藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2003年11月10日月曜日

IT時代のプライシング戦略 -価格のオープンソース化に備えろ!-

(2003年11月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)


デフレ時代に突入しても久しい。「価格破壊」という言葉はもはや当たり前のように使われており,280円の牛丼や100円ショップに言ってもちょっとやそっとで驚くことも少なくなった。しかし,慣れてしまった生活者に対し,一度激安価格の麻薬を使ってしまった企業は元には戻れない。急に付加価値を付けて高くするという戦術に切り替えてもマクドナルドのようにうまくは行かない。急にブランディングが大事だと叫んでもブランドはすぐに作れるものでもない。付加価値のある画期的な商品を開発しろと言ってもそんな簡単にできれば苦労しない。大多数の企業は絶え間ないコスト競争の中で疲弊感も感じ,逆戻りすることのないグローバリゼーションに恨み節を歌っている状況である。しかしITがもたらしているコミュニケーション革命はこの「プライシング」というデフレ時代の魔物に挑戦する戦略ツールとしての新しい可能性を与えようとしている。今回はIT時代のプライシング戦略について述べてみたい。

○訳あって安い
賢い生活者という言葉はよく使われる。確かに安いだけでは生活者もなびかない。安くて良い物を選ぶ選択眼を持っていると言われる。情報は洪水のごとく飛び交い,商品にまつわる情報は溢れている。かつて価格という強力な商品情報は情報が少ない時代においては選択時の重要な情報であった。「高いからいいものなのだろう」「安いからどこか問題があるに違いない」など,よく知らない商品を買うときは今でも少なからず価格は類推する上で重要なキーメッセージになっている。そして情報化時代になりさらに付随する情報によって,価格はより深く理解されるものになってきている。例えばユニクロでは「中国で大量に生産しているから安いのよね」という理解がされており,安さの理由を多くの顧客は理解している。スーパーの安売りにおいても大抵の主婦は「これは赤字覚悟で売って,他の商品買わせようとしているのよね」とわかりつつ,特売の一人2本までしか買うことにできない牛乳を2本だけ,しかも一緒に連れてきた子供にももう2本買わせるときには少し後ろめたさを感じている(はず?)。さらに賢い生活者はディスカウントショップの目玉商品にも「どこかで最近潰れた会社の在庫を現金で叩き買ってきたんだな」などと深読みする人もいるだろう(さすがに少ないだろうが)。このような状況で共通しているのは「安い理由を理解した」上での購買行動であるということである。逆に理解不能な価格の場合は「大丈夫なんだろうか?」「どうしてこんな価格が?」と不安感や不信感を生み出すことになる。そういう意味ではデフレ時代の価格破壊で成功した多くの企業は「こんなに安くできるビジネスの仕組みを作れた優れた企業」という情報を生活者に伝達できていたことになる。もちろん,マーケティングの基本である4Pの他の要素の本質的なプロダクトやサービス,販売チャネル,プロモーションに問題が生じればこの優位性はすぐに消失することも事実ではある。しかし,価格という記号がより膨大な情報量を秘めていることも事実であり,IT時代においては企業と顧客との間のコミュニケーションがダイレクトに容易になった状況においては,より価格を納得させる,もしくは生産者のカリスマ性など,価格差はあまり重要な要素でなくしてしまうような情報を伝えることが可能になってきている。例えば最近注目されているトレーサビリティはその商品の生い立ちから,今自分の手の中に来るまでにどのような旅をしたのかを顧客が知ることができるようになった。とても自然を愛する脱サラした農家が苦労して築いた畑で,有機肥料で,1年の月日をかけて栽培され,直接スーパーのトラックで8時間前に運ばれ,近くの工場でパックに詰められ,1時間前にこの商品棚に並んだ。ということが知ることができる。RFID(電子タグ)が普及すれば,自分の携帯電話で目の前のワインがどんな歴史を持っていて,日本のソムリエ達がどんな評価を下しているのかまで知ることも可能になる。そして何故か半額であり,その理由が温度管理を誤って,30度を一日だけ体験してしまっていることなどを知ることもできるだろう。
価格自体が重要な記号であり,類推の手がかりだった時代は終わりをつげている。価格とその意味まで知ることができ,そして恐らくその先には「利益を得ている理由」つまり適正な利益であることを伝えることが,重要な戦略になるだろう。情報公開の究極の姿はいくらで仕入れ,従業員達にいくら払い,在庫リスクがどのくらいあり,株主にも満足のいく配当をした上でのこの価格であることを伝えることができるかである。それは納得感という顧客満足の基本を満たすことを可能にする。これまで随所に見られた「少しでも高く売りつけようとしているのではないか?」「こんな価格じゃ赤字だよ。。。」という売り手と買い手の永遠のすれ違いも解消されるのだろうか。

