藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

1999年10月18日月曜日

無料インターネットサービス

(1999年10月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました)

米国においてもっとも普及しているインターネットサービスプロバイダー(ISP)であるAOL(アメリカオンライン)は全世界で1800万人の利用者を獲得しており,すでにAOLのシステムがダウンすると仕事にならなくなる人や生活できない人などが出てくるため,米国が麻痺すると言われるぐらい生活に密着し,普及が進んでいる。
しかしそんな一人勝ちのAOLが逆転して首位から転落するという事態が英国において起こった。その理由は現在「フリーサーブ」という98年9月に参入したばかりのプロバイダーが猛烈な勢いでシェアをのばし,サービス開始後たった4カ月で100万人の登録ユーザーを確保し、「AOLヨーロッパ」を抜いて英国第1位のISPとなったからである。フリーサーブは大手の家電チェーン「ディクソン」傘下の会社であり,英通信事業者「エネルジス」と共同でサービスを行っている。このエネルジスはフリーサーブのネットワークの運用を行っており,子会社のプラネット・オンラインを通じて15000ものサイトを運営している。ディクソンもパソコンの販売に力を入れており,無料で利用者を増やすことが結局彼らのビジネスを良い方向に導くということでこの戦略ををとっている。こうした動きに触発され,現在英国では全部で約95のISPが,利用料無料の接続を提供している。最大手の通信事業者である「ブリティッシュテレコム」も無料サービスを開始し,日本のゲーム機であるドリームキャストを利用した通信サービスもまた無料である。こうした中,米国では有料サービスを展開しているAOLまでもが英国では「ネットスケープオンライン」という無料ISPに参入し,英国の代表的な新聞に全面広告を打つなどシェア獲得に向けて激しい競争を展開している。
先進国ではインターネット利用者がまさに一般の人々を巻き込んで急拡大するフェーズに入りかけている。こうした中で,利用者を獲得する手段としてこうした「無料」というインセンティブが急速に広がりはじめている。
米国ニューハンプシャーのISPの「Empire.Net」はインターネット接続サービスの料金として,月額29ドル95セントという通常ではやや高いと思われる料金設定をしている,実はこの会社は同社のサービスに新規契約した人に,同社のサービスを3年間利用すると約束する必要はあるが無料でモデムもモニタもついたPCを進呈している。これは無料プロバイダとは逆にPCを無料にしているが,利用者の加入への障壁を減らすという意味では同じ効果がある。米国ではすでに「フリーPC」という形で,PCを無料で配布する代わりにパソコン利用時にインターネット広告が勝手に出たりするシステムや指定されたインターネット通販業者で毎月一定額以上の買い物をしなければならなかったりするシステム,そして特定のインターネットプロバイダーと必ず継続契約をしなければならないものなどが急速にシェアを高めつつあり,なんと大手の「デルコンピュータ」も1000ドルのPCに1年間のインターネット無料接続を開始するなど拡大している。
こうした動きは日本でも携帯電話が無料で配られていることから,実感できると思われるが,ハードウェアに実感できる差がなくなりつつある現在(iMacなどの動きはあるが),自分にとって利便性の高いサービスにこそ利用者が大きな価値を認めている動きが加速しているということであろう。無料にしてでもコストは広告や販売などの手数料などで回収できれば,むしろネットワーク上では見込み顧客を大量に囲い込むことがリアルな世界での「商圏」を確保することにつながり,いい立地の場所に店を構えられたことと同じ効果があると言えるだろう。現在おきている現象は無料サービスを駆使した目に見えない商圏の争奪戦なのである。
実は日本では96年にすでに広告を強制的に見せることで無料インターネットサービスを行う有名ベンチャー企業が存在していた。日本もハードゥエアでなくサービスの価値で勝負できるチャンスは十分あるということだろう。残念なのはちょぅと時代が早すぎたことであろう。