藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2003年9月7日日曜日

企業内ブログのすすめ

(2003年9月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

ブログが流行している。簡単に捉えるとWeb上で簡単に個人が情報発信をする仕組みであるが,面倒なHP作成の必要がない,携帯と相性がよいなどなどの理由で急速に広がりを見せている。その捉え方は実に様々であり「マイクロジャーナリズム「日本人の日記文化の進化系」「インターネットのコンテンツの主役交代」など様々な意見がでている。すでにベンチャー企業なども登場しており,新しいムーブメントとして盛り上がりを見せているが,ビジネスモデルが見えていないなど,ビジネスとしての広がりに対してはまだ疑問を持つ人も多い。オープンなインターネット上のブログについては筆者もカメラ付き携帯などユビキタスなデバイスがますます広がりを見せている中でモブログ(モバイルのブログ)など,C2C型のモデルとして,面白い世界になることを期待しているが,もう一つの別の捉え方としては特定コミュニティ内のクローズなブログの世界があると考えている。中でも筆者が着目しているのは企業内のナレッジマネジメントへの影響についてである。これまでナレッジマネジメントは暗黙知を可能な限り形式知し,それをITにより効率的に蓄積,管理していくという世界で進んできた。一般的には優秀な営業マンのノウハウを共有化することや,顧客の声をビジネスに反映することレベルで終わっていることが多いが,企業そのものの製造力や販売力などの力の根元が,知識資本にあるという発想に立つようになってから,ビジネス現場における価値のある知識がどのように生まれ,流通し,共有され,新しい知識になり,企業文化に昇華され,製品・サービスに影響を与えるのかを重視し,こうした知識ベースで組織を組み立て,ビジネスプロセスを見直すことも始まっている。こうした状況の中では,各種の報告書,レポート,会議,顧客への企画提案というある程度形式知化された知識情報だけでなく,これらのベースになりこれまでそぎ落とされてきた,従来の暗黙知よりは流通可能なレゴのブロックのような知識情報を活用できるかどうかが重要な企業戦略になっていると考える。

もちろんこれまでも企業はメーリングリストやBBSを多数活用してきているが,従来のそのようなツールは「会議」というメタファが多く,ある意味ネットワーク上の公の場所という位置づけであった。そのため運用ルールが存在するが,誤解からの喧嘩が多発したり,特定の個人のキャラクターに流れが左右されるなども問題も多く,荒れたり,発言が続かなかったりすることも多発していた。その点ブログはあくまで個人の情報発信ツールであり,個人の感じたこと,興味をもったことを気軽に発信することができる。また最近はトラックバック機能などが充実しているツールがあり,他人の感想や情報のリンクが可能であり,情報同士をつなげ合い,新しい「気づき」を生み出すことも可能となる。実際我々がビジネスのアイデアを思いつくのは,街を歩いて,観察したある人の行動だったり,お客さんと世間話をしていて出てきた言葉だったり,電車の女子高生の会話だったり,本を読んでいた時だったりそんな瞬間である。毎日の何気ない出来事や思いつきを他人と共有可能な形にできるツールとしてのブログは企業での活用というステージに登場することで,ナレッジマネジメントの世界に新しいブレークスルーを生み出すことにつながるのではないだろうか。

