藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2004年1月19日月曜日

知識流通ビジネスの夜明け ブログが銀行になる日

(2004年1月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

○工業製品のしもべとなった知識 
昨年ネット業界で大きく話題になったブログだが,日本でも大手のISPが次々とサービスを開始し始めており,今年も多くのブロガーがデビューすることになるだろう。こうしたブログ上にのる知識の量は膨大なものがある。基本的には個人HPと同じで玉石混淆の情報の集まりではあるが,HPの垣根が低くなり,高速常時接続でストレスが減ったことで,文章での発信能力のある人であれば誰でも情報発信ができるようになったことは大きい。Googleなどの検索エンジンでも最近はブログの情報が上位にあがるようになってきている。このように世の中の様々な知識情報がデジタル情報になってきている中で,これらを価値化し,ビジネスに繋げていくことは皆が考えていることであるが,現在のブログはまだ試行錯誤であり,現段階では明確な「ビジネスモデル」は見えていない。ISPが提供している場合は自社の顧客向けサービスとして顧客であれば無料で利用できるものが大半である。 
確かに知識をビジネスにするのは難しい。筆者も10年以上シンクタンク,コンサルティング業界に身を置いているが,シンクタンクのように社会への政策提言などは誰もが重要性を認めてくれるような知識だとしてもスポンサーがいなければなかなかビジネスとしてはやっていけない。コンサルティング業界も最後に費用を決める時は「知識」の価値ではなく,人月計算を行い「労働時間」で行うことがほとんどである。つまり頭脳労働のふりをしていても,実態は時間給で働いている労働集約産業と同じ構造である。これはシステム開発のSEの仕事でも顕著な傾向であるし,知識ビジネスの頂点と思われている弁護士ですら費用算定の基準は時間になっている。ソフトウェアや知財ビジネスも現在の産業分類では第三次産業と呼ばれるサービス業であり,労働時間をサービスする産業という範疇を越えていない。これまで知識の流通でビジネスするという意味では成功している代表的な方法論が「パッケージ化」という手法であった。書籍,CD,ソフトウェアなどは物理的な媒体に知識を刷り込み販売することで,工業製品に価値を転嫁し,第三次産業を第二次産業化するという方法をとった。そのため,大量生産と大量流通によるビジネスモデルが確立でき,そのおかげで知識情報だけで財をなす人が出てきたのも事実である。しかし,このモデルの欠陥は工業製品となってしまったが故に,本当に役立つ一言でも,無駄な1000ページでも価格が同じなど知識価値の差は出しにくくなってしまった。また在庫が存在するため,回転率よく売れる知識(商品)が何よりも優先される。もちろん中にはマイクロソフト社のように驚異の利益率で知識を販売する手法を確立する会社も出てきてはいる。 

○知識を価値ビジネスとして流通させる「はてな」 
インターネットの普及が見えてきた頃から,従来の工業製品のしもべにならずに知識を流通させることができるモデルの可能性を多くの人が夢見てきた。しかし高速常時接続環境は先に音楽や映像などの著作物を勝手にP2P型で流通させるという先鋭的な形を一気に顕在化させた。デジタル化された著作物の新しい流通モデルは既存のモデルとの整合性に苦闘しながら挑戦が続いている。現在はアップルのiTunesの成功による少額でのダウンロードモデルに注目が集まっているが,まだまだ様々な取り組みが行われるだろう。しかし筆者がもう一方で注目しているのは個人個人の知識を価値として貨幣経済とリンクさせる流通モデルである。例えばカナダの「blogging network」というブログでは一律徴収価値分配モデルを実践している。このブログでは全員の利用者から毎月6ドル近くを徴収しているが,その半分の3ドルはその人が見ていた他のブロガーに読んだ量に応じて分配されることになる。このモデルでは価値のあるブロガーの人により多く収入がもたらされる仕組みになっている。(この情報も有名ブログDashiblogからの引用)。 
日本で注目されるのは「はてな」という質問サイトである。質問サイトはこれまでも代表的なものに「OKWeb」があったが,こちらはポイント制で質問に答えてポイントを貯めると景品に変えられるなどのインセンティブの仕組みであったのに対して,はてなはそのままポイントを現金に換えることができる。はてなのポイントの仕組みは質問者がポイントを購入し,質問し,回答者の回答に応じて,質問者が手持ちのポイントを役に立った回答に振り分けるという仕組みになっている。つまり価値の大きさに応じて支払う価値を変えることもできる。中には質問しっぱなしやキャンセルの人もいるわけだが,それを防ぐために回答者は回答時に質問者が過去にどのくらい質問料を支払ったのかという評価を見ることができ,イタズラなどを防ぐ仕組みも装備している。またはてなはビジネス向けの会員もあり,月額の定額料を支払うといくつでも質問できるビジネスマン向けのサービスもある。 
はてなは当初は「人力検索エンジン」ということで,質問に関連するHPのアドレスを探すというコンセプトが強かった。より的確なHPを人間の力に頼ろうという考え方である。しかし,利用が増えた現在では,回答に出てくるURLはダミーで,答えそのものを書く人が増えているようである。このようにはてなは確実に利用者を増やし,ビジネス的にも成功していると言える状況になってきているようであるが,はてなには「はてなダイヤリー」という無料のブログも提供(オプションは有料)しており,これが利用者を増やす相乗効果を作っている。このダイヤリーの中ではキーワードは他人と共有できるようになっており,わからない言葉や知りたいことなどが他人の日記を読んでいるだけでも簡単に調べられるようになっている。筆者としてはいずれはてな本体とこのダイヤリーの有機的な統合でさらに貨幣経済とリンクした形で知識流通が広がることを期待したいところである。 

