藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2004年7月28日水曜日

やっぱりeコマース?まだまだeコマース! -アントレプレナーにとって今こそ再認識すべきフィールド-

(2004年7月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)
ECは成長産業?
インターネットのビジネスを展開する上である意味最大の弱点は,その利用がどんなに盛り上がってもそれを世の中に実感させることが非常に困難なところであろう。どんなに大繁盛して急拡大しているネットショップでも,利用者がそれを実感することは現段階では難しい。一方,リアルな世界では街を歩いていれば,その店を利用するしないに関わらず,やたらに増えたシアトル系カフェを目にしたり,流行のデパ地下の買い物袋を下げている人を見たり,行列ができているラーメン屋を見ていればそれだけで伝わるものはある。しかしインターネット上ではどんなに繁盛しているお店があっても,扱っている商品や名前もURLも知らなければたどり着くのは難しく,ページを見てもそれだけではお客さんがたくさんいるのかどうかはわからない。
だからECが成長産業だと言われてもピンと来ない人の方がまだまだ多いだろう。しかし経産省などの調査結果では2003年は44300億円のB2C市場が存在し,前年から65%も増加しており,市場規模だけではカタログ通販市場を越える立派な成長産業である。しかし,それにも関わらずEC市場の実態は以前よりも見えにくくなっている。ITバブルの頃は様々な大企業のEC参入も話題になり,マスコミを賑わしていたが,最近はマスコミも楽天など一部の大手の派手な動きしか報道しない。ECの店舗を表彰する賞などもITバブルの崩壊で大手メディアのものは廃止され,草の根で行っているものがいくつか残っているような状況であり,成長マーケットにしては一時もてはやしすぎた反動のせいか,扱いは冷たいと言える。ドッグイヤーと言われるITビジネスの中で話題性や新鮮さもドッグイヤーな扱いなのであろう。

可視化と業態分けが必要なEC
さらに問題なのは実態を把握する統計データも非常に少ないところである。先ほどの経済産業省系の市場規模も推測データであり,これだけあらゆる動きがデジタル情報で存在しているにも関わらず,実は誰もその実態を正確に把握できていないというのも問題がある。確かにこれまでの産業のように監督官庁に護送船団方式で育成され,旧来のように業界団体を作ればすぐに統計データも整備されるが,自由競争の中で誰もが自由に創意工夫でやっているという意味でデータが把握しづらいということもあるだろう。しかし,各店舗の経営者からしてみると,自分のポジションが見えないのも辛い。例えばリアルな小売りでコンビニの店長さんであれば日販40万を売ればだいたい全国平均である。もちろん立地や店舗面積などで異なる部分はあるが80万も売ればかなりよい店舗ということになる。しかし一日300万売ろうとしたらコンビニという業態では難しく,スーパーなりもっと客単価が高い業態に変える必要がある。そうなると商圏も変わる。コンビニは半径300から400mの顧客をがっちり握るのが重要であるが,郊外型のGSMであれば商圏は数10Kmであり,隣の県からも車で買いに来る人はいるだろう。リアルな小売りの世界では自分の業態と立地で商圏が定まるため店長さんはだいたい自分達がどこを目指せばよいかがわかる。しかしECショップの店長さんは今の売上が自分の力として適正なのか,まだまだ足りないのか,実は大成功しているのか,自分がいくら売れば平均なのかもわからない。理論上はサイトをオープンした瞬間から全世界の人がアクセスしてくれるわけで,アマゾンコムと戦うぞ!という目標を立てたとしても確かに可能性は0%ではない。つまりそれはアマゾンコムと業態が同じだと認識しているところに問題があると言える。現実には売る商品や,仕入れ形態,利用しているシステム,マーケティングコストが異なれば当然,それに見合った「サイバー商圏」が存在するわけで,目には見えない商圏であるが,それを自ら設定する必要がある。現在の日本のECであれば月商で200万以下のマイクロショップ(だいたい全体の半数近くがこのぐらいのサイズ:インプレスのインターネット白書2004の調査結果より),200万から1000万の中規模ショップ(30-40%ぐらい),1000万から1億までの大規模ショップ(6-7%程度),月商1億以上のメガショップ(1%程度)などの段階で業態が異なると言えるだろう。マイクロショップは1人か2人で運営しているところが多く,楽天などの加盟店としてマーケティングコストもほとんどかけずに頑張っており,赤字の店舗も多い。リアルで言えば商店街のママパパストアの感じである。中規模ショップになればリピーターを大事にしながらもそれなりに新規の顧客を獲得していく必要があるので結構マーケティングも大変である。この段階からさらに商圏を拡大させるためにはそれなりに投資が必要なのでここを突破するのが一番難しい段階の壁と言えるだろう。大規模ショップになると複数のモールに出店して,広告費もそれなりにかけるようになり,顧客管理も重要になる。コンタクトセンターのようなものも必要になるだろう。そして,メガストアまで行くと大資本のブランドがすでに存在しているショップだったり,リアルでカタログやテレビ通販のビジネスを行っているプレーヤーのインターネットチャネルサイトなどであるので,設備含めて逆に既存のインフラを有効に使えるようになる。これらはまったく違うビジネスと言ってよく,コンビニと百貨店を同じに考えないように,ECの世界でもそろそろ別のものとして業態を分けて議論するようにするべきだろう。