ユビキタスの中で変化する価格
大多数の顧客が納得いかないものにバーゲンセールがある。ついこの間買った商品がバーゲンで半額で売っている。。。この事実を知ってしまった場合多くの顧客は衝撃のあまり言葉を失う。前述のようにその絡繰りを知ることで多少の気休めにはなるが,そうならないようにそもそも仕組みを作ってくれればよいという思いになる。航空業界はその先輩格である。同じ場所に行くのに,座席の広さと料理だけでとんでもない価格差の商品を作り出したり,予定変更ができるから高い,直前に空いていた場合だけ乗れるけど安いなど,隣の人は実は自分の半額の料金でのっている可能性があるばらばらの価格であるが,それでも納得のいく仕組みを作り出している。つまり需要と供給のバランスを適正化し,稼働率を少しでも高めることが大事であることを顧客にも理解させている。そしてITはこの飛行機の世界を様々な分野に広げることを可能にしている。今や急な出張の時には旅の窓口を利用しているビジネスマンも多いと思うが,直前の空いた部屋をホテル側が大放出することで定価で買う必要性はかなり減った。インターネットはリアルタイムでの情報の交換を可能にしたことで,稼働率を高めることを可能にしている。そして,さらに時間と場所の制約を取り払い,ユビキタスにいつでもどこでもコミュニケーションが可能になった状況では,がらがらの映画館が周辺5Km以内を歩いている人に半額にするから来てねという呼び込みを携帯の画面で行ったり,暇なロードサイドレストランが自分の店に近づいている30分以内に到着しそうな車のITSにデザートサービスを伝えたりすることができるようになろうとしている。つまり価格は顧客の受け取る価値と提供する企業側のコスト状況によってダイナミックに変わるべきものである。しかし多くの企業はそれにかかる膨大なコスト(夕方のスーパーの売れ残った総菜の頻繁な値札の張替には脱帽するが)と顧客の混乱を避けるために価格変動はなるべく少なくすることを常識だと思っていたわけであり,行政も価格を許認可でしばることで消費者保護であるとしてきた分野が多数ある。しかしユビキタスに情報伝達する手段を買い手と売り手が手に入れた世界では価格は価値の変化に応じて瞬間に変化することを許すことになり,顧客に新しい価値を提供することを可能にする。もちろん定価という目安は残るだろうが,ダイナミックな変化に対応できる価格戦略は重要な要素になることが間違いないだろう。

○価格を決めるのはあなたです
例えばあなたが絵を買う状況にあったとする。すでに亡くなっており,絵が売れないと生活に困る人もいない無名な画家が書いた一枚の絵画(保管コストもかかっていない)を見て,欲しいと思った時にあなたは製造コストも流通コストも考えることなく純粋に自分がそれをいくらで欲しいと思うか,自分にとっての価値で価格を決めることだろう。つまり値段はその人が買いたい価格そのものだと言えるだろう。この「一物多価」はひとつの真実であるだろう。つまり価格というものはその人の感じる価値によって決まるのがもっとも自然な姿である。しかし,工業化社会は商品の原価をベースに一律の価格を広め,価格の主導権は製造側の企業側にあることを普通にした。音楽は絵画と同じように聞く人によって感じる価値は異なるはずなのに,何故かどんな音楽もパッケージの工業製品になってしまったが故に同じような価格を与えられてしまった不幸な財となった。また経済学の基本にあるように市場の需要と供給によっても価格は決まっていくはずであるが,不透明な業界ではとてもそうとは思えない状況も多々存在する。しかしどんなにメーカーが定価を守ろうとしても,真実のニーズが情報として市場をオープンに一瞬にかけめぐるようになることで価格は人々の価値とニーズを反映するものに近づく。例えば近年で言えば中古車取引もITによって,透明性が高まり,実際のニーズが見えやすくなった業界のひとつだろう。カカクコムのように,価格情報というものを広くオープンに流通させることにより,透明性を助けることをビジネスとするサービスも登場してきている。
またさらに,C2Cのインターネットオークションように生活者と生活者が直接取引できるような市場がITによって生み出されたことによって,価格の決定権は再び生活者が取り戻すことができるようになってきたと言えるだろう。Yahooオークションで今日現在取引されている価格が現在,生活者達の真実の価値であり,事実である。新品より高い値段を付けているものも多数あるが,それはそれだけの価値があるものであり,従来は行き場もなく価格を維持するためにひそかに処分されていたような商品も便利なインターネットオークション上には多数流入してきて,大量に在庫処分されていたりするが,それはあり得ない定価だったことがよくわかる。
インターネット上ではさらに共同購買と言う,みんな集まって安くしようというような買い方も普通になってきている。これは提供者側のメリットも理解した上で,自分たちが価格を決める行為に参加することができているひとつのユニークなモデルである。一物多価であることを再認識し,オークションや共同購買のように価格を決める行為に関与することは「価格を決めたのは自分である」といことを認識でき,納得感の高い購買につながるだろう。

価格のオープンソース化
このように,ITは企業のプライシングに大きなインパクトを与えることになる。まとめると
・コスト構造など価格に関する情報公開が容易になる
・究極の単品管理によりプロダクト自身が自分の情報を持ち,自らの価値を語り始める
・ユビキタス化の中で顧客の状況,企業側の事情がコミュニケーションされ,価格はダイナミックに変化するものになる
・リアルタイムで価格を決めことができる
・デジタル財は工業製品から開放され完全な一物多価になる
・オープンな取引市場があらゆる分野で拡大する
・価格形成の仕組みに顧客が直接参加できるようになる
などにより,価格という情報の中身を誰もが知ることができ,誰も支配不能で,自らが参加可能になるというある意味「オープンソース」化される世界が訪れることになる。
もちろん従来のミクロ経済の理論としての美しい完全な競争市場になるわけではなく,不完全な競争市場で有り続けることも事実であろう。しかし情報の非対称性により需要と在庫管理のコントロールが不可能だった領域や価格弾力性のとても高い商品などは価格をオープンソース化することで事業環境やビジネスモデルに劇的なインパクトを与えることが可能になるだろう。逆に言えば価格硬直が進みすぎている業界ほど,影響は大きいと予想され,そこには大きな金塊が眠っているのかもしれない。価格を支配しようとする価格戦略は終わりの時を告げる。自らの商品やサービスに対する本質的価値に自信を持ち,プライシングは生活者とのコミュニケーションの中に委ねるという価値観への転換が必要になるだろう。

