藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2004年6月9日水曜日

ITがもたらすイノベーション活性化型産業政策の方法論確立の必要性  -Winnyが示唆するもの

(2004年4月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

Winnyが教えてくれるIT産業への課題
開発者が逮捕されたWinny問題は我々に大きな示唆を与えてくれた。もちろん今回の事件特有の様々な問題点はあるものの,ITを活用したビジネスに携わる多くの人にとって,共通の問題があらためて浮かび上がったのではないかと筆者は考える。今回の事件で以下の3点については確認されたと言えるだろう。

A 既存の経済活動や社会活動上,困る人々が存在している。
B現行法の解釈ではこのようなツールを開発して広める行為は犯罪行為にあたる。
C 新しい「コンテンツ流通」の仕組みの可能性を秘めている。

今回の逮捕については賛成の意見を述べている人はABが根拠であり,反対の意見の人はCの立場にたっている。
多くのITがもたらす新しい技術革新はcのコンテンツ流通のところを別の言葉に置き換えればだいたいは以下のプロセスを経る。

1) A+B < C の状態にあり,この段階では一部の研究者やイノベーターが騒いでいるだけで社会的影響度が少ないため,法制度的にグレーな状態でも特に問題が無く利用が進むことになる。

2) A+B > C になると,これは問題であるという社会的コンセンサスが高まり,厳格な法制度の適用がスタートする。特に未成年への影響,打撃を受ける企業の数が一定レベルを超える,マスメディアも騒ぎだし,官庁に対してもクレームが多数はいるようになる。

しかしCの状況が変化し,

D ビジネスモデルが明確になり,大きな市場規模が生まれ,雇用が創出される。   
 Aで被害者だった人もCのモデルへ移行する。

という状態に変われば適切な法改正も行われ

3) Aという状況になる。

ITを利用した新しいイノベーションを起こすために必要な政策は1)から3)の状態に持って行くために2)の状態を乗り越えることに他ならない。2)が発生しない,もしくは小さいものはどんどん普及する。電子メールも郵便には影響を与えたであろうが普及した。携帯電話も電磁波や自動車事故などの問題はあるものの,運用上の改善の方で普及を妨げるような動きはなかった。オークションや出会い系については,一定の範囲の犯罪という問題(オークションについては一部の古物商業界は打撃を受けたと思われるが)となり,警察と業界の相互の努力により,一定の法改正の中でビジネス的なイノベーションは進んでいると言えるだろう。しかし,P2Pの問題は著作権法をベースにした音楽,映画などの幅広い業界が影響を受けるため2)の状態を乗り越えるところが現在難しくなっている。無線ICタグにしてもプライバシーの問題から2)の状態が懸念される状況である。

○日本におけるイノベーションの活性化の重要性
 国際的にも成熟したポジションを占める日本において,国際競争力を高めるためには,積極的なビジネスイノベーションを多数産みだし,自ら付加価値をとるポジションを築いていくことであるというのはひとつのコンセンサスになっていると筆者は考える。だとすると,日本に必要なものはこうしたイノベーションを活性化させるための産業政策であり,方法論を確立していくことが競争力の源泉のひとつになる。こうした現象はIT産業に関わらずFTAを目の前にした農業においても共通する問題ではあり,日本は現実的には多数の既得権益を持つ企業や主体が存在しているとイノベーションに対する抵抗勢力の力はとてつもなく大きいのが実情であろう。しかし,ITの分野では今後も顕著に発生する問題であることは間違いなく,お隣韓国はITの分野で積極的にイノベーションを推進している。日本の次世代産業として期待される情報家電分野でもそこから新しいアプリケーションが様々に花開くためにも早急に社会が多くのイノベーションを許容し,適切に新しいモデルへ移行することを推奨する仕組み構築することは喫緊のテーマと言えるだろう。

