藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2004年1月5日月曜日

次の10年のための実験仮想都市サイバースペース特区を

(2004年1月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

たちすくむインターネットカルチャー

2003年はMosaic誕生10年であったが,2004年はネットスケープ誕生10年である。ほぼ研究者や学生だけが利用していたMosaicから,商用利用を前提にしたブラウザやサーバーを開発するネットスケープ社が誕生してはや10年。インターネットは学術利用の世界から一般社会へ開放され,完全に現実社会にロックインされた。常時接続ユーザーも1000万人を越える状況になり,特別扱いは許されない状況となっている。そのためインターネットで起こる事象は現実社会に影響を与え,自己責任という一言では片づけられなくなっている。トラブルから実態としての被害を被る人も増え,関連する法整備もここ数年で急速に進んだ。昨年年頭のコラムで述べた通りまさにインターネットはシビルミニマムな道具であり,ユニバーサルなサービスを求められるようになってきている。米国でもインターネットの商取引に認められてきた免税がいよいよ無くなり,課税対象となる方向である。
だが現実社会との妥協点を見いだす中でインターネットが持つ多くの新しい社会システムとしての可能性が立ちすくみ始めているのも事実である。ユニバーサルなサービスを求められ,現状の著作権制度,個人情報保護法,他の各種業法を守りながら,多くの利害の異なる人々とのコンセンサスを得ながら進めるためには膨大なコストと時間がかかるようになっているのも事実である。それは現在の日本の公道でセグウェイや運転手のいない全自動運転車が走れないのと同様であり,公道は実験を行う場所としてはふさわしくない。現在のインターネットは完全に公道となっており,参加する人には自動車免許を持つぐらいの細心の注意が求められ,未来の可能性より,現実に事故を起こさないことが何よりも優先されるようになった。

社会実験のための新しいインターネット網を!
しかし,一方でインターネットがもたらすコミュニケーション革命はまだスタートしたばかりである。インターネットの持つ力を前提に組み立てた社会システムはまだまだ無限の可能性を持っている。それを実証していく課程で現実社会との折り合いが必要なのであれば,既得権益と切り離された大いなる社会実験のためのサイバースペースを新たに構築するしかない。そのためには筆者は新しいもうひとつのインターネット網を整備することを提唱したい。これまでもIPV6やギガビット級の高速インターネットを実験するためのクローズな実験インターネット網は存在していたが,どれも技術的な評価実験を主な目的にされている。現在のインターネット網の原型が学術ネットワークだった時代にはもちろん技術的な実験も行われたが,商用で利用しないという前提はあったもののあらゆる社会活動の試みが行われた。もちろんその中には現在では明らかに違法と思われるようなものまで存在していた。しかし様々なチェックや調整なしに純粋に可能性を追求する場としてのインターネットももう一度必要ではないだろうか。当時JUNETと呼ばれたニュースグループではインターネットで新しいプログラムが生み出される度に,可能性や問題点が熱く議論されていた。そこで筆者は以下のようなインターネット網をサイバースペース特区の形で構築し,市民も都市規模で存在する知識流通をベースとするまさに仮想の「都市」を構築し,社会実験とすることを提案したい。

・プロトコル IPV6(現状のインターネット網とは分離)
参加人員 50万から100万人(制令指定都市の人口レベル)
参加属性 研究者,ハッカー,学生(SFCの学生などは是非全員参加して欲しい),起業家,アーティスト,NPOなど
登録免許制 参加する人は所属や所在を明かにし,一定のプライバシーを開放する
法制度 現状の法制度は原則非適用,自己責任をベースとする新しいネットワーク社会にふさわしい制度を自主的に制定(制定ルールも新たにネットワーク上で決定する),ただし現実社会に著しく大きな影響を与える行為は禁止する仕組みを整備
貨幣制度 現状の貨幣との交換性の無いエコマネーのような独自電子マネーを流通させる。
コスト負担 公的資金,参加者からの税金,企業の研究開発費

このサイバースペース上ではデジタルコンテンツの流通も原則ゼロベースからあるべき姿を模索したい。まさにP2Pソフトウェアは積極的に実験され,どんどんアイデアを出し合いながら開発されることが期待される。規模を制限することで,現在商業ベースで利用されているコンテンツの利用も原則全て可能にしたい(利害関係者に一定の補填をしてもよいだろう)。現在の特許の利用についても一定の期間に関してはこのスペース上では保有者に権利の行使を行わせないなどの措置が望ましい。このような土壌ではエキサイティングなプログラムと社会システムが次々と生まれることだろう。何しろプログラマーにとっては思いついたアイデアを思う存分実現するフィールドが存在するのであるから。ウイルスも実名で次々と作って欲しいものである。サイバースペースの社会システムの危険性もあわせて実験されるべきである。

ネットスケープから10年。現在の社会への普及ステージは終わりつつあるかも知れない。今の社会の利便性の向上や効率化には十分寄与しているだろう。次の10年はいよいよ知識社会へ向けたイノベーションのための挑戦を行うステージである。

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