2003年10月30日木曜日

第二次ITバブルにしないための3つの視点

(2003年10月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ここのところの株価の回復,ヤフーの一部上場などの中で再びIT・ネット系の企業の株価が高値をつけている。新規上場時の株価も高値がついており,ITバブルの再来かという声もではじめている。もちろん景気の回復と2000年頃のバブル破裂からの復活としてはとてもよいことであるが,再びITバブルの過ちを犯さないためにも,ITがもたらしている大きな産業構造全体の変化の中での市場参加者の学習効果と意識改革,制度の拡充が重要である。

ルールが未整備であることの再認識
ジャスダックから一部上場に鞍替えし,すでにエスタブリッシュな会社になりつつあるヤフーでさえ,そのビジネスモデルの変化は激しい。広告モデル中心からオークション手数料,BBの販売手数料などへの収益の配分変化は急激に進んでおり,今後の成長シナリオを正確に見通せるアナリストもいないだろうし,一般投資家においてはさらに難しい話である。楽天のビジネスモデルも従来の加盟店の出店料から従量制モデル中心になり,さらには買収した事業を統合したモデルへの変化が始まっている。同じ株式市場に参加していたとしても鉄鋼業界や外食産業のように,理解しやすいビジネスルールの下に機能している企業と同列に考える段階には無い。むしろ収益モデルであるビジネスモデルは変化し続け,その前提のメカニズムである市場のビジネスルールでさえ,定まっていない。だからこそ大化けの可能性に過剰な期待が集まるという側面もあるが,ネット系のビジネスにおいて上場しているからすでに安定・安心は存在しないことを投資家は再認識する必要がある。まだまだ部分最適での収益が多く,本質的な産業構造の全体最適化で生み出される果実による収益はこれからである。アナリストもいたずらに短期の収益期待をあおり,部分最適に邁進させるだけでなく,本質的な全体最適を業界全体に促すような提言を行うことを期待したい。

投資家と経営陣のコミュニケーションの必要性
近年はIRに対する認識の高まりでWebなどを活用した情報公開は非常に積極的に行われている。しかし,投資家側からのコミュニケーションチャネルは非常に少なく,一部の掲示板などでの望ましく無い発言などが目立つ状況でもある。しかし,投資家がどのようなスタンスで株を保有しているのかは経営者も知りたいはずである。「長期の成長」「短期の高配当」「ポートフォリオの一部で個別企業のビジョンに興味なし」「いわゆるディトレーダー」などがどんな割合なのか,それお共有できるだけで状況は大きく変わるだろう。マーケティングの世界では自社商品の利用目的や満足度などを把握することは当たり前であるが,株式の世界ではまだまだ立ち後れている。むしろ知らない方がよいという雰囲気すらある。そもそも自分が買おうとしている企業の株を保有している他の人たちがどんな意識で持っているのかという情報は,投資の際の重要な判断基準にもなるだろう。短期の高株価を期待していたところ,大多数が企業のビジョンや考え方に共感して投資をしているようないわゆるサポーターの長期保有者であることがわかれば,うかつにそういう買い方はしないだろう。また経営陣の戦略立案においても重要である。今や株主総会で何時間も質問を受け付けることで「我が社はシャンシャン総会ではない!」などと開かれた企業であるかのような発言を行うことは大いなる錯覚である。ITによるコミュニケーション革命の時代を牽引する企業達が率先して古い慣習を破壊するべきである。

非公開企業への資金提供手段の拡充

ベンチャー企業がIPOの道を選ぶ最大の理由は資金調達であることは明かである。信用や人材の確保など付随的なメリットは大きいが,適切なタイミングで資金を入手するために,まずはIPOのシナリオを書く経営者も多い。しかし,IPOすることは一方で持続的な高成長を求められるために,無理な戦略シナリオを書かざるをえない状況もある。心のどこかで「目論見書の通りになるわけは無いが,IPOしてから考えるか」という気持ちがある経営者も少ないないだろう。ある意味では投資家に対しても無責任であるし,不幸な状況である。無理な公開・上場企業を増やさないためにも未公開企業の資金調達の多様化の道を作ることが一方で重要である。グリーンシートや私募債,エンジェルファンドなどIPO以外に資金調達の方法論が広がるのであれば,IPOに適した企業が市場に登場することで,市場の信頼を失うような企業の登場を減らすことができる。そのためにも税制改正など非公開企業にも焦点をあてた制度の整備も一段と進めることを忘れてはいけない。

2003年9月7日日曜日

企業内ブログのすすめ

(2003年9月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ブログが流行している。簡単に捉えるとWeb上で簡単に個人が情報発信をする仕組みであるが,面倒なHP作成の必要がない,携帯と相性がよいなどなどの理由で急速に広がりを見せている。その捉え方は実に様々であり「マイクロジャーナリズム「日本人の日記文化の進化系」「インターネットのコンテンツの主役交代」など様々な意見がでている。すでにベンチャー企業なども登場しており,新しいムーブメントとして盛り上がりを見せているが,ビジネスモデルが見えていないなど,ビジネスとしての広がりに対してはまだ疑問を持つ人も多い。オープンなインターネット上のブログについては筆者もカメラ付き携帯などユビキタスなデバイスがますます広がりを見せている中でモブログ(モバイルのブログ)など,C2C型のモデルとして,面白い世界になることを期待しているが,もう一つの別の捉え方としては特定コミュニティ内のクローズなブログの世界があると考えている。中でも筆者が着目しているのは企業内のナレッジマネジメントへの影響についてである。これまでナレッジマネジメントは暗黙知を可能な限り形式知し,それをITにより効率的に蓄積,管理していくという世界で進んできた。一般的には優秀な営業マンのノウハウを共有化することや,顧客の声をビジネスに反映することレベルで終わっていることが多いが,企業そのものの製造力や販売力などの力の根元が,知識資本にあるという発想に立つようになってから,ビジネス現場における価値のある知識がどのように生まれ,流通し,共有され,新しい知識になり,企業文化に昇華され,製品・サービスに影響を与えるのかを重視し,こうした知識ベースで組織を組み立て,ビジネスプロセスを見直すことも始まっている。こうした状況の中では,各種の報告書,レポート,会議,顧客への企画提案というある程度形式知化された知識情報だけでなく,これらのベースになりこれまでそぎ落とされてきた,従来の暗黙知よりは流通可能なレゴのブロックのような知識情報を活用できるかどうかが重要な企業戦略になっていると考える。

