伝予算の獲得力)
F 顧客価値
G 顧客と生み出すコンテクスト価値

現在の地上波はA,B,C,D,Eを組み合わせた価値を持っており,なかでもDの限られた電波の権利を活かすことでBの価値が非常に高く,これまで強いビジネスモデルを築いてきた。ライブドア,楽天もこの価値を手に入れるために,勝負に出たとも言えるだろう。しかし,ブロードバンドの普及,テレビ離れや前述のCMスキップなどでBの媒体価値は低下し始めているのも事実である。
また現在の地上波の最大の弱点はF,Gが弱い点である。視聴率の高さで大量の顧客へリーチできることは確かであるが,その効果測定は視聴率と言う調査データにほぼ依存しており,「どんな人がどんな目的で番組を見てどう感じたのか」という現在の広告クライアントがマーケティング戦略上もっとも欲しい部分が見えていないところは最大の弱点と言えるだろう。CATVやスカパー,WOWOWのように課金モデルの加入者として顧客価値を獲得すれば有る程度把握することは可能であるが,この加入者モデルは膨大な獲得コストがかかる。インターネットでも映像の有料課金モデルはアダルトと一部のアニメ以外はなかなかうまく行かなかったが,Gyaoのように無料で会員登録させるモデルは得意である。Gyaoが短期間で500万獲得を実現した通り,やはりインタラクティブに顧客と対話できるインターネット側が有利な点であり,楽天のTBSへの提案の中にも楽天のデータベースマーケティングノウハウがTBSに提供できることがうたわれていた。
ではテレビ局側がDの価値をあきらめ,IPで会員制でテレビ番組を配信し,コンテンツを流す存在になるとどうなるのだろうか。確かにABによりネットの中では格段にレベルの高いクオリティのコンテンツとして配信されるだろうが,利用者は能動的に選択しなければいけないため,現在のとりあえず自宅でついているテレビの限られたチャンネルの中での選択に比べると選択確率は低くなる。期待はCのブランド力であるが,限られたチャンネルで見たい番組を選択してきた視聴者にとっては番組にロイヤリティはあっても放送局にロイヤリティを感じている人は少ない,確かに最近はテレビ局もブランド強化には力を入れている。自社CMも多いし,放送局のファンクラブのようなものも組織化はしている。しかし多数の中から能動的に選択されている新聞や雑誌よりも
そのブランド力は低いかも知れない。こうした中では地上波テレビ局がネット側で勝負するのをためらうのもうなずける。

○放送の新しいビジネスモデル区分の考え方

ではこうした中で放送局がこれまでの価値を活かして目指すべき新しいビジネスモデルは何だろうか。筆者はコンテンツの性質別にイメージをあげてみた。

1) リアルタイム型モデル
コンテンツ例)ニュース番組,スポーツ番組,ゴールデンタイムのエンタメ(お笑い,クイズ)
まさにゴールデンタイムと呼ばれる時間帯のコンテンツである。従来のビジネスモデルに近い放送の強みを活かしたモデルである。顧客は今見ていることに価値を感じるコンテンツであり,その番組を大勢の人と見たことを共有したいという意識も持つ。次の日の友人同士の話題のネタにもなる。そのため大量に同時にリアルタイムにリーチを強制的にさせたいCMが向いており,非同期型の広告宣伝が増えれば増えるほど,リアルタイムの同期型の広告を提供できるメディアの価値を相対的に高め,単価をあげることも可能かも知れない。またCNNなどのニュース専門チャンネルのようなリアルタイム特化型のモデルを志向する企業も出てくるであろう。

2)情報提供型モデル
コンテンツ例)旅行,食べ物,トレンド情報系
これらのコンテンツは利用者の知識欲求が高いため,もっともインタラクティブな要素が高く,今見ている番組のコンテクストにマッチした広告を配信する形になる。利用者毎に微妙に違う興味や行動に応じて積極的にプッシュで配信する方向に行くこともあり,ネットビジネスに近いモデルになるだろう。通販番組とも連動しやすいためECのモデルにも行きやすい。広告だけでなく,販促費用も獲得できる。番組制作能力のアドバンテージを活かしながらネット企業のノウハウを早急に取得することと,きめ細かな効果測定に耐えられるビジネスモデルに意識改革することが必要となる。