○求められる社会実験的アプローチ
具体的な方法論として,経済特区はひとつのアプローチと言える。現在の経済特区は地域を限定しているが,サイバースペース上では地域を限定することは難しいため,このモデルを応用し,利用者を限定,全体の産業規模を限定など地域では無い限定範囲を設定できるようなモデルも是非試みたいところである。
特に今回の逮捕が法制度の適用範囲を厳しくしている意味でも,法制度の柔軟な運用体制も必要である。特に技術革新が激しい中では新規に立案する制度に関しては原則時限立法として,時間軸の中でも適切なタイミングで運用できるような形に変えるべきであろう。違法になるものもレベルがあり,国民の生命に危険が及ぶものと,特定企業が損害を被るものでは対応方策は異なるべきである。この際の市場の監督者は非常に難しい判断を迫られるが,官庁中心だけでなく,第三者機関の活用もこうした監督では積極的に行うことが望ましい。
また,セーフティネット政策も必要である。新しいビジネスモデルにより,一時的にも収益源が崩れていくようなプレーヤーが存在する場合,かつて国家としてエネルギー政策を石炭から石油へ,そして原子力へ移行したように,既存のモデルに依存するプレーヤーに対する一定の補助なりで,新しいモデルへの移行の推奨とその抵抗を抑える政策も必要になる。著作権のようにビジネスモデルの土台が劇的に変わるようなものは市場原理にまかせていても4半期で株主から突き上げをくらっているような経営者が意志決定するはずもないため,市場全体の利益の最適化につながるとは限らない。やはり,どこかのタイミングで業界全体がチャレンジしやすくなり,背中を押してあげるような政策が求められるだろう。
 日本がIT立国を標榜し,勝負しようというコンセンサスが国全体でちゃんと存在しているのであれば,他の国がやらないことをやる,もしくはやらせる勇気が必要である。何もしなければIT分野の様々な挑戦は法律違反になり(ドンキホーテもそうでしたね)警察や司法はルール通りにしか動かないだろう。

まず行政改革担当大臣の肩書きをイノベーション推進大臣に変え,規制緩和の数ではなく,イノベーションへの挑戦の数でマニフェストを作成するのはどうであろうか。

2004年6月3日木曜日

検索エンジンの未来 – GoogleはHALになれるのか?-

(2004年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

 インターネットの中に存在したHAL
かつてコンピュータの理想的な未来はAI(人工知能)であり,わからないことはコンピュータに聞けば瞬時に答えてくれるようになるはずであった。映画「2001年宇宙の旅」に登場したHALは巨大な記憶装置らしきものに様々な知識を蓄えていたようであり,それをもとに宇宙船をコントロールしていた。2004年に生きる我々は残念ながら映画の予測と異なりHALレベルのAIは手に入れていないが,パソコンのブラウザの入力フォームに知りたいキーワードを入れれば,おおよその知識は瞬時に手に入れることができるようになった。HALほど賢くもなく,記憶容量も大きく無いPCで,HALも知らないような今日地球のどこかの街でおきた事件も知ることができるようになったことは,ある意味人類の想像を超えたとも言えるかもしれない。ひとつのコンピュータを人間の頭脳に近づけるアプローチは難航したが,全人類の知識を少しずつインターネットという巨大な分散コンピュータの中にちりばめるということには我々成功した。今やインターネット上の知識は日々膨大な量が増加し,変化し続け,どんな巨大なメモリにもハードディスクにも納めることはもはや不可能であろう。インターネットは全人類が共有できる巨大な頭脳になったと言っても過言ではない。そしてその巨大な頭脳との間のインターフェイスとして「検索エンジン」はもはや必要不可欠であり,その存在無しではインターネットもここまで利用が進まなかったという意味で,その役割は今後ますます重要になるのではないかと考える。