もちろんこれまでも企業はメーリングリストやBBSを多数活用してきているが,従来のそのようなツールは「会議」というメタファが多く,ある意味ネットワーク上の公の場所という位置づけであった。そのため運用ルールが存在するが,誤解からの喧嘩が多発したり,特定の個人のキャラクターに流れが左右されるなども問題も多く,荒れたり,発言が続かなかったりすることも多発していた。その点ブログはあくまで個人の情報発信ツールであり,個人の感じたこと,興味をもったことを気軽に発信することができる。また最近はトラックバック機能などが充実しているツールがあり,他人の感想や情報のリンクが可能であり,情報同士をつなげ合い,新しい「気づき」を生み出すことも可能となる。実際我々がビジネスのアイデアを思いつくのは,街を歩いて,観察したある人の行動だったり,お客さんと世間話をしていて出てきた言葉だったり,電車の女子高生の会話だったり,本を読んでいた時だったりそんな瞬間である。毎日の何気ない出来事や思いつきを他人と共有可能な形にできるツールとしてのブログは企業での活用というステージに登場することで,ナレッジマネジメントの世界に新しいブレークスルーを生み出すことにつながるのではないだろうか。

2003年9月3日水曜日

社会の新しいアーキテクチャ「C2C」

(2003年9月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

巨大化するC2Cモデル

インターネットがビジネスで電話やFAXに変わるコミュニケーション手段であることはもはや誰も疑う余地はなく,今日においてはインターネット通販で物がたくさん売れたとしても,それ自体新聞で記事として取り上げられることもなく,当たり前の日常活動になっている。我々がこれまで行ってきた様々なコミュニケーションが自然な形でサイバースペース上に展開されており,かつてのリアルとサイバーを区分けする感覚も生活者レベルで薄れてきていると言えるだろう。
しかし,そうしたコミュニケーションの代替活動としてのインターネット利用が1vs1の電話やFAXの代替だったり,主にB2CB2Bと呼ばれるような企業と顧客や団体と参加者,もしくは企業同士なのに対し,平行して進む大きな潮流は「C2C」と呼ばれるネット上に存在する無数の「生活者と生活者」,「コミュニティと個人」という従来には存在しえなかったようなコミュニケーション活動であり,情報交換したり,取引したり,出会ったり,デジタルコンテンツをやりとりし,その活動は社会的にも大きな影響を与える状況になってきている。筆者はC2Cモデルとしては,現在の事象としてネットオークション,掲示板,出会い系サイト,P2P4つのケースが該当すると考えている。まずネットオークションであるが世界最大手のebayでは毎日1600万を超えるアイテムが取引されている。日本の最大手のYahooオークションでもすでに440万件もの商品が出品され,1日平均12.3億(20036月平均)の取り扱いがあり,毎日のように膨大な数の取引が行われている。このネットオークションの場合Yahooはあくまでも仲介業者であり,原則は参加者同士が個別に取引をしている。取引量は事業会社の販売チャネルとしてB2Cの利用も多いが,参加している人数から言うと圧倒的に個人の数が多く,小売りが絡まない個人と個人のC2Cの取引が急激に増加を見せていることがわかる。
次に2chをはじめとする掲示板やblog,コミュニティも「メディア化」している。従来のマスメディアのように編集され,権威づけされた情報発信とは異なる形で,個人の情報発信が多数行われ,交換されている。今やマスメディアの人間さえも,2chの情報をひとつのソースにしているという現状もあり,従来口コミという形で片づけられていた情報交換と流通の形が巨大化してきている。
そして出会い系サイトはビジネスとして無数に登場してきている。個人と個人が出会いを求めるという形で,友達から結婚相手まで幅広い出会いがネット上で生み出され,ネット上での課金の難しさを語る人々が呆然とするくらい仲介事業者に次々とお金が払われている。
最後にP2Pと呼ばれるモデルは技術的な側面からもユニークである。ファイル交換技術がベースとなって,個人のパソコン同士がネットワークされる形で様々なデジタルコンテンツが交換されており,世界中のインターネット上で流通されているデータトラフィックのかなりの部分を占めるまでになっているという。
これらの4つのケースに共通するのは,コミュニケーションを仲介する主体やプログラムが存在するものの,アーキテクチャとしては個人と個人が直接コミュニケーションすることでビジネスモデルやサービスを生み出していることである。これらの活動はこれまで一部のマスメディアや公共の場での掲示板やフリーマーケットを活用する程度が限界であり,個人のコストではNvsNに広げていく限界が存在したがインターネットの登場がその壁を破壊したために,代替ではなく,封印されていたニーズが爆発するかのごとく広まっていると言えるだろう。

