藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2004年10月27日水曜日

ITサービスの行方 情報システム部門とSIベンダーの失われた15年

(2004年10月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

デジタル家電を含めてIT分野の景気はITバブルから完全に立ち直ったように見えている。しかしITサービス会社の業績は依然として伸び悩んでいるのが実状である。ある調査では業績が回復した企業でも,IT投資はこれまでと同程度と回答している企業も多く,これまで景気がよければ必ず伸びてきたIT投資の神話は崩れ,その投資の質は大きく変化してきている。これまでのようにITサービス会社に仕事が山のように飛び込んでくる状況にはなく,そこにはITビジネスの中核にいるはずの情報システム部門とSIベンダーに大きな構造変化が起きていることが見えてくる。それを語るためにもまずこの15年の激動の歴史を振り返る必要もあるだろう。

○それはダウンサイジングの嵐から始まった
思えば90年代に入ってから情報システム部門の担当者はもの凄い波の中で忙殺され続けてきた。それまでのホスト至上主義からオープン化,ダウンサイジングのかけ声でまるで魔女狩りのようにホスト追放運動が始まるとUNIXWindowsでのシステムが次々と導入され,これまでと180度異なる技術とカルチャーを体験することになる。さらに,「一人一台PC!」「SIS(戦略情報システム)!」などのかけ声のもとで情報系と呼ばれる投資対効果が見えにくいアプリケーションを次から次へと作ることになる。そうかと思うとEUC(エンドユーザーコンピューティング)という言葉が流行るようになり,「現場で簡単にアプリケーションを作れるようになったから情報システム部門は重要なものだけでよいよ」と言われ,やっと楽になると思いきや,「ごめんやはり幻想で無理だった」とまた仕事がわんさか戻ってくることになった。そんな状況でインターネットが登場し,さらに事態は混迷の一途をたどる。その横ではCRMERPだと脅迫状のような企画書が各ベンダーから山のように届く。経営者もITという言葉を知らない振りはできないため,形だけのCIOなどが任命され,上からのプレッシャーと投資対効果に対する説明を求める声も強くなる一方となる。しかし気が付けば,オープン化で全部を知る人はいないぐらいに複雑化した社内の情報システムは,膨大な数のアプリケーションと端末のカオスになっており,効率化されたはずの業務の横で管理や運用コストが増大し,TCOはますます悪化することとなった。おまけに2000年問題では作った人は誰も残っていない亡霊システムのせいで年末年始を失うことになり,コンピュータウイルスなどという甚だ迷惑千万なものが次々と蔓延し対応に大わらわ,顧客情報が漏れると真っ先にシステム部門が犯人扱いされる始末。。。
こうした激動の時代を経て今ふと見渡せばCOBOLからXMLまでスキルも知識もそこそこ身に付いており,社内もとりあえずは事足りるだけのシステムはそろっている。社員のリテラシーも向上し,使いこなしている業務や利用されていない業務なども大分見えてきた。ベンダーの提案書のいい加減さがよく見えるようになってきた今日この頃であることに気が付く。

SIは先端分野?
一方SI会社も立ち止まる余裕はなかった。大型ホストのハードウェアのもの凄い利益率のおまけでソフトを売ったり,作ったりしていたかわいい時代が終わった途端に,お金になるのはよかったけど巨大なアプリケーションを山のように作らなければいけない時代が来た。しかも,利用する技術も日々変化する。当然人材は慢性的に不足し,教育もマネジメントもまともに整備できない中で,どんどん人を集め,気休めの研修の後は右も左もわからない人もすぐ現場。現場は現場でクライアントの担当者は知識もなくよくわかっていない。契約先のシステム子会社の責任者は出向の人でクライアントにこびへつらうためMTGするたびに仕様変更なんかもよく発生。その下のSI会社の下に孫請け,ひ孫請け,何重にも契約された会社からモチベーションの低い人が頭数だけ揃えられている。そんな状況で何度も奇跡的にシステムは作られていった。当然あとからトラブル発生は日常茶飯事。動かないコンピュータの記事にのらないかひやひやの日々。ドキュメント整備も適当でノウハウも完全に人の頭の中で人から人へと職人のように伝えられていくのが伝統。しかしビジョンも戦略も無い組織に定着する人も少なく,育った人材はすぐ転職していく。最先端の業界のはずが中身はほとんど古い体質のゼネコンと同じなのが実態であった。しかし,金融業界の再編に伴うシステム統合も一段落し,大型案件が減る中で,ERPは外資の得意分野で,流通業界のPOSECやイントラネット,ナレッジマネジメントなどの分野では新しいベンチャーが台頭し,インドや中国でのオフショア開発が難しいという神話も崩壊するなど,仕事の多さの中で見えていなかったものが見えるようになってきて,気が付けば環境は厳しいものになっている今日この頃。