3)コンテンツ価値集中型モデル
コンテンツ例)ドラマ,映画
すでに始まっているようにテレビ局が映画の制作に最初から関与し,権利を獲得することで,劇場公開,セルビデオ,レンタルビデオ,VOD,地上波というリリースウィンドウモデルとコンテンツの再利用性を高めて稼ぐモデルである。関連グッズやイベントなど放映以外で稼ぐことも可能である。放送としては時間が決まった連続ドラマとして1)のリアルタイム型に近いモデルだけ残し,あとはVODの配信チャネルとしてはネット企業もどんどん活用できるため,一番共存・共栄できるモデルである。映画会社や制作会社に近いモデルであり,業態は大きく変わるが,ネット時代になることでむしろ収益を高めていく可能性もあるモデルである。

日本の地上波キー局の戦略的選択としては1)から3)までを複合的に持つ総合事業体への変化を志向することが予想される。企業としてはリアルタイム価値部門,インタラクティブサービス部門,コンテンツ価値最大化部門の3つを持つという感じか,もちろんどれかに特化することも選択肢としてはある。2)は黙っていてもネットポータル系が参入してくる領域なので,最初からアライアンスで共同で取り組む,もしくは本当に合併して展開することもあるだろう。

放送のWeb2.0化は可能か
さらにその先を見据えた時に,インターネットで起きているWeb2.0的な動きは当然放送の世界にも影響は与えるだろう。
何よりも膨大な番組コンテンツをロングテールとして捉え,活用することがあげられる。著作権の問題は儲かる前提で解決するとして,何億人もの人間の様々なニーズに応えることができ,これまでのコンテンツとのマッチングができるのであれば,コンテンツ価値の再利用性は高い。これまでのリリースウィンドウを中心とした2次利用の発想から顧客ニーズに基づいた価値利用発想への転換は重要である。具体的には番組の内容にタグを付け,グーグルのように検索エンジンで番組の細かい内容について検索でき,さらにWeb2.0的に利用者側からソーシャルブックマークのように番組についての整理や感想やお勧めからコンテンツにリンクを張るモデルができれば,コンテンツ価値はかなり高まるだろう(あるある大辞典とか全部タグついて検索できて,ソーシャルブックマークできたら,あるあるのアーカイブはかなりの値段で食品系の企業に年間契約で販売できかなり面白いビジネスになるはず!)。これが先ほどの価値で言うところの「G 顧客と生み出すコンテクスト価値」で今後もっとも重要な価値になるだろう。
また,放送中や番組を見ながらチャットしたり,解説をつけたり,番組コンテンツから派生するコンテンツも同様に顧客と共同で生み出す新しい価値であろう。一度見た映画でも,様々なタイプの人の独特の視点で解説やコメントがついていたらそれはそれで新しいコンテンツとして楽しめることになる。
さらには編集権を利用者に委ね,様々なコンテンツを集め,再編集することまで許せば,顧客側がコンテンツ制作にも立ち入ることになる。すでに「ノマ猫」などのFlashムービーにその原型を見ることができるが,提供されたコンテンツリソースをユーザー側で加工し,それを発信することはまさにWeb2.0の考え方そのものである。しかし,ここまで許すことは,悪意のある改悪や質の低いコンテンツの氾濫などコンテンツ制作のポリシーや放送の考え方から極度に逸脱するため,拒絶反応は大きいだろう。

しかし,「コンテンツを配信する」というだけでは,人々の可処分時間の奪い合いに過ぎなく,限られた宣伝費の奪い合いになることが予想される。顧客とともに価値創造し,ニーズを把握,創造することで,従来のCMというモデルから企業のマーケティング全般までビジネスを広げた新しい市場創造のモデルとして2兆円から10兆円を越える市場へと広がる可能性が見えてくるのではないだろうか。

2005年12月7日水曜日

ローカルサーチが生み出すマイクロビジネスの可能性 -地域情報化のあらたなるアプローチ-

(2005年12月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)