C2Cの歪みと効用

こうしたC2C型モデルの広がりは代替需要ではないが故に,従来のビジネス慣習や法体系の想定範囲を越えており,かなりの歪みも引き起こしている。例えばオークションは個人と個人なので信用創造がしにくく,詐欺まがいやトラブルも発生している。またメーカーや小売りの価格統制の及ばぬ世界であり,まさに利用者同士が勝手に価格を決めているため商品は状況により市販の販売価格よりも高くも安くもなり,まさに時価となっている。
2chでは匿名で誰でも発言できるという性格から,根拠の無い噂や特定個人や企業の誹謗中傷が多数行われている。ある種の嫌がらせ行為も可能であり,管理人に対する起訴も後をたたない。
出会い系は未成年の利用を中心とした様々なトラブルや事件が社会問題化している。
P2Pは音楽や映画など多くのデジタルコンテンツの著作物が個人の利用の範囲を超えて流通する状況を生み出している。
これらはいずれも被害者を生んでいるという意味では大きな問題であるが,一方では大きな効用があることも事実である。
オークションは非常にオープンで透明な市場を創出し,さらにリサイクルという循環型社会を支える仕組みにもなっている。2chでは,不正の告発や消費者の声が社会に届く仕組みになっており,情報操作は不可能である。出会い系は地域のコミュニティが希薄化していく中で,地域や所属している組織によらない新しい交流の可能性を拡大させている。P2Pはデジタルコンテンツの流通と価値創造において,大きな可能性を示している。
このように効用と歪みはまさに紙一重であり,新しいパラダイムが故に現時点の社会システムとは大きな不整合をおこしており,未来の可能性よりも現実の問題の方に人々の目がいってしまっているのが実情と言えるだろう。

新しい社会システムのアーキテクチャとしての捉え方の必要性

これらの問題に対する対応は,現在の法体系などで捉えられる個別の範囲で検討されている。例えばオークションは古物営業法の改正という形で詐欺や盗品の売買を防止する動きである。出会い系は未成年者の保護のための仕組みを仲介者に義務づける法案化などが進んでいる。いずれも,これまで想定されていないことがITの進化によって引き起こされているという理解はあるが,技術の進化が予測できない以上目の前でおきている課題を解決するパッチ的な対応に終わっている。これに対する対応としては社会として大きな方向性として社会システムのアーキテクチャの中心に個人と個人がベースとなる仕組みを捉えることが重要になると筆者は考える。特に日本は国家の管理や経済活動の効率性の意味でも現実解として,個人よりもまとまった組織を単位とした管理を志向してきている。個人よりも家族,会社,中小企業よりも大企業の方が管理は行いやすい。実際現段階での対応はC2Cの中間に存在する仲介事業者に監督責任をもたせようとしている。それは仲介者が事業者であることから管理しやすいという従来型のアーキテクチャによる発想である。しかし,

・仲介者が全ての行動を的確に補足することが難しい。
仲介機能がプログラムやシステムであり,運営管理主体が明確でない場合がある。
・仲介者が個人の場合がある。
・技術革新が激しいため,仲介者の定義が難しい。
仲介者は広く全世界に存在できる。

という現実から仲介者を管理するだけはC2Cのモデルを全て管理することは不可能である。実際には可能な限り参加する個人の自律と責任と義務という課題を解決する必要にせまられ,誰もが敏感になる国家や社会による個人の管理という問題を避けて通ることができなくなる(実際にITがそれを可能にするという現実も含め)。

広がりゆくC2Cのために

C2Cモデルがさらに顕著に広がることは間違いない。特に以下のようなポイントが影響要因になっていくだろう。
ユビキタス化
個人をエンパワーメントする技術であるが故にパーソナライズされた情報機器はますますその方向性を加速させることになる。広帯域で常時接続された携帯端末はC2Cのベースとなる。
エージェント化
P2Pのソフトウェアもますます高度化されている。個人のニーズや意志をくみ取り,ネットワーク上で自律的に活動するプログラムはC2Cのビジネスを加速させる要因になる。出会い系で自分の好みをサーチするプログラムやオークションの自動管理プログラムなどはすぐに登場することは間違いない。
サイバースペースの増加
オンラインゲームも急速に普及しているが,現在のようにゲーム中心から,ひとつの社会的コミュニティとしての利用が拡大すると,オンラインゲームの中のサイバースペースで個人と個人が交流や取引を行う機会が拡大する。
リテラシーの向上
コミュニケーションがデジタルデータ中心で,サイバースペースのみのコミュニケーションも抵抗がない世代の増加は既存のコミュニケーションや商慣習の枠を越えた形態を受け入れることに抵抗がないため,C2Cモデルのメリットを素直に選択するだろう。
価値観の変化
循環型社会という大きな方向性の中ではリサイクル意識,大量生産・大量消費への反発などは価値観の根底に流れることが予想され,企業対生活者という枠組み以外の社会活動が支持されていく方向にあると予想される。

このように確実に広がることが予想される中で,以下のような視点での対応と捉え方がもとめられると筆者は考える。

1) 免疫型管理メカニズムの導入
前述した通り,C2Cモデルの普及は個人単位での管理の必要にせまられる。従来型の国家管理に対するアレルギーや問題を回避するためにも,中央集権でない,自律分散型の免疫型の管理システムが求められる。司法制度に全面的に依存する形からNGOや民間事業者による紛争解決の仕組み(米国にはADRという方法もある)を構築することもC2C型のモデルにおいては有効な方法になるのではと考える。あるオンラインゲームの中で起きた個人間のトラブルを全て裁判所に持ち込むよりは,オンラインゲームの中に独自の紛争解決ルールを構築することの方が利にかなっていると考えられる。

2)自律した個人としての教育
C2Cのアーキテクチャの中では個人という単位が重要な活動単位であり,道路交通上における運転手と同様の責任が発生する。個人としての責任ある行動を行うための教育は初等段階からおいて重要である。ITのリテラシー教育とあわせる形でC2C型のモデルに適用できる意識教育が非常に重要になることは間違いない。例えば子供を社会の荒波を避けて親が隔離しながら育てることもサイバースペースへの入り口が溢れる時代には残念ながら困難なことであろう。未成年者も一人の個としてサイバースペースに容易にアクセスする(むしろ積極的にアクセスさせてあげる)ことを前提にした教育が必要になる。