○開発至上主義の終演
このようにこの15年ほどはそろばん・電卓と台帳しかなかった日本企業の机の上にコンピュータを次々と導入し,人間が行っていた業務をどんどんシステム化するという情報化を,適用技術がコロコロ変わりながら行ってきた激動の時代であった。
しかし,もはや「技術が進化した」という脅迫は通用しなくなり,冷静に判断,見極めができる企業側にとって,情報システムは開発するものから,運用・活用を最適化する段階に入っている。そして膨大な人と時間をかけることが当たり前のようであった開発についても,Javaの普及などで長年の果たせぬ夢かと思われたソフトウェアのコンポーネント化・部品化が現実のものになりつつあり,従来3ヶ月かかるアプリケーション開発を15日で実現できるという先進的なベンチャーも登場してきており,生産性が劇的に向上しつつある。
ある意味従来の仕様書作成とプログラミング,テストというところにとられていた膨大な開発人員はどんどん不要になりつつあり,SEやプログラマーに求められるものも大きく変わって来ている。SEITの知識だけでは意味がなく業務知識があることが前提になり,プログラマーは短期間でプロトタイプを作るこ役割へのウェイトが高まるだろう。また従来技術でも十分な中で新しい技術を適用することが必ずしも適切とは限らない中では新しい技術を適切に評価することができる技術アナリストの役割も高まり,作ることより運用の重要性が高まる中ではシステム全体の運用後の総合評価を行う評価コンサルタントも重要になる。かつてソフトの規模が小さかった頃スーパープログラマーは自分の求めるソフトを頭で描き,それをたちまちアプリケーション化することができた。気に入らなければすぐに修正し,どんどん最適化することができた。しかし,いつからか規模が大きくなる中で分業化が進み,誰も全体像が見えないシステムとなり,修正にも時間がかかり,最適化も難しくなっていった。しかし例えば高度な金融商品の世界ではディーラーとクォンツアナリストとシステムエンジニアの3人がセットでアプリケーションを常に最適化する作業を行っていたりする。これはあたかも現在自動車製造の現場でもかつてのベルトコンベアは減り,セル生産方式という少数ユニットでの組み立てが主流になりつつある構図に似ている。規模が大きくなり分業化が進めば進ほど,全体を理解するものはいなくなり,細かいニーズの素早い変化には対応できなくなる。
今日ようやく高度に部品化されたソフトウェアの組み立てでアプリケーションが作れるようになることで,日々変化する業務にシステムを常にリアルタイムで最適化するようアプローチが可能になる。作ることが大変だから重要に見えていただけであり,活用することが本当に重要であることがようやく見えるようになってきたと言えるだろう。

コアコンピタンスとアウトソーシング
このように開発がもの凄く大変な時代は人を集めるのも,膨大な知識を集めることも自社では不可能に思えて当然である。結果としてアウトソーシングというシステムの開発,運用(設計までも!)全部まる投げするという発想も生まれた。しかし,開発の効率化が進み,ユビキタス環境も進展する中で,ビジネスプロセスそのものが次々とネットワークの中で提供されるようになるとITと業務の境界線は非常にあいまいになる。米国では今年の春にJPモルガン・チェースという銀行がIBMと結んでいた7年間総額50億ドルと呼ばれるアウトソーシング契約を解除した。この最大の理由はIBMのサービスに問題があるわけではなく,データを処理して,管理する行為そのものが今や銀行業そのものであり,「自社の長期的な成長や成功、そして株主のためには、社内技術インフラは自分たちで管理するのが最適だと考えている。」というコメントから見られるようにITは銀行のコアコンピタンスそのものであるという認識に至ったからである。日本でも大手のSI会社のCSKは証券会社を買収したが,その理由は証券会社は情報処理業そのものであり,今後証券業務のITを提案していくのに,業務そのものを知っていることが何よりも重要と考えるからであると幹部が語っている。Eビジネスが進み,オンライントレードやオンライン販売を始め,多くのビジネスがITの上で実現される今日では,ITだからアウトソーシングするという発想は減っていくだろう。むしろコアコンピタンスがITになっていけばITを本業とする会社が増えることになる。それはオンライン証券会社がITに関わる業務を丸投げすると本体に一体何が残るのだろう?と考えいただければ理解も早いだろう。

ITサービスの行方
コンピュータが登場した頃はハードと共通の処理の価値が強く大変高く貴重なものであった。そこでコンピュータを自社で導入できない企業は電話回線を経由して,時間で処理を買って利用していた時代がある。ある意味では必要な時だけ処理量に応じた費用を払っており非常にわかりやすい時代であった。ITサービスはこうした時代に戻る可能性も秘めている。現在BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)が注目されているが,企業はコアコンピタンスに特化し,後は必要な業務を必要な時にITを利用して容易に調達することが可能になろうとしている。ITバブルの頃は一度ASP(アプリケーションサービスプロバイダー)が注目されたが,ブロードバンドの普及,ユビキタス化の進展,ソフトウェアの部品化,Webサービスの実用化などで再度リアリティは急激に高まっている。そうした背景からシステム開発という巨大な重しを捨てたITサービス業界は以下の4つの企業タイプに分化していくと推測できる。

1. 部品提供企業・・・アプリケーションに必要な部品群をそろえ,提供していく企業
2. ASP/BPO・・・・部品を組み合わせ,アプリケーションや業務をサービスとして企業に対して提供していく企業
3. プラットフォーム・・・異なる企業間や顧客間などが行う様々なコミュニケーションを仲介し,処理するプラットフォームを提供する企業
4. BTプロバイダー・・・企業が抱えるビジネス上の課題に対してトータルなソリューションを提供する企業


BT(ビジネステクノロジー)IT(インフォメーションテクノロジー:情報技術)に加えてFT(フィナンシャルテクノロジー:金融技術)とMT(マネジメントテクノロジー:経営技術)を加えたビジネス推進上必要不可欠な技術で,これまでITサービス企業がみな標榜していた「ソリューションカンパニー」の真の姿である。企業側が求めているのはもはやITではなくBTによるソリューションである。多くの大手SI会社はコンサルティング機能を内包することで少しずつ近づいてはいるのであろうが,実現できなければ2や3に特化した業態に転換する必要があるだろう。もっともITサービスの看板をおろし,高度化したユーザー企業の情報システム部門に人材を派遣する人材派遣ビジネスであれば,仕事がなくなることはないだろうが。