2003年9月3日水曜日

社会の新しいアーキテクチャ「C2C」

(2003年9月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

巨大化するC2Cモデル

インターネットがビジネスで電話やFAXに変わるコミュニケーション手段であることはもはや誰も疑う余地はなく,今日においてはインターネット通販で物がたくさん売れたとしても,それ自体新聞で記事として取り上げられることもなく,当たり前の日常活動になっている。我々がこれまで行ってきた様々なコミュニケーションが自然な形でサイバースペース上に展開されており,かつてのリアルとサイバーを区分けする感覚も生活者レベルで薄れてきていると言えるだろう。
しかし,そうしたコミュニケーションの代替活動としてのインターネット利用が1vs1の電話やFAXの代替だったり,主にB2CB2Bと呼ばれるような企業と顧客や団体と参加者,もしくは企業同士なのに対し,平行して進む大きな潮流は「C2C」と呼ばれるネット上に存在する無数の「生活者と生活者」,「コミュニティと個人」という従来には存在しえなかったようなコミュニケーション活動であり,情報交換したり,取引したり,出会ったり,デジタルコンテンツをやりとりし,その活動は社会的にも大きな影響を与える状況になってきている。筆者はC2Cモデルとしては,現在の事象としてネットオークション,掲示板,出会い系サイト,P2P4つのケースが該当すると考えている。まずネットオークションであるが世界最大手のebayでは毎日1600万を超えるアイテムが取引されている。日本の最大手のYahooオークションでもすでに440万件もの商品が出品され,1日平均12.3億(20036月平均)の取り扱いがあり,毎日のように膨大な数の取引が行われている。このネットオークションの場合Yahooはあくまでも仲介業者であり,原則は参加者同士が個別に取引をしている。取引量は事業会社の販売チャネルとしてB2Cの利用も多いが,参加している人数から言うと圧倒的に個人の数が多く,小売りが絡まない個人と個人のC2Cの取引が急激に増加を見せていることがわかる。
次に2chをはじめとする掲示板やblog,コミュニティも「メディア化」している。従来のマスメディアのように編集され,権威づけされた情報発信とは異なる形で,個人の情報発信が多数行われ,交換されている。今やマスメディアの人間さえも,2chの情報をひとつのソースにしているという現状もあり,従来口コミという形で片づけられていた情報交換と流通の形が巨大化してきている。
そして出会い系サイトはビジネスとして無数に登場してきている。個人と個人が出会いを求めるという形で,友達から結婚相手まで幅広い出会いがネット上で生み出され,ネット上での課金の難しさを語る人々が呆然とするくらい仲介事業者に次々とお金が払われている。
最後にP2Pと呼ばれるモデルは技術的な側面からもユニークである。ファイル交換技術がベースとなって,個人のパソコン同士がネットワークされる形で様々なデジタルコンテンツが交換されており,世界中のインターネット上で流通されているデータトラフィックのかなりの部分を占めるまでになっているという。
これらの4つのケースに共通するのは,コミュニケーションを仲介する主体やプログラムが存在するものの,アーキテクチャとしては個人と個人が直接コミュニケーションすることでビジネスモデルやサービスを生み出していることである。これらの活動はこれまで一部のマスメディアや公共の場での掲示板やフリーマーケットを活用する程度が限界であり,個人のコストではNvsNに広げていく限界が存在したがインターネットの登場がその壁を破壊したために,代替ではなく,封印されていたニーズが爆発するかのごとく広まっていると言えるだろう。

C2Cの歪みと効用

こうしたC2C型モデルの広がりは代替需要ではないが故に,従来のビジネス慣習や法体系の想定範囲を越えており,かなりの歪みも引き起こしている。例えばオークションは個人と個人なので信用創造がしにくく,詐欺まがいやトラブルも発生している。またメーカーや小売りの価格統制の及ばぬ世界であり,まさに利用者同士が勝手に価格を決めているため商品は状況により市販の販売価格よりも高くも安くもなり,まさに時価となっている。
2chでは匿名で誰でも発言できるという性格から,根拠の無い噂や特定個人や企業の誹謗中傷が多数行われている。ある種の嫌がらせ行為も可能であり,管理人に対する起訴も後をたたない。
出会い系は未成年の利用を中心とした様々なトラブルや事件が社会問題化している。
P2Pは音楽や映画など多くのデジタルコンテンツの著作物が個人の利用の範囲を超えて流通する状況を生み出している。
これらはいずれも被害者を生んでいるという意味では大きな問題であるが,一方では大きな効用があることも事実である。
オークションは非常にオープンで透明な市場を創出し,さらにリサイクルという循環型社会を支える仕組みにもなっている。2chでは,不正の告発や消費者の声が社会に届く仕組みになっており,情報操作は不可能である。出会い系は地域のコミュニティが希薄化していく中で,地域や所属している組織によらない新しい交流の可能性を拡大させている。P2Pはデジタルコンテンツの流通と価値創造において,大きな可能性を示している。
このように効用と歪みはまさに紙一重であり,新しいパラダイムが故に現時点の社会システムとは大きな不整合をおこしており,未来の可能性よりも現実の問題の方に人々の目がいってしまっているのが実情と言えるだろう。

新しい社会システムのアーキテクチャとしての捉え方の必要性

これらの問題に対する対応は,現在の法体系などで捉えられる個別の範囲で検討されている。例えばオークションは古物営業法の改正という形で詐欺や盗品の売買を防止する動きである。出会い系は未成年者の保護のための仕組みを仲介者に義務づける法案化などが進んでいる。いずれも,これまで想定されていないことがITの進化によって引き起こされているという理解はあるが,技術の進化が予測できない以上目の前でおきている課題を解決するパッチ的な対応に終わっている。これに対する対応としては社会として大きな方向性として社会システムのアーキテクチャの中心に個人と個人がベースとなる仕組みを捉えることが重要になると筆者は考える。特に日本は国家の管理や経済活動の効率性の意味でも現実解として,個人よりもまとまった組織を単位とした管理を志向してきている。個人よりも家族,会社,中小企業よりも大企業の方が管理は行いやすい。実際現段階での対応はC2Cの中間に存在する仲介事業者に監督責任をもたせようとしている。それは仲介者が事業者であることから管理しやすいという従来型のアーキテクチャによる発想である。しかし,