2) C2C型経済政策の必要性
経済活動の多くがC2C型になっていく中では,経済主体はますますミクロになっていく。現在でもオークションで収益をあげている個人を事業者としてみるのかどうかは税務署の中でも微妙な問題となっているようである。税金の補足単位や経済指標も従来型のモデルでは限界が訪れる。消費者を保護するという概念も変更を余儀なくさせられる。製造者が複雑な流通・利用課程を管理するためにもトレーサビリティの技術は必要となるだろう。そして何よりも著作権をベースとしたビジネスモデルは全面的な作り直しが求められるだろう。「工業製品をB2Cで流通させる」モデルから「デジタルコンテンツがC2Cで流通できる」モデルへと次元そのものがいくつも変わってしまうのだから。

このようにC2Cモデルという大きなアーキテクチャの浸透は社会システムに多大なインパクトを与える。コンピュータサイエンス,法学,社会学,経済学など学際的に,多様な領域の人が部分的な事象として捉えるのではなく,大きな社会システムとしての国家的取り組みが望まれるレベルの話なのではないかと筆者は考える。この流れは政治や資本主義という社会の根元的なメカニズムにも最終的には変化を与えるはずであり,IT立国の真のチャレンジに違いないはずだからである。

2003年6月23日月曜日

IP電話の普及から始まるマルチメディア時代の夢「IPサービス産業」の幕開け




(2003年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

○マルチメディアブームのきっかけは実はADSL技術!



1990年代前半のマルチメディアという言葉が流行りだした時の象徴的なサービスとして一番理解されやすいのがVOD(ビデオオンデマンド)であった。
家に居ながらにして,テレビで好きな番組コンテンツを好きな時に見ることができる。技術的にはもはや何の問題も無いこのサービスはコンテンツからインフラまでのトータルな要求水準が高いため,現在でも一部でしかまだ実現はされておらず,かつて米国でもCATV会社などが巨額の設備投資を行って実験サービスを行ったが,採算性が悪く実現にはいたっていない。実はこのVODが最初に注目を浴びたのは92年にADSLという技術が登場し,電話線を利用することで映像を流すことが可能になったことを受け,当時FCC米連邦通信委員会)が電話会社に対して映像配信を許可するという判断を下したことから始まった(当時はビデオダイヤルトーンと呼ばれた)。当時はCATV会社と地域系電話会社の競争を以下に適正にするかが米国の情報通信政策の中心的課題であり,その中に突然現れたのがこのADSLであった。このことが電話会社が放送事業を行うことの可能性を開き,通信と放送がいよいよ融合するという意味を世界が感じ始めることとなる。そして93年から世界はマルチメディアブームに突入する。

IPサービス産業の時代

あれから10年。マルチメディアはインターネットと移動体通信の普及を軸に進んできたが,そのきっかけともなったADSLは今アジアの韓国と日本のインターネットインフラの中心となり,日本では世界で一番高速で安いインターネット環境を実現するベースとなった。
そしてその普及し始めたADSLは確かに映像コンテンツを多数の人々に提供し始めているが,まだ放送そのものが乗ってきている状況ではない。しかし,確実に従来の通信サービスに大きな影響を及ぼしている分野がある。それが「電話」である。IP電話と呼ばれるADSLを利用して電話を利用する技術は,従来の電話会社が提供していた,電話機と交換機を専用の回線で提供していたものから,電話の導線だけをADSL用に借りるだけであとはIP網さえあれば簡単に実現できるようになった。日本で最大のADSL提供事業者であるYahooBBが提供する BBフォンは5月末ですでに235万件の電話サービスを提供しており,この数字は住宅用の加入電話契約数の6%まで達してきている。

このことは重要な動きの始まりを意味する。かつて,マルチメディアブームの時代は特に米国でCATV網や電話網などの上で各事業者が自前で様々な通信放送のマルチメディアサービスを実現しようとしたが,それは端末,アプリケーション,交換設備,回線などを全て専用に開発する必要に迫られ,その膨大な投資の前に挫折していたわけであり,高速で常時接続な真のインターネットが普及した時にこそ,従来異なるインフラで,ばらばらに提供されてきていた電話やテレビ電話,テレビ放送,VODなどのあらゆるマルチメディアサービスをインターネットの上にIPベースのプロトコルでサービス提供できる「IPサービス産業」に統合していく時代の到来を意味する。

実際のところIP電話は電話会社に膨大な減収をもたらす。何しろこれまでの高い交換機や巨大な電話網を維持するための様々な人員のコストを維持してきた電話の基本料や通話料収入は,ADSLサービスに導線を貸している収入だけになってしまう。すでに電話加入者は携帯電話の影響もあり減少に転じている。電話の次世代になるはずだったISDNも加入は減っている(本当はNTTB-ISDNという光ファイバーを利用したISDNで全てのマルチメディアサービスを実現するはずだった)。しかし,このIPサービス化への動きは電話会社も避けて通ることのできない現実であり,日本の通信会社は積極的にIP電話を提供し,既存の電話サービスの減収を覚悟してでも,IPサービス事業者への転換を目指している。このことは電話というライフラインでユニバーサルなサービスがついにIPサービスに移行する道を歩み始めたわけで,いよいよインターネットが110番の緊急通報(IP電話においてはまだ課題のひとつにはなっている)も含めた本当の社会基盤として認められる時期がいよいよ来たと言えるだろう。

