藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2002年6月3日月曜日

情報流通企業から情報資産管理企業への転換。NTTの戦略仮説私案

(2002年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました) 

日本の通信産業の雄であるNTTが苦しんでいる。1993年に商用インターネットサービスがスタートしてから10年を待たずして,通信インフラの本格的移行期を迎え,電話事業の利益があるうちに緩やかに構造転換をするというシナリオは崩れた。
携帯電話普及による地域会社の電話収入減に加え,利益のほとんどでないADSLが厳しい競争になり,FTTHの戦略も当初プランの大幅な見直しを迫られている。
しかし結果的に日本は品質と料金で世界トップクラスの通信インフラ国家になっており,この状況自体は決して悪いことではない。問題はNTTを始めとするキャリアがきちんと利益が出る企業へ変革ができるかどうかであり,それは日本の産業構造を知識集約型産業へ転換させる意味でも,重要なシナリオとなる。ここではNTTの再々編と戦略に関する大胆な筆者の私案を提言したい。

まず今後の通信サービスのレイヤー構造は以下のような形になっていくことが予想される。

新しい通信サービスのレイヤー構造
5)コンテンツサービス・・・コンテンツを作る,権利を保持する(映画会社,レコード会社)
4)情報流通サービス・・・コンテクストを作り,ブランド価値などで各種ネットワークサービス,付加価値を編集し提供する。(既存のISP,ポータル,地上波放送局等)
3)情報資産管理サービス・・・ストレージなどによる顧客のデジタル資産管理,コネクティビティをまとめて提供,ネットワークを通じた決済業務,個人の認証(既存のISP,ポータル,ネットバンク,マイクロソフト等)
2)コネクティビティサービス・・・無線やCATV,マンション内ネットワークなどからネットへのコネクティビティを提供する。ユビキタスへの入り口(ADSL会社,CATV会社,マンション管理会社,移動体通信会社,無線LAN会社等)
1)基本通信インフラ・・・ダークファイバー,設備提供(NTT,電力系,自治体等)

このレイヤーに沿って考えると現在のNTTグループはかなりの重複感が存在する。
図表 現在のNTTグループ


これを再整理すると以下のような構造が仮説として想定できる。(あくまで理想論であるため,東西地域会社以外の既存のNTTグループ企業を具体的にどうするかはここでは議論しないこととする)

図表 筆者の考える理想的なNTT


NTTは多くの通信会社に対し,ダークファイバー(通信線そのもの)と局舎設備を貸すという巨大ビジネスを展開している側面がある。かつて「0種事業者」という議論があったが,ここへ来てようやく自治体や国土交通省管轄の多くのダークファイバーを本格的に開放するという流れができたこともあり,こうした自治体からも通信設備を仕入れ,設備そのものを管理し,貸し出すというサービスの部分を分離し,「NTTインフラ」とする。KDDIと電力系の同様の部分を抜き出し,同様の設備レイヤーにおける対抗馬会社を設立することも望ましい。ユニバーサルサービスを維持するために過疎地域への公的な補助等はNTTインフラに対して行うことはあり得るだろう。各自治体が個別裁量で上位レイヤーの通信サービスを産業振興に利用する時にもNTTインフラと組むことで隅わけはやりやすくなる。

そして,上位レイヤーであるコネクティビティについては,新技術の登場とともに,当面は新しいコネクティビティサービスが次々と登場してくることが予想されるため,「競合A」のようなベンチャーが登場する余地を残すべきだろう。そして現在の地域電話会社のような企業を緩やかに変革させていくためには鍵となるのは次の「情報資産管理」レイヤーであると考える。筆者はここでキーとなるサービスは「ストレージ」と「決済」であると考える。今後のデジタル社会における個人の重要な資産は「デジタル化された情報資産」である。個人や企業がこれから抱える膨大なデジタルコンテンツ資産。その中には家族の写真や子供の成長記録から大事な友人のデータベース,書類まで幅広いデータが生まれる。それを一番信頼をおいて預ける企業は金融会社と同様に財務体質から安全管理までしっかりとした格付けのある企業が望ましいだろう。現在の地域東西会社の厳しい収入構造を変えるためには,銀行・証券のリテール戦略と同様に,まさに「資産管理」への大胆な転換が必要である。ある意味でこれまで我々個人の「アクセス」が公衆電話網に限られていた時代は選択肢がなく黙っていても普通預金や保険に誰もが入るのと同様な構造だった。しかし,金融商品が多様化するのと同様にアクセス手段も多様化した現段階で顧客の価値をにぎるのはまさに「顧客のデジタル資産」をどれだけにぎるかということになる。そしてその上で発生する様々な決済需要を想定すると通信事業者に「銀行業」への進出を認め,現在の東西地域会社がこれからのデジタル社会においてコネクティビティと金融の情報資産管理をバンドルした価値を提供していく「NTTアクセス」という業態を目指すことが望ましい。
そして現在NTTが標榜している「情報流通業」に近くなるのはむしろ既存のISPやポータルサイト,そして地上波放送局であり,独自の「ブランド」をベースに顧客へ様々な付加価値サービスを提供するプレイヤーとして存在するであろう。今後生活者は利用シーン別に複数の情報流通企業と付き合うと思われるが,Yahooのように競合Bとしてコネクティビティから情報流通までトータルにワンストップで顧客価値を握ろうとするプレイヤーも登場するだろう。これらと競争させるためにも情報資産と情報流通をバンドルしたモデル「NTTISP」と競合Cや情報流通とコンテンツをバンドルした「新NTT-BB」,競合Dは微妙に重なるが,コアコンピタンスとサービスの力点が異なるため,多様なコンテンツサービスと多様な流通サービスを生みだせる土壌としていくためにも,当面ある種の競争環境におくことが望ましいと考える。
以上かなり大胆な私案であるが,米国や欧州,アジアのどの地域よりも知識集約型産業としてITを活用した新しい社会を目指すのであれば,これぐらい思い切った通信(だけではないが)政策/経営を行うことこそ,真の国家ビジョンと言えるのではないだろうか。