藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2001年6月30日土曜日

幻想のeCRM

(2001年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 


最近eCRMという言葉をよく耳にする。インターネットを利用してeCRMを実現しようと言われている。確かにEビジネスにおいて「電子商取引」と言う言葉から即連想されそうな,「販売」を中心と考える部分から,ようやくコミュニケーションが重要だという発想が定着してきたのは良いことだと思う。
しかし,ここにも「eCRM」という言葉で多くのハードウェアやソフトウェアプロダクトを売り込もうとするベンダーの方々が熱心にアピールしすぎて,受け止め方を間違える企業が多くなることを筆者は危惧している。
 CRMとは「カスタマーリレーションシップマネジメント」ということで,顧客との関係性をマネジメントすることで,長期的に良い関係を築き,LTV(ライフタイムバリュー:生涯価値と訳される),つまりその人が一生の間にその企業に対して価値を貢献したか(ようするに利益が多い商品をいかにたくさん,何度も購入したか)という見方を重視しましょうという考え方である。もともとデータベースマーケティングという世界では顧客を分析し,優良顧客を抽出するということが重視されており,その人達にDMを送ることなどが行われてきたが,その優良顧客を長期的に囲い込むという考え方になったのがCRMと言えるだろう。実際,初めての顧客を獲得するコストと既存顧客にリピーターになってもらうコストでは,大体の業界で圧倒的に既存顧客をリピーターにする方がコストが安く,手間もかからないという結果がでているし,パレートの法則という2割の優良顧客が8割の利益を稼ぎ,8割の普通顧客が2割の利益や損を産みだしているものがあり,多くの業界で結構その通りだったりする。(航空業界はまさにそうであり,それがマイレージという優良顧客を囲い込む手法を産みだした)。
これまでの世界では企業と顧客との関係はコミュニケーションが難しいだけに,確かに様々な工夫で顧客と関係を持ちたいということは必要だったろうし,それによって顧客の得るメリットも存在していただろう(それでもDMの多さやたまる一方のポイントカードなどは気になるところだったと思う)。しかしコミュニケーションが容易なインターネットの世界で全ての企業がCRMをすることで,顧客には恐ろしい数のe-mailや覚えきれないほどの会員IDとパスワードが氾濫することになってはたまらない。
もちろんユニクロやソニースタイルなど強いブランド力が存在し,顧客側がむしろ関係性を強めたいと共感が生まれているのであれば,eCRMは十分機能し,素晴らしい結果をもたらすことになるだろう。しかし,日本中の企業のほとんどは決して強いブランドではなく,顧客側は必要な時だけ意識したい,もしくは特に意識したくないという企業であるかもしれない。メーカーではなく,小売りのブランドだけを意識すれば十分な関係性の時に,全てのメーカーが個別に直接顧客と関係性を持つべきではないかもしれない。それは顧客の立場にたった時に顧客のニーズや状況に応じて,必要な情報を取捨選択するという購買代理のエージェントが存在していれば,そのエージェントとの関係性さえ強ければ顧客は満足することになる。ある投資信託のファンドに組み込まれている企業が,そのファンドの顧客全員に無理やりIRする必要は無いのと似ているかもしれない。
あるサービスや商品をもっとも効果的に流通,販売させることを考えた時に最適なコミュニケーションの流れを構築することが重要ある。
ブランドを育成していこうとしている企業にとっては,現在の優良顧客を大事にすることと,大量に商品を販売させることとは別に捉えた方がよいことの方が多いだろう。CRMと同時に,コミュニケーションのバリューチェーンを構築することが重要である。