○「IPサービス産業」を発展させるための産業構造の水平分業

このように電話会社が大規模なリストラも避けられないかもしれないIPサービスにはどんな明るい未来があるのだろうか。答えは簡単である。インフラやIPのアクセスを持たなくても誰もが簡単にIPを利用したコミュニケーションの新しいビジネスに参入できる時代が来ることである。例えば電話サービスに3者通話という付加サービスがあるが,インターネットではとても簡単に作ることができそうなこのサービスが,電話会社の場合はとても高額な交換機に特殊なソフトウェアを仕込む必要があり,膨大なコストがかかっていた。つまり,何か新しいアイデアでサービスを提要しようにも,従来は膨大なコストと手間と電話会社の判断と規制という壁の前に空想で終わっていたのである。
このIPサービス産業は一社が全ての投資を行うのではなく,水平的に様々なプレーヤーが自分のサービスの範囲で頑張ることを前提にしている。例えばそれぞれ握る価値のモデルで筆者が整理すると以下のように5つに分類できる。

1.コンテンツ価値(会話や映像,コンテンツ等)
2.サービス価値(インテリジェントなエージェント機能などを提供してくれる)
3.顧客価値(自分を理解してくれている,個人情報を委ねている,お金を支払う)
4.接続価値(ワイヤレスやxDSL技術など様々な方法でIP接続を提供してくれる)
5.インフラ価値(ダークファイバーなど通信回線を提供してくれる)

5のインフラは設備投資も大きく,地域ごとに事情も異なる,シビルミニマムな考え方も必要であり,税金の活用も含め公的な考え方も考慮する必要がある。4の接続価値は技術革新も早く,無線の世界も動きがダイナミックであり民間ベースのベンチャーも多数登場してくるだろう。何より重要なのは3の顧客価値をにぎるプレーヤーである。利用者はこのプレーヤーのブランドや信頼性に自分の個人情報を預けたり,お金を払うことになる。このプレーヤーが確立されることで,2の様々な付加価値サービスを提供する事業者や1のコンテンツを提供する事業者のビジネスが自前の顧客管理や決済の仕組みを整える必要がなくなり,円滑にビジネスが成り立つことになる。

例えば現在はYahooBBは 5NTTから借りて2,3,4を提供している事業者であり,大手のISP4だけを提供しているADSL事業者の上で2,3のサービスを提供している。
またNTT地域会社は独自に地域フレッツサービスを提供し,子会社でISPを提供しているので2,3,4,5を提供していることになる。NTTコミュニケーションズはISPHotSpotなどもやっているので2,3,4を提供している。

NTT地域フレッツ 2,3,4,5
NTTコム     2,3,4
Yahoo      2,3,4
ISP       2,3

課金可能性を高める「050番号」はIP電話サービスの鍵

こうした中,今秋にはIP電話にも新しい電話番号体系「050」が付与される予定である。この番号はIP電話事業者が付与することになるが,携帯電話番号のように引越したりしても事業者が変わらなければ変更はないので,限りなくパーソナルな番号になる。この番号の持つ意味は大きい。もちろんこの番号がIPサービスを提供する上でIDのように利用できる意味合いも大きいが何より電話番号には「お金を払う」という意識が利用者側に存在しており,固定電話にしても,携帯電話にしても対価を払って利用するサービスである。これまでPC上でIPベースのサービスの最大の課題は無料系のサービスが多かったこともあり,課金意識をもたせることが難しかった。今後のIPサービスがきちんと対価を払ってもらえるサービスになるためにもこの050番号は重要なものだと考える。

現在のサービスと対価価値
・電話・・・・・・・・・・・電話という通話の価値でキャリアにお金を払う
・携帯電話のメール・・・・・ひとつひとつのメールパケットとしてキャリアかISPにお金を払う
・携帯電話の着メロ・・・・・着メロコンテンツとしてキャリア経由でサービス事業者にお金を払う
PCのブロードバンドメール・・・・いつでもメールができる価値としてISPにお金を払う
PC上のチャット・・・・・・ブロードバンド価値のおまけでお金を払う習慣がない

そこで筆者はIP電話の普及シナリオを以下のように想定した。前述した通りIPサービス産業発展のためにはシナリオ3になることがもっとも望ましいシナリオである。

○シナリオ1 電話のまま進化
050が電話の延長として認知され,端末も専用機中心に電話サービスとして広がり,あくまで電話サービスとして費用を回収。当然付加サービスへの展開は難しい。
利益率の悪いサービスとして事業者の淘汰再編はすぐにおこる。
決済など顧客価値をにぎるプレーヤーは放送,流通,サービス事業者など分散し,コンテンツビジネスなどは引き続き,ばらばらに伸びていく。

○シナリオ2 PCサービスのように進化
050はメールアドレスのような存在になる。無料に近い形で電話も提供され,
電話会社は接続価値で回線ビジネスが中心であり,大きく縮小。決済など顧客価値をにぎるプレーヤーは放送,流通,サービス事業者など分散し,コンテンツビジネスなどは引き続き,ばらばらに伸びていく。

○シナリオ3 携帯スタイルで進化
050は新しいIDとして認識され,広くIPサービス利用のベースになる。電話会社が顧客価値をしっかり握り,付加サービスやコンテンツが費用回収することができ,放送ビジネスも回収代行を電話会社に依存するようになり様々なプレーヤーが参入し,IPサービスが多様化する。

生活者から見ると3の顧客価値を提供してくれるところが050番号を与えてくれて,後は2の付加価値サービスや,4IPへのアクセス方法は自由に選べる形が望ましいが,当面はISPなど2,3,4セットでの提供は仕方がないだろう。しかし新しいコミュニケーションモデルを作るのためには,付加価値サービスを生み出す2単独のプレーヤーを活性化しながら多数登場させるかが重要である。
そして,もうひとつやはりNTT地域会社から5のインフラ会社は分離独立させ,2,3,4の各プレーヤーが自然な形で育っていくことが,日本のIPサービス産業が自由にのびのびと発展していくためには望ましいことであると考える。もちろんインフラと分離されたNTT地域会社も34を提供するサービス会社の一部になることで収益をあげることは十分可能であると考える。