○マイクロビジネスの集積としてのEC

2000年頃のインターネットブームが人々をけしかけた結果,多くのITベンチャーが死し累々になったのも事実であるが,一方で1万近いECショップが日本全国で多数生み出されたことは評価できるところではないだろうか。多くのECショップは事業規模がとても小さいマイクロビジネスであるが,今後日本の産業構造を考えた時に,多くの地方の駅前商店街が荒廃し,ロードサイドも大資本型のサービス業やFCなどに次々と置き換わり代わり映えのしない景色になっていく中で,新しい起業家精神の受け皿としてECというマイクロビジネスが生み出されたことの意味は大きい。多数の地方自治体もベンチャー育成を旗印にあげているが,急成長を求められるベンチャーはリスクの固まりであり,むしろ堅実なマイクロビジネスが多数出てくることもバランス的には重要なことである。中にはじり貧な家業を2代目がECとして業態転換しているような例も多く見られる。地域経済だけでなく,インターネットならではのモデルへの挑戦も立ち上げから数年を経て現実的なものとなってきている。産直モデルなども定着した感はあるが,フェアトレード運動(発展途上国の商品を適正な価格で取引する国際援助運動)などもECで展開されはじめており,こうした小さなマイクロビジネスが日本全国で多数集積されることで新しい産業としての固まりになっていく。そういう意味では集積を促した楽天などのモールの存在意義も大きかったのであろう。

期待される周辺ビジネスの登場
このように集積が進むとビジネスチャンスも広がる。これらのECショップを支援する新しい技術や周辺ビジネスも成り立つようになるからである。現在一番ホットなのはアフリエイトの仕組みである。ブログが流行していることもあり,お店のロイヤルカスタマーや,その商品分野のプチカリスマな人などに商品を薦めてもらい,そのまま販売代理をしてもらうモデルである。商品を購入した人の意見は購入を検討している人にも貴重な情報であるので,購入経験者の情報は価値になる。また販売代理をする人にとっても,自分の買い物自慢という自己表現ができた上でさらに,やり方次第で小銭稼ぎや本格的なビジネスにもなるので様々な販売代理のモデルや技術はこれからも登場するであろう。また今後必要なのは欲望を喚起する技術である。これまでのWebでの販売はある意味自動販売機のようなものであり,すでに欲しいという商品を決めている人にとっては便利なものであるが,まだまだデパ地下やウィンドウショッピングや,テレビショッピングのように思わず欲しくなってしまう仕掛けは弱い。タイムセールや,米国ではすでにチャットをしながら商品説明をするようなモデルなども少しずつ登場はしているが,インターネットならではのインタラクティブで臨場感のある技術の応用もっと期待される。同様にショッピングのエンターティメント性の追求もまだまだ足りていないだろう。米国で生まれたギャザリング(共同購買)も携帯のネットプライスなどで人気になっているが,買い物自体が楽しくゲーム感覚になる仕掛けもまだまだ開発の余地がある。ネットゲームとECの融合も興味深い分野であろう。

また消費者からのニーズとしては購買代理をしてくれるプレーヤーももっと出てきて欲しいところである。自分のことを理解してくれた上で,最適な商品や一番安い商品を探してくれたり,交渉してくれたり,安心感を与えてくれるなどの機能を果たしてくれれば,付加価値は高いはずである。現在のECではついつい生産者と消費者のダイレクトな感覚が新鮮でもあり,そちらが主流に見えてしまう部分もあるが,顧客ニーズとしては,インターネットだからこそ新しい価値のある中間サービス事業者が多数でてくることがさらに消費全体が活性化されると思われる。そういう意味では現在のショッピングモールというプラットフォームがそれらを用意するだけでなく,新しいプレーヤーがどんどんサービス化することが望ましい。楽天やYahooなどを見てしまうと,もはやモール主導でECはすでに寡占状態になっていると錯覚してしまう人も多いと思うが,彼らはプラットフォームビジネスのひとつの形態を提供しているだけであり,ECのモデルを全て握ってしまっているわけではない。まだまだ顧客の心をつかむ魅力的な店舗の参入チャンスは大きく,日本の起業家にとっては大きなフィールドであることは間違いない。リアルな世界で様々なカテゴリーキラーと呼ばれる新規参入者が既存のプレーヤーを脅かしたように,ECのビジネスはまだ赤ちゃんから子供になったばかりである。決して顧客ニーズが満たされているとは思えない現在のECではやるべきことはたくさんある。目の前に広がっている開拓されたばかりの市場が多くのアントレプレナーの挑戦を待っている。