○インフォメーションアセット 

このはてなのような挑戦がベースとなり,ビジネスモデルが生まれはじめるとブログなどに広がった無数の知識情報はレゴのブロックのような存在になる。一つ一つは役に立たないように見えても,それらを価値のある形に組み立てたり,交換したりすることである一定の価値を持つ形式知を構成することが可能になる。つまり部品のような存在であると言えるだろう。検索エンジンはインターネット上の情報を検索するという価値だけで今でもビジネスにしているが,Googleなどが目指す究極の姿はより,自分に価値のある情報を探して,組み立てることができる仕組みなのではないだろか。このように価値を組み立てるような「バリューパッケジャー」と呼ばれる中間サービス事業者は今後増えることになるだろう。現に資本主義においてはこのように,お金や有価証券に価値を付けるビジネスとして銀行や証券会社などの金融業が重要な役割を担っている。今後,知識が価値を持つ知識社会が来るのであれば,お金に変換するのではなく,知識だけでもどんどん流通するようになる中で,金融業のように知識仲介事業者は現在の銀行のような役割を果たすのではないだろうか。例えばこれまで情報は消費されるだけのようなものであったのが,自分がたくさんの価値のある情報を積極的に生み出して,預けておくと,それが社会の付加価値になり,利子となって自分の財産に変わることもあるのではないだろうか。それは資本主義経済において銀行がお金を集めて,融資して,社会価値を作って利子を返す仕組みが,知識社会においても知識を集めて,役立てて利子を返すということと同じ役割のプレーヤーが登場することだと考えられる。そしてそのメカニズムを多くの人が理解すれば積極的に自分の知識や情報を他人に預けたり,委ねることで社会的価値を作ることに貢献したいと考える人も増えるだろう。つまり現在のブログが情報資産を預ける銀行業のような存在になる日も来るかも知れないし,我々は自分の情報を資産「インフォメーションアセット」として意識できるようになるかも知れない。これまでも情報流通の場として掲示板やMLが存在したが,それらは自分の発言も公共性の高い場での発言のひとつでしかなくなるのに対し,ブログ型の場合は自分の家の中での発言であり,発言内容は自分の責任と所有意識はとても高くなり「資産」という意識も持ちやすい。 

○2つの壁を越えて 
こうした知識社会への過程における大きな壁は2つある。ひとつは著作権制度である。知識情報においてオリジナリティという考え方は難しい。著作権制度が大きく揺らいでいる現在まだ答えがない状況である。人間が自分ひとりで全て考えた情報など無いに等しい。全てはこれまで学んだり,取得した知識の再加工品である。もちろん私のこのレポートもそうである。ひとつひとつの情報が権利で守られていてはうまく機能しないし,人から聞いた情報でも的確なタイミングで発信した人に価値は存在するだろう。これらは現在クリエイティブコモンズという考え方を唱えているグループが存在するが,別途考えていく必要はある。 
もう一つは課金への心理的抵抗感の消失だろう。お金を払うだけの価値を感じ,理解したとしても,最後の最後の面倒くさい感覚があってはお金は払われない。電車待ちのちょっとした瞬間に,キオスクでそれほど欲しくない雑誌を買ってすぐに捨てたとしても,机の上のPCには100円も面倒で高いものに感じてしまう。通信インフラが最後の1マイルを引くのが大変なのと同様に課金心理のラストワンマイルは大きな大きな壁である。期待されるのはスイカやエディのような非接触型ICカードによる電子マネーの普及である。PC上でのマイクロペイメントの支払いがICカードで支払うことが可能になれば,ちょっとした知識の取得にもお金が払われるようになるだろう。このあたりについては別途の回のテーマとして取り上げたい。 
社会構造そのものが大きく変化している中で,知識創造型社会になると言われているが,それは本当に実現するためにはその根元である知識流通を資本流通と組み合わせる挑戦を続ける必要がある。パッケージという第二次産業の工業製品のしもべになった知識を,真の第四次産業になる知識流通として解放するための道具としてのインターネットは普及もすすみ,すでに我々の足下で準備OKで待っている。

