藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2007年8月24日金曜日

知識情報財としての新社会資本を整備せよ!-情報大航海プロジェクトが目指すべき方向性-

(2007年8月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

○新しい社会資本
光ファイバーの設置も順調に進み,携帯電話の普及も進んだ我が国では地方ではまだ問題が残るものの,ITインフラについて概ね順調な普及が進んでいるという認識ができていると思う。これは道路と同じくすでに日本の重要な社会資本であることは間違いない。しかし,IT業界はすでにこのハードとしてのインフラとしての社会資本はあることを前提に事業を展開しており,その上で流通する「知識情報」をいかに価値化するかという段階に来ていると言えるだろう。日本のようにエネルギーも資源も無い国が付加価値を生み出すためには知識資本を回転させ,資本回転率を高めることが付加価値を生み出すひとつの道である。これからの産業構造を考えた時に必要なものは知識資産としての社会資本である。これまでは知識資産の活用は特定な個人や組織が所有する著作物としてのコンテンツを流通させて価値を創出するモデルが中心であり,エンターティメントモデル(魅力的なコンテンツを制作して流通させる)とコミュニケーションモデル(人と人とで電話する,情報を共有する等)が中心であった。しかし,様々な社会情報がデジタル化され,収集可能になり,それに付加価値をつけて流通させるモデルが可能になってきている。すでに気象情報のように社会資本として情報を集め,個別の企業が付加価値をつけて流通している例や,カーナビのように交通情報が社会資本として活用されているような例は存在しており,今後はこうした知識情報の社会資本化が急速に進むことが予想される。

この場合従来のITインフラとは別に情報を収集したり,流通可能にするプラットフォームの存在が重要になる。グーグルは何十万台という巨大なサーバーで世界中のWeb情報を収集し,地図情報や図書館の書籍情報を公共財として無償で誰でも利用可能なプラットフォームになっている。すでに世界中の何万以上という個人や企業などがその知識情報を活用し,自分たちに付加価値創出に活用している。産業育成の観点からも産業誘発につながるプラットフォームの創出が重要になるだろう。

図表1 知識情報流通プラットフォームの構造

○誰が社会資本を作るのか?

ではその社会資本はどのように整備するべきか。従来と同じように税金を投入するのか。それとも市場原理の中で民間企業に委ねるのか。
例えば天気情報は税金を投入している例であろう。気象庁が設置した観測機器や気象衛星からのデータを一次的に気象庁の発信する気象情報に使われているが,2次的には多くの民間企業(認可制)がユニークな視点できめ細かい気象情報サービスを付加価値情報として提供することでにビジネスとして成り立っている。集合知の形で独自に一般から天気情報を集めているベンチャーなどもある。しかしこれは逆に言えばWeb2.0的に人力でネットを介して集めることしかベンチャーは独自にはできないことを意味する。ベンチャーには気象衛星をあげることができないのである。一方完全に民間企業で行っているのがグーグルである。グーグルは世界中のWeb情報,地図データや図書館の書籍データも公共財化することでその利用と広告モデルと組み合わせることで公共財のプラットフォーム部分のコストをまかなっている。
そういう意味では構築や運用については税金モデル,民間投資モデルどちらでもありうるのだろうが,重要なのは,そこを流通する知識情報そのものを公共財化するという考え方である。公共財である以上以下の2つが問題になる。ひとつめは情報をより活発に流通するさせるための制度であろう。例えば税金で集めた情報は目的外利用という壁で積極的な2次利用が阻害されている。また現在の著作権制度は道路で例えればみんなが自分の私有地を通る時に必ず通行料を徴収しようとしているモデルであるが,今後は全体の通行量を増大させることで自分の私有地の価値を高め,別のモデルで対価を徴収することへの移行が必要なことは多くの人が頭では理解していることであろう。実際には私有地道路の通行量で日々生活している人が多い現状がそれを困難にしている。米国にあるようなフェアユースとクリエイティブコモンズの考え方が重要になるだろう。もうひとつはフェアな情報の流通である。誰かを情報の悪意ある改ざんや操作など,不正行為を働くことに対するチェックが求められるようになる。今後は情報流通公正管理委員会のような第三者機関が必要になるかも知れない。よく言われるグーグル八分問題もそうであるが,現在はグーグルがきちんとした倫理行動をしているという信頼を市場から受けているのでまかせているが,プラットフォームのプレーヤーが増える以上性善説だけでは難しい状況に直面するだろう。

○情報大航海プロジェクトへの期待
今年度から3年の計画でスタートしている経済産業省の情報大航海プロジェクトは一部「国産グーグルの開発」という話が先行しており,税金の無駄使いという批判もある。筆者は研究会から参加しており,知識流通分野で日本の国際競争力を高め,産業を育成するという趣旨に賛同しており,まさに新しいプラットフォームを創出するための政策として高い評価をしている。しかし,これまでの補助金制度のスキームの中で展開しているため,実施計画書通り忠実に進め,報告書をおさめることを最大の目的化してしまう現象がやはり一部では発生しているようであり,最近のコンプライアンス強化の流れもあり,チャレンジ部分がそぎ落とされる傾向も見受けられる。是非この悪しき慣習を打破し,国プロの新しい役割のプロジェクトになることを期待したい。
そのためにも垂直統合的な一民間企業のサービスモデルのインキュベーション的側面もあってよいと思うが,税金を投入する以上一番重要なのは,社会資本としての共通利用可能な知識情報流通の基盤を整備することであると考えるため,実験としてリスクで縮こまることなく,広く様々な人にその基盤を自由に利用させるオープンアーキテクチャを志向し,そこから多くのイノベーションの種を生み出すことを期待したい。情報大航海プロジェクトは新社会資本整備のための壮大な実験でもあるのだ。