2004年7月14日水曜日

コンテンツ産業的に見るプロ野球再生の考え方

(2004年7月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ITベンチャーライブドアによる近鉄球団買収提案が話題になっている。ライブドアもITを活用した球団の立て直しを提案しているようでありプロ野球ビジネスに一石を投じている。人気が衰えているとはいえ日本のプロ野球は依然としてキラーコンテンツである。マスメディアの取り上げ方もJリーグよりはまだはるかに大きいし,選手の知名度も大きい。コンテンツとして捉えた時にはまだまだ大きな可能性を持っているだろう。発足当時の鉄道,新聞などの業種が中心的なスポンサーだった頃に作られたビジネスモデル(沿線開発やメディア販売の価値付け)の転換点に来ている現在,コンテンツビジネスの現在の潮流から見た再生の考え方を提案したい。

コンテンツとしての緻密な評価
プロ野球も昔は大映や東映など映画会社もオーナー会社であった時代があったようだが,ある意味そのころの方がコンテンツという意識があったのかも知れない。現在は興行として球場の入場者数とテレビの視聴率という指標でしかビジネス的には判断されていないのではと筆者は考える。もっとコンテンツとしての評価を多様に行うところから球団経営は始めるべきではないだろうか。ハリウッドの映画も現在はかなり細かい調査の上で作られている。どの場面がよかったのか?どの選手のどんなプレーに感動したのか?どこがつまらなかったのか?それはどんなターゲットのファンに響くのか?毎試合ごとにリサーチを行うべきである。ライブドアが提案しているようにブログのようなツールで選手や監督のコメントに対する反応からも貴重なデータはとれるであろう。現在はインターネットによりリサーチはとても簡単になっている。監督は面白い試合よりは勝つために集中しているのだろうから,この役目は球団経営幹部である。ファンが望む試合をするために球団の運営ビジョンを明確にし,それにのっとった監督や選手を集めプレーさせるべきである。面白くするための努力は球場での奇抜なイベントではない。緻密な分析の上での細かい改善努力を行いコンテンツとしての魅力の確認をまず行うべきであろう。

コンテンツファンド手法の適用
コンテンツビジネスの大きな動きはファイナンスの多様化である。リスクを分散化するためにも運営資金を特定の事業会社の広告宣伝費に依存するのも時代遅れではないだろうか。何よりもファンという人々が存在しているのであるから,そのファンに投資してもらうファンドを作ることも可能ではないだろうか。何よりもファンはチームの発展を願っており,利回り額よりもチームがよい試合をし,結果的に成績がよくなることが嬉しいはずである。成績があがれば放映権,球場収入,関連グッズの売上が大きくなり配当額も期待でき,投資のメリットも倍増する。さらに権利として無料招待や選手とのイベント参加,インターネットでのコミュニケーションなどがあれば,それだけで満足するファンもいるはずである。そうしたファンからのファンドで球団運営の一部をまかなうことで,一部のオーナーが個人の所有物であるかのごとく振る舞う行為も無くなるだろう。ファンから球団の運営資金を募る考え方はプロ野球には適しているはずである。何よりも投資していればファンなのについつい球場から足が遠のいているファンも球場へ行く回数は増えるはずである。投資家と事業者との関係が利回りのことだけ考えることで,現在の資本市場が忘れかけている投資の本質がここにはあり,金儲けだけ考えるディトレーダーではない,本当の意味での投資対象に共感を持ち,現在のIRのような片方向ではない,コミュニケーションを行う個人投資家を育てるための,とてもいい土台にプロ野球がなる可能性を秘めているとも言えないだろうか。

アジア市場へのキラーコンテンツ

現在のオーナー会社の新聞,鉄道は国内産業であり,日本市場を中心にしか見ていない。しかし今後の日本の産業構造からすれば現在のアニメやJ-POPのようにアジア市場での付加価値の高いブランディングができるコンテンツはとても重要にある。例えば韓国,中国,台湾などとのアジアリーグが可能になり,日本選手が活躍すればその価値はとても大きいものがある。例えばSHINJOがアジアのスターになり,中国で10人に1人が知っている選手になったとしたらその価値はとてつもないものだろう。そうなれば家電メーカーや食料品メーカーはこぞって日本球団のスポンサーになりたがるだろうし,プロ野球の価値は大きなものになる。すでに大リーグのアジア選手増加やサッカーのレアルマドリードなどの戦略はそうしたアジア市場を見据えてのものだと言われている。
何よりも東京ドームの中継が中国に衛星もしくはインターネット中継されるようになれば,そのスポンサー枠の魅力は現在の巨人戦の比ではない。


内向きに既得権益を守ろうとする現在のプロ野球の球団関係者の姿は,まさに護送船団方式で来た多くの日本産業界そのものを見ているようである。現在の収益を守ることを考えていてもイノベーションは起きない。2倍,10倍にすることを発想した時,始めてイノベーションは起きる。プロ野球界に必要なのは,そうした外部の発想力に今こそ耳をかたむけることだろう。