2004年1月5日月曜日

次の10年のための実験仮想都市サイバースペース特区を

(2004年1月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

たちすくむインターネットカルチャー

2003年はMosaic誕生10年であったが,2004年はネットスケープ誕生10年である。ほぼ研究者や学生だけが利用していたMosaicから,商用利用を前提にしたブラウザやサーバーを開発するネットスケープ社が誕生してはや10年。インターネットは学術利用の世界から一般社会へ開放され,完全に現実社会にロックインされた。常時接続ユーザーも1000万人を越える状況になり,特別扱いは許されない状況となっている。そのためインターネットで起こる事象は現実社会に影響を与え,自己責任という一言では片づけられなくなっている。トラブルから実態としての被害を被る人も増え,関連する法整備もここ数年で急速に進んだ。昨年年頭のコラムで述べた通りまさにインターネットはシビルミニマムな道具であり,ユニバーサルなサービスを求められるようになってきている。米国でもインターネットの商取引に認められてきた免税がいよいよ無くなり,課税対象となる方向である。
だが現実社会との妥協点を見いだす中でインターネットが持つ多くの新しい社会システムとしての可能性が立ちすくみ始めているのも事実である。ユニバーサルなサービスを求められ,現状の著作権制度,個人情報保護法,他の各種業法を守りながら,多くの利害の異なる人々とのコンセンサスを得ながら進めるためには膨大なコストと時間がかかるようになっているのも事実である。それは現在の日本の公道でセグウェイや運転手のいない全自動運転車が走れないのと同様であり,公道は実験を行う場所としてはふさわしくない。現在のインターネットは完全に公道となっており,参加する人には自動車免許を持つぐらいの細心の注意が求められ,未来の可能性より,現実に事故を起こさないことが何よりも優先されるようになった。

社会実験のための新しいインターネット網を!
しかし,一方でインターネットがもたらすコミュニケーション革命はまだスタートしたばかりである。インターネットの持つ力を前提に組み立てた社会システムはまだまだ無限の可能性を持っている。それを実証していく課程で現実社会との折り合いが必要なのであれば,既得権益と切り離された大いなる社会実験のためのサイバースペースを新たに構築するしかない。そのためには筆者は新しいもうひとつのインターネット網を整備することを提唱したい。これまでもIPV6やギガビット級の高速インターネットを実験するためのクローズな実験インターネット網は存在していたが,どれも技術的な評価実験を主な目的にされている。現在のインターネット網の原型が学術ネットワークだった時代にはもちろん技術的な実験も行われたが,商用で利用しないという前提はあったもののあらゆる社会活動の試みが行われた。もちろんその中には現在では明らかに違法と思われるようなものまで存在していた。しかし様々なチェックや調整なしに純粋に可能性を追求する場としてのインターネットももう一度必要ではないだろうか。当時JUNETと呼ばれたニュースグループではインターネットで新しいプログラムが生み出される度に,可能性や問題点が熱く議論されていた。そこで筆者は以下のようなインターネット網をサイバースペース特区の形で構築し,市民も都市規模で存在する知識流通をベースとするまさに仮想の「都市」を構築し,社会実験とすることを提案したい。

・プロトコル IPV6(現状のインターネット網とは分離)
参加人員 50万から100万人(制令指定都市の人口レベル)
参加属性 研究者,ハッカー,学生(SFCの学生などは是非全員参加して欲しい),起業家,アーティスト,NPOなど
登録免許制 参加する人は所属や所在を明かにし,一定のプライバシーを開放する
法制度 現状の法制度は原則非適用,自己責任をベースとする新しいネットワーク社会にふさわしい制度を自主的に制定(制定ルールも新たにネットワーク上で決定する),ただし現実社会に著しく大きな影響を与える行為は禁止する仕組みを整備
貨幣制度 現状の貨幣との交換性の無いエコマネーのような独自電子マネーを流通させる。
コスト負担 公的資金,参加者からの税金,企業の研究開発費

このサイバースペース上ではデジタルコンテンツの流通も原則ゼロベースからあるべき姿を模索したい。まさにP2Pソフトウェアは積極的に実験され,どんどんアイデアを出し合いながら開発されることが期待される。規模を制限することで,現在商業ベースで利用されているコンテンツの利用も原則全て可能にしたい(利害関係者に一定の補填をしてもよいだろう)。現在の特許の利用についても一定の期間に関してはこのスペース上では保有者に権利の行使を行わせないなどの措置が望ましい。このような土壌ではエキサイティングなプログラムと社会システムが次々と生まれることだろう。何しろプログラマーにとっては思いついたアイデアを思う存分実現するフィールドが存在するのであるから。ウイルスも実名で次々と作って欲しいものである。サイバースペースの社会システムの危険性もあわせて実験されるべきである。

ネットスケープから10年。現在の社会への普及ステージは終わりつつあるかも知れない。今の社会の利便性の向上や効率化には十分寄与しているだろう。次の10年はいよいよ知識社会へ向けたイノベーションのための挑戦を行うステージである。