IPサービス産業発展のために

従来のIT産業というと半導体からCGコンテンツまで,とても幅広い概念で語られているためとてもわかりにくくなっているが,YahooBBのおかげでまがりなりにも世界でトップクラスのブロードバンドIP網を構築できた今こそ,従来の情報通信産業中心にこの「IPサービス産業」という産業構造を創り上げ,国際競争力と国際市場でのイニシアティブを握り,発展させていくことが,最終的には生活者にも,端末をはじめ周辺機器メーカー,コンテンツクリエイターにもIPサービス産業の生態系に参画するあらゆるプレーヤーにとってall-winな形になるのではないだろうか。かつてマルチメディア時代に夢を見たあらゆるものがデジタル化され効率的に流通する世界が今ようやくIPサービスとして実現されようとしている。我々はこのチャンスを逃してはいけない。そのためにもIP電話はその第一歩として大きな意味を持つサービスになる。

2003年6月12日木曜日

e-Japan2 求められる「構想」から「戦略」的発想

(2003年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

e-Jpana2の中間報告は2001年に策定されたものに比べると格段に評価できるものになっていると言えるだろう。筆者が昨年7月に本欄で提言させていただいた「e-Japan戦略私案「日本の未来のためのIT戦略」(http://it.nikkei.co.jp/it/njh/njh.cfm?i=20020710s2000s2」にも近い方向性になっている。しかし,筆者は多くの人が評価している「生活者の視点」を重視しすぎた部分が逆に,「戦略」部分を失ってしまったと考える。つまり国家としてITをどう活用して,日本が世界の中でどのよう戦っていくかが,この報告書からは見えてこない。戦略とは国語辞典によると「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法(三省堂新辞林より引用)」とある。つまり戦うための方法論であり,その方法論により勝利に導かれることを国民が実感できなければ意味がない。
つまり,この報告書は「IT基本構想」としては高く評価できるものの,残念ながら「戦略」としては評価できない。
では戦略として捉えたときに現在日本が闘争しなければいけないこととは何であろうか?筆者は以下のようなことであると考える。

1.自由貿易圏の覇権争いもすすみ,メガコンペティションが加速し,経済的な国際競争の中における闘争
2.地球環境問題に代表される,大量消費,環境破壊社会からの脱皮という闘争
3.低成長・成熟社会でも豊かさを実感できる社会への構造改革という闘争
4.工業化社会から知識情報化社会への大転換への挑戦という闘争

生活者の視点はとても重要であり,今回のアプローチも高く評価できる部分であるが,報告書にある戦略思想でうたっているように生活者が本当に「元気・安心・感動・便利」を実感できる社会を実現するためには当然のごとく,上記の4つの闘争に勝ち抜くことが前提だと考える。そうでなければ生活者の豊かな生活は成立しない中では,どんなに生活者視点をアピールしてもそれは空虚な理想論であり,まったく意味をなさなくなる。何よりも勝ち抜くためにITはどう貢献できるのか?ここがIT戦略においてはもっとも重視される視点だと考える。

そのためには筆者は以下の5つの視点でITを活用する必要があると考える。

A 内需拡大で経済的活力を生み出すためのIT
B ITがより国際競争力を高めることに貢献できる分野
C 地球環境問題に貢献するIT
D 社会的非効率を是正するIT
E 新しい価値創造を行うことができるIT

筆者は戦略的に特に重要なのは以下の3つのパターンであると考える

E×A・・・・新しい価値創造で内需が拡大する
E×B・・・・新しい価値創造で国際競争力が高まる
E×A×B・・新しい価値創造で内需が生まれ,それが世界的な競争力のある産業に育つ

一方報告書にある先導的取り組みの分野を上記視点で整理すると以下のようになる。

医療・・・AD
食・・・・ABCD
生活・・・ABCDE
中小企業金融・・・ABE
知・・・・ABE
就労・労働・・・ABCDE
行政サービス・・ABD

そうすると今回は「生活」,「中小企業金融」「知」「就労・労働」の重みは他の分野よりも高いと考える。さらにここにはでてきていない重みの高い分野としては以下のようなものがあり,

コンテンツ産業・・・ABE
中小製造業・・・・・ABCDE
バイオ・ナノテク・・ABCE
地域マイクロビジネス・・ADE

上記分野はITが貢献する部分も大きく,戦略的重要性からも是非何かしらの形で報告書の中に盛り込んでもらいたいと思うところである。

またもうひとつAからEまでの視点を捉えたときにITが戦略的に貢献するために社会システムとしてのプラットフォームの整備が重要である。例えばITSGIS,金融の各種市場,旅行業界の統一予約プラットフォーム,広告取引市場など各種取引材のマーケットプレイスなどであるが,これは各種のネットワーク基盤とは異なる性質のものであり,報告書の中の「次世代情報通信基盤の整備」で同一で扱われているが,別途分離して,戦略的に民間や公的機関の整備が進むような施策を打ち出すことが望ましいと考える。これらプラットフォームが整備されることで生活が豊かになり,関連産業が広がり,全体システムとして世界的に輸出できる戦略商品になりうるからである。


今回はIT戦略として見ているが,根幹は日本がどのような国を目指すのかという大戦略があった上である。そういう意味ではその戦略がよく見えない中でどんなに優秀な委員の方々を招集しても,IT戦略が描かれることが無いのも無理もない。戦略という言葉を使う以上はもう一度日本がどのように社会的豊かさを実現していくのかを改めて描く必要があり,その戦略の中での日本の構造改革を議論する必要がある。明快な戦略の元であればITは構造改革の強力なエンジンとして使えるはずなのだから。