・仲介者が全ての行動を的確に補足することが難しい。
仲介機能がプログラムやシステムであり,運営管理主体が明確でない場合がある。
・仲介者が個人の場合がある。
・技術革新が激しいため,仲介者の定義が難しい。
仲介者は広く全世界に存在できる。

という現実から仲介者を管理するだけはC2Cのモデルを全て管理することは不可能である。実際には可能な限り参加する個人の自律と責任と義務という課題を解決する必要にせまられ,誰もが敏感になる国家や社会による個人の管理という問題を避けて通ることができなくなる(実際にITがそれを可能にするという現実も含め)。

広がりゆくC2Cのために

C2Cモデルがさらに顕著に広がることは間違いない。特に以下のようなポイントが影響要因になっていくだろう。
ユビキタス化
個人をエンパワーメントする技術であるが故にパーソナライズされた情報機器はますますその方向性を加速させることになる。広帯域で常時接続された携帯端末はC2Cのベースとなる。
エージェント化
P2Pのソフトウェアもますます高度化されている。個人のニーズや意志をくみ取り,ネットワーク上で自律的に活動するプログラムはC2Cのビジネスを加速させる要因になる。出会い系で自分の好みをサーチするプログラムやオークションの自動管理プログラムなどはすぐに登場することは間違いない。
サイバースペースの増加
オンラインゲームも急速に普及しているが,現在のようにゲーム中心から,ひとつの社会的コミュニティとしての利用が拡大すると,オンラインゲームの中のサイバースペースで個人と個人が交流や取引を行う機会が拡大する。
リテラシーの向上
コミュニケーションがデジタルデータ中心で,サイバースペースのみのコミュニケーションも抵抗がない世代の増加は既存のコミュニケーションや商慣習の枠を越えた形態を受け入れることに抵抗がないため,C2Cモデルのメリットを素直に選択するだろう。
価値観の変化
循環型社会という大きな方向性の中ではリサイクル意識,大量生産・大量消費への反発などは価値観の根底に流れることが予想され,企業対生活者という枠組み以外の社会活動が支持されていく方向にあると予想される。

このように確実に広がることが予想される中で,以下のような視点での対応と捉え方がもとめられると筆者は考える。

1) 免疫型管理メカニズムの導入
前述した通り,C2Cモデルの普及は個人単位での管理の必要にせまられる。従来型の国家管理に対するアレルギーや問題を回避するためにも,中央集権でない,自律分散型の免疫型の管理システムが求められる。司法制度に全面的に依存する形からNGOや民間事業者による紛争解決の仕組み(米国にはADRという方法もある)を構築することもC2C型のモデルにおいては有効な方法になるのではと考える。あるオンラインゲームの中で起きた個人間のトラブルを全て裁判所に持ち込むよりは,オンラインゲームの中に独自の紛争解決ルールを構築することの方が利にかなっていると考えられる。

2)自律した個人としての教育
C2Cのアーキテクチャの中では個人という単位が重要な活動単位であり,道路交通上における運転手と同様の責任が発生する。個人としての責任ある行動を行うための教育は初等段階からおいて重要である。ITのリテラシー教育とあわせる形でC2C型のモデルに適用できる意識教育が非常に重要になることは間違いない。例えば子供を社会の荒波を避けて親が隔離しながら育てることもサイバースペースへの入り口が溢れる時代には残念ながら困難なことであろう。未成年者も一人の個としてサイバースペースに容易にアクセスする(むしろ積極的にアクセスさせてあげる)ことを前提にした教育が必要になる。

2) C2C型経済政策の必要性
経済活動の多くがC2C型になっていく中では,経済主体はますますミクロになっていく。現在でもオークションで収益をあげている個人を事業者としてみるのかどうかは税務署の中でも微妙な問題となっているようである。税金の補足単位や経済指標も従来型のモデルでは限界が訪れる。消費者を保護するという概念も変更を余儀なくさせられる。製造者が複雑な流通・利用課程を管理するためにもトレーサビリティの技術は必要となるだろう。そして何よりも著作権をベースとしたビジネスモデルは全面的な作り直しが求められるだろう。「工業製品をB2Cで流通させる」モデルから「デジタルコンテンツがC2Cで流通できる」モデルへと次元そのものがいくつも変わってしまうのだから。

このようにC2Cモデルという大きなアーキテクチャの浸透は社会システムに多大なインパクトを与える。コンピュータサイエンス,法学,社会学,経済学など学際的に,多様な領域の人が部分的な事象として捉えるのではなく,大きな社会システムとしての国家的取り組みが望まれるレベルの話なのではないかと筆者は考える。この流れは政治や資本主義という社会の根元的なメカニズムにも最終的には変化を与えるはずであり,IT立国の真のチャレンジに違いないはずだからである。