2001年6月26日火曜日

求められているプレーヤー「ニューミドルマン」

(2001年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

e-マーケットプレイスも思ったより利用が少ないという声を耳にする。売り手と買い手が直接コミュニケーションできる市場の登場は多くの企業が従来の枠組みを越えて取引をすることを可能にし、かつコストの削減効果も期待されていたが、現実は既存の商慣習と比較した時にまだまだ大きなメリットを多数の参加者に提示できないでいるサイトが多い。もちろん過渡期であるからという見方も多いが筆者は異なる見方をしている。例えばどんなに証券取引が便利になっても、直接発行する企業と機関投資家がダイレクトに行う取引が中心の状況にはなりにくいだろうし、個人投資家の場合はなおさらである。株式の取引の場合はむしろECN(電子証券取引ネットワーク)などで既存の証券取引所を飛ばして、証券会社同士がネットワーク上で直接の取引を行う動きなどが起きている。
ここで重要なのはマッチングする市場も重要であるが、むしろ取引を活性化するためには企業側の立場で考える証券会社と、投資家の立場で考える証券会社(同一の場合も多いが)が競争し、それぞれの利益のために一生懸命努力しているところにあると思われる。すでに既存の証券取引所は電子市場と比較した時に付加価値を生んでいなければいらない存在になるところまで来ており、再編や上場して体力をつけるなどの動きが活発である。つまり、証券市場においては購買代理と販売代理という立場でエージェントとして付加価値をつけるプレーヤーが存在していることが重要であり、彼らこそが市場を活性化させていると言える。確かに流通分野においては、在庫調整や、為替業務の代行などで付加価値をとっていた事業者の価値が低くなっており、中間業者の排除が叫ばれているところもあるが、情報流を仲介し、付加価値をつけていく事業者はむしろ市場を形成するためには必要であると考える。そのため、e-マーケットプレイスは購買と販売のそれぞれの立場にたった付加価値サービスを強化するか、そうしたサービスを提供する事業者を参加させていくことで活性化が期待される。例えば複数の企業の購買担当者のニーズを集めて要求を出すエージェントと、部品メーカーの稼働状況と生産能力を理解しているエージェントがマッチングと交渉を行うことで、品質のよい部品が低コストで生産されるような状況が生まれる可能性がある。こうしたエージェントは情報の付加価値で手数料などのビジネスを行うことが予想される。

これはコンシューマの市場でも言える。今まで入手できなかった商品を探すことが容易になったり、安く入手できたり、個人でも簡単にオークションを楽しめるようになったというようなECのメリットは確かに存在するが、普通の個人がネットサーフィンをしながら見つけていくのは時間もかかるし、なかなか大変になってきているのも事実である(例えば楽天で自分好みの海洋深層水探すのは結構大変です。)。コレクターやマニアであっても、Yahoo!やビッダーズや楽天などのオークションサイトで常に自分の好みの出物がでているかどうかチェックし続けるのは至難の業である。
 ここでもし、自分を理解し、自分の代わりにマーケットに対して常にアクセスしてくれるプレーヤーがいればそれはとても嬉しい。つまり買いたい人のニーズをよく理解し、購買代理になってくれるプレーヤーである。そういう意味ではkakaku.comなどは価格という情報流における購買代理業と言えるだろう。一方販売代理のニーズもある。商品に自信があっても、ブランドを持っていない企業が自前で店舗を出すよりも、購入してくれる人を探してくれる販売代理を利用できるのであればニーズはあるだろう。
 こうした新しい中間業者「ニューミドルマン」の存在は市場の取引を活発にするだけではなく、スケールメリットを活かしたバイイングパワーを持つことで低コストでの調達が可能になるなど、最終的に消費者が享受できるメリットが多い場合もあるだろう。

 現在成功していると言われるEビジネスの中には強力なブランドを持っている企業が多い。DELL、ユニクロやソニースタイルなどはブランドそのものが顧客のコミュニティを形成し、購買ニーズから販売、製造までが一環して、単独のバリューチェーンの中に存在する。こうした企業にとっては比較されるような市場そのものは必要なく、自社ブランドの価値向上が進めばECは自社単独で取り組める。しかし、そうした強力なブランドを構築できない企業にとっては、適正な市場が必要であり、そこで交換されることが重要である。そのことで多くの企業がインターネット上のWebサイトの宣伝に膨大なコストをかける必要がなくなるなど、自社のコアコンピタンスに注力していくことができると思われる。今後eビジネスのプレーヤーとして求められているのは知識情報に価値を創るこうした新しいニューミドルマン達ではないだろうか。