○日本における検索エンジンビジネスの歴史
検索エンジンの歴史はWebの普及とともにあった。1994年になり日本でもWebサイトが毎日少しずつ増えつつあった頃,Webサイトをディレクトリ化していたNTTのページ(当時はNTTディレクトリという名前でボランティア的な運営であった)はすでにポータル化しており,日本で一番アクセスが多いサイトのひとつであったことは間違いない。やがてCSJ(サイバースペースジャパン)のようなベンチャーが登場し,Yahoo!も日本でスタート,ディレクトリ型の検索エンジンにバナー広告を付けるという形でビジネスがスタートした。しかし,インターネット上のWebサイトの増加が指数関数的な伸びを見せる中で人力が中心のディレクトリ型の限界も見え始め,それまで一部の技術的な試みであったOpenTextAltavistaなど現在主流のロボット探索型の検索エンジンに注目が集まり, Infoseek,Exciteなど現在のポータルサイトのベースになるサイトが次々と立ち上がった。しかし,初期のエンジンはアルゴリズムが単純であったため,サイト数がさらに増加し,アダルトサイトなどが検索エンジンにわざとひっかかるような仕掛けを始めると,検索結果が必ずしも適切でないものが増えてくるようになり,自分が探しているページを見つけるのにとても時間がかかるというような状況も現れた。多くのポータルは検索よりもコンテンツ充実の方に力をいれ,利用者の集客はコンテンツの魅力の方にシフトしようという方向が一般的になりはじめた。
そうした中で1998年に登場したのがGoogleである。Googleは膨大な量のインデックスデータを処理し,最適な検索結果を得られるアルゴリズムを実装し,従来よりも格段に望んだ結果が表示されるようになった。2000年には日本語でのサービスもスタートし,ヤフーもGoogleをエンジンで利用するようになると,再びインターネット利用で検索エンジンを活用する人が増加するようになる。2002年からキーワード広告がスタートすると,検索結果と連動するビジネスモデルが確立し,ECサイトや各ポータルの戦略も検索エンジンの影響を大きく受けるようになる。SEOと呼ばれる検索エンジンに効率的にひっかかるようにするためのコンサルティングビジネスも急拡大してきた。

広告ビジネスかマッチングビジネスか
Yahooのトップページのバナーがとても高いのはテレビのゴールデンタイムの広告料金が高いのと理屈は同じである。インターネットに従来の広告モデルを当てはめたという意味ではバナー広告を開発した人は偉いかも知れない。しかし,同時に見たくもないバナーを見せられるという違和感を感じていた利用者も少なくないだろう。インターネットの場合はバナーを見た後に行動したかどうかがクリックスルーレイト(バナーを見て,押した率)などで把握できるために,広告効果が厳しく判断される。しかし,インターネットが一般化し,全体トラフィックが増える中でその率も低下していくため,インターネット広告を販売している人々はテレビと同じ間接的なブランディング効果を訴えるようになっていった。そうした中でスタートしたオーバチュアとGoogleが検索結果に連動する広告モデルは広告主からしたらとても嬉しいものであった。これまでも検索キーワードにあわせてバナーを変える(車と入れた人に車のバナー広告を見せるなど)という試みもあったが, 検索結果そのものもしくはその側に違和感の無い形で表示される広告は利用者から見たら,もはや広告では無く,自分の求めている情報のひとつとして捉えることができるようになった。従来ようにターゲットを絞り(男性,30代,都内在住,車所有,多分欲しくなる可能性あり!)広告をリーチさせていくモデルではなく,今まさにその情報を求めて行動を起こしている人(誰かわかんないけど,今すぐ欲しい!)に,リアルタイムで探している情報に近いサービスや商品を売り込めるわけであり,ここまで来ると広告というよりはマッチングビジネスに近い世界に入っていると言える。広告の価格もオークション方式なので,人気があるキーワードは高く,そうでなければリーズナブルに購入できる。当然,これまでのポータルサイトも大きく戦略を変えてきているYahoo!はオーバチュアを買収し,これまで利用してきたグーグルのエンジンの利用を中止し,これまで買収してきた様々なサーチエンジンの会社の技術を結集させた独自のエンジンに切り替えた。Googleも現在は10億ドル近い売上の95%は前述のアドワーズと呼ばれる検索ワードを買う広告が占めているが,情報配信やブログ,ソーシャルネットワーク,無償メールサービスなど検索エンジン以外のサービスも次々と追加し,株式公開も準備し,資金も調達することから,Yahoogoobleがポータルとしてついに全面対決をする構図が見えてきている。