2007年8月7日火曜日

藤元健太郎のフロントラインビズ 第1回 アナログとデジタルの狭間にあるもの

http://archive.wiredvision.co.jp/blog/fujimoto/200708/200708070010.html

HotWIREDからWIREDVISONに変わって最初の回です。少し自己紹介モード。

2007年3月19日月曜日

IT投資最後のフロンティア?「マーケティングのIT化」は進むのか

(2007年3月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

進む企業内プロセスの可視化

現在多くの大企業の情報システム部門はJ-SOX法対応で大わらわという状況である。法制度という大きな背景があるものの,効率化こそが最大の投資理由であった企業のIT投資もここへ来てようやく「見える化」というキーワードの元で変化しつつあると言えるだろう。特にERP導入ブームもひとつの契機となり,企業活動を可視化することのメリットに気づきだしている中での今回のJ-SOX法の流れでもあり,財務データ中心のこれまでの結果指標管理の概念からコンプライアンス面のプロセスの見える化が大事であるという認識は,あらゆる企業活動をデジタルデータとして捕捉しようという動きをますます加速させることになると言えるだろう。
こうした中で,企業活動の中で大きな投資をしている分野にも関わらず相変わらず見えにくいままになっているのがマーケティング分野である。マーケティング分野のIT投資と言えばCRMがこれまで一番大きい分野であった。しかし,これまでのCRMは既存顧客であるカード会員やサービス契約者の管理システムの側面が強くマーケティングの中の一部分に過ぎない。同じくコールセンター周りも大きな投資がされているが,部分的機能に限定されていると言えるだろう。一方でお金がたくさん使われている広告,宣伝,販促という分野は様々な関係企業が絡むものの,データはばらばらに存在し,個別担当者がエクセルなどで一生懸命書類を作成し,効果分析し,経営に報告することが多い分野でもあり,経営層もこれまでITと結びつけて強く関心を持つ分野ではなかったと言え,IT投資は未開拓領域であったと言える。

広がるeビジネスでの可視化
そうした中でECeマーケティングの浸透は部分的ではあるが,マーケティングのIT化を急速に押し進めている。ECに限って言えば,顧客は全てデジタル世界に存在しているため,その行動は全てデジタル情報で可視化されている。どのホームページのどんなコンテンツを見ているのか,どんな言葉で情報を探しているのか,その結果自社のホームページに何人の人が訪れ,どんなコンテンツを見て,どんな商品を覗いて,結果的に何人が何を買ってくれたのか。これらの情報は全てデジタル情報として企業が入手可能である。Googleやオーバチュアなどネット上のプラットフォーム企業が提供するサービスや情報も高度化し,例えばキーワード広告で言えば,今日現在どの言葉がいくらで,その結果何人がクリックし,サイトに訪れ,購買してくれたのかを全部一元管理することができ,リアルタイムな投資対効果を捕捉することができる。ネットへの依存度が高い企業ほどすでに日々の意志決定はこうした情報を元に行われており,逆にマスメディアや店舗でこうした情報が取得できないことで,可視化できていない領域が大きいことに気づき始めている。
今後はマスメディアの広告分野においてもこうした可視化への欲求は強まることが予想される。中でもテレビは地上波デジタルへの移行のタイミングもあり,メディア,広告代理店側の可視化への対応も進むと予想される。一方、販売の中心である流通分野であるが,これまで個別店頭の状況を把握することも不明であり,コストも複雑な流通経路の中で,様々なリベートがどのように使われているかも闇の中状態であったが,POSの普及による店頭レベルでの単品ベースでの販売状況の把握ができるようになり,電子マネーや電子クーポンの普及も進むことで,顧客の購買行動の情報もリアルタイムで収集することができるようになりつつある。このように企業活動におけるマーケティング分野のIT化は今後急速に進み、可視化が可能になることが予想される。

求められるコミュニケーションのIT

企業内部のマーケティング分野はこれまで宣伝と販売などの縦割りで連携がとれていない企業も多く,CIOの関心も現在は低い領域である。今一気に全部を横断する統合マーケティングシステムを構築しようという企業は非常に少ないと想像できる。SIなどのサービスを提供するITサービス企業もまだ一部BPOサービスとして先進企業向けに提供を始める企業がようやく出てきたところであり,動きは始まったばかりと言える。

しかしITのおかげで顧客からメディア,店舗,メーカーまで一気通関でデジタルコミュニケーションできる手段が整いつつある現在,すべてのデータを把握し,広告から販売,顧客のロイヤリティ化,口コミによる再拡大を全体最適なROIを考えながら実行できないものかという考えは,ERPに慣れた経営者ならすぐに想像可能なところまで来ていると言えるだろう。ネット広告とECの拡大は年々その存在感をますます高め,それに2011年に向けた地上波デジタル放送によるマス広告の大きな転換点と,RFIDを中心とする,店舗のIT化が進むことが確実な状況からすると,現在のJ-SOX騒動が一段落した後には,いよいよIT投資は企業全体のマーケティングという未開の大フロンティアに向かうことになるではないだろうか。あわせてサプライチェーンの考え方も今後数年で顧客やメディアや店舗などのコミュニケーションモデルを再構築する「コミュニケーションバリューチェーン」として拡大概念に変わることになり,一企業のIT投資に終わることなく,プラットフォームの構築などの企業横断を前提にしたものになることが予想され,その戦略立案は今初めても決して遅くはないのではないだろうか。