○グーグル登場のインパクト
グーグルが次から次へ繰り出すサービスが話題になっている。今やマイクロソフトの最大のライバルと目されるグーグルはかつてのネットスケープやAOLというアプリケーションやISP,コンテンツサービスを提供する企業と異なり,莫大な知識情報の流通業として,世界中のあらゆる情報の流通ハブとなりつつある。そしてその集積させた情報と検索された情報をマッチングすることで,これまで情報の非対称性が大きかったことで起きていたパレートの法則と呼ばれる「商品は2割の売れ筋が全体の利益の8割を稼ぐ」という法則を壊し始め,「ロングテール理論」と呼ばれる今まで死に筋に近かった8割(ABC分析などでグラフにすると長い尾のようになるのでロングテールと言われている)の商品でもビジネスが成り立つようになってきている。例えばグーグルにはアドワーズという広告商品があり,自分の商品に関係するキーワードを成果報酬で購入できるのであるが,たった1万円の予算でも地方の小さな鯖寿司や仏壇などがインターネットで検索した人からの注文で商売が成り立つ効果を出している。
これはグーグルのような検索エンジンが情報流通の最適化を実現したことでマイクロビジネスが集積することでビジネスになることを示している。
そうしたグーグルがさらに大きなインパクトを持って提供を始めたサービスが世界中の地図情報を提供するグーグルマップとそれを応用したグーグルローカル(http://local.google.co.jp/)である。これまで一部の特別な企業でしか利用できないと思っていた地図や衛星写真を,誰もが自分の机の上のパソコンで簡単に利用できるようになったことだけでも驚きであったが,それがAPIとして公開され,インターネット上で誰もが自分のサービスやアプリケーションに利用できるようになっていることがより大きな衝撃を与えた。実際日本の企業やベンチャーがこれを自社のサービスに取り込んで活用したサービスをすでに提供し始めている。これまでGIS地理情報システム)というのは膨大なデータベースを構築するため大変なコストと時間がかかるものであったが,インターネットらしく多くの人々がGoogleの用意したプラットフォームで参加し合いながら構築していくというアプローチがあり得ることを現実的なものとして示してくれたと言えるだろう。同じくGoogleGooglePrint(http://print.google.com/googleprint/library.html)という図書館の書籍をデジタルデータ化し,検索できるサービスも提供し始めているが,これらのグーグルが行っている動きは従来は官公庁なり第三セクターが担うという発想が中心であったと思われる。しかし外国の一民間企業が日本でもサービスをできてしまっている事実が,新しいインターネット時代の情報流通プラットフォームの作り方の発想転換に大きな目を開かせてくれている。

○地域経済活性化のためのローカルサーチ
地域の小さな企業がグーグルのような検索エンジンのおかげで大都市圏の人達にビジネスができる環境はすでに生まれているが,グーグルローカルのような地図データと組み合わせたサービスの利用はやはり地元中心であると言えるだろう。地域にどのような資源があり,どんなサービスがあるのか,ひとつひとつは小さくても集積することで利用効果もあがり,ビジネスのスケールも生まれるのがロングテールの時代である。A9(http://yp.a9.com/)というアマゾンが提供している検索エンジンでは全米主要都市の街の通りのデータも蓄積しており,目的の会社を探すとその通りに他にどんなビジネスがあるか,風景はどうなのかを知ることもできる。国内にもベースになりうるデータはすでに存在している。タウンページが提供しているiタウンページ(http://itp.ne.jp/)は実に8000もの業種から検索することが可能で,「からし蓮根」など地域密着の特産と呼ばれるようなビジネスから街の中華料理屋までも調べることができる。確かにもともと紙の電話帳時代から地域のライフライン情報がのっており,引越屋とか鍵屋などマイクロビジネスの人々には重要なメディア(一番最初のページや目立つところ奪うために社名をAやアにしたりある意味SEOもやっていた)であったわけでインターネットにのることでその活用可能性は数倍にもなっていると言えるだろう。
このようにローカルデータは新しい地域の公共財と言え,ひとつのサービスだけでなく,これらを様々なに利用できる形で環境整備することは産業振興の観点からも重要である。しかし,これまでも税金や補助金などで創られた活用されない死蔵しているデータベースは全国に多数存在している。これからはプラットフォームになりうる公共財の構築の仕方は民間企業と多くの地域ベンチャー,一般市民の協業により,官に可能な限り依存しない方法論が必要になる。  

大規模な工場誘致の時代が去った今,多くの小さなマイクロビジネスを多数生み出すためにも図書館に本を集積させるのでなく,インターネット上で様々な形で再利用可能な状態で地域情報を集積させ,全ての人が様々なニーズで検索できる状態を構築することが知識社会における産業集積のモデルのベースと言えるのではないだろうか。