○検索エンジンの未来
検索エンジンの発展はまさにポータルサイトの歴史でもあった。なぜ検索エンジンがポータルになるのかと言えば,見た目はWebページのひとつにしか過ぎないが,人間が膨大なWebの世界へアクセスするための最良のインターフェイスであるからに他ならない。今後はこのインターフェイスを最適化するための試みが鍵になると言える。これまではWeb側はHTMLとわずかな検索エンジン用の情報を提供するだけであった。それを力業で処理しているGoogleには頭が下がるばかりであるが,今後はその効率化のためにWeb側も意味を持つ情報を提供するようになるだろう。Web側からサイトの更新情報や伝えたい相手などを伝えることができるようになり,リアルタイムで検索結果に影響を与えるようになるだろう。現在でもRSSの機能を使い,実現しようとしているサービスも出てきているが,本質的にはXMLWebサービスのテクノロジーが主流になるのと期待される。まさにセマンティックwebという考え方検索主導で実現に近づくのかも知れない。そうすれば,自分のPCの中にある電子メールやPPTなどのデータもシームレスに検索できるようになり,生産性は非常に高まることが期待できる。
インターフェイスは人間側も大きく変化することが予想される。すでにYahoo!が行っているように個人のカスタマイズ化は最初に進むであろう。自分のこれまでの検索パターンなどを理解してもらうことでより精度の高い結果を出す試みはGoogleなどでも準備されているようだ。日本では日本語入力のATOKなどと連動してくれたりすると便利だろう。キーワード入力だけでなく,自然言語や対話型も出てくるのだろう。もうひとつの大きな変化は表示方法である。SEOビジネスが盛んな理由もキーワード連動の広告が指示される理由も大多数の人が検索結果の最初の数ページしか見ないというところにある。ひたすらGoogle1ページ目に表示されるように毎日命かけている職業が存在しているのも,つまるところページ方式で表示する現在の画面インターフェイスに依存している部分がとても大きい。しかし,膨大な量がひっかかった場合には,その分類や分布の把握などをしたいというニーズも当然のようにある。むしろみんなが知らないマイナーな情報を探している人もいる。こうした検索結果をビジュアルで表示したいというニーズはすでにでてきており,例えばGrokker(http://www.groxis.com/)という結果を自動的に体系化しマッピングしてくれるソフトまで登場してきている。筆者は個人的には3次元の本棚のインターフェイスでGoogleの結果が出てきてくれれば,それを見渡すだけで素晴らしいアイデアがいっぱい生まれそうな予感がする(図書館や本屋を歩き回っていると何気ない発見があったりするものだ)。冒頭で述べた通り,インターネットが人類の知の集積である以上,それを有効活用し,新しい知を創造するためにはまだまだ情報の出し方,見せ方には技術革新の余地が大きいと考えている。また携帯との連動も楽しみな分野である。街の中で自分の欲しい情報に瞬時にアクセスするニーズは大きく,ボイスXMLという技術があるが,音声でのインターフェイス対応も含めて期待したい。当然インターフェイスをいじると現在のトップにでるキーワード連動広告も形は変わらざるおえないと思うが,より利用者が望んでいることが把握できればマッチングビジネスの可能性は高まることになるだろう。そういう意味では大きな期待ができるビジネスモデルとしては課金モデルがある。顧客ニーズが把握されている以上,付加価値の高い役立つ情報をリアルタイムで提供する際に有料でお金を払うモデルが成り立つ可能性は高い。一回10円や100円というマイクロペイメントモデルが検索エンジンと組み合わせることで,検索結果の中にそのまま購入できる新聞記事,音楽,映像などのデジタルコンテンツが出てくれば購入率も非常に高いだろう。誰もが実現したかったモデルである,知識流通ビジネスにも大きく貢献することになるだろう。

このようにGoogleYahoo!の発展はインターネットをひとつの巨大なコンピュータにしていくプロセスと言えるだろう。どんどん複雑化する検索アルゴリズムはやがてHALのように自分の意志を持つようになる日